セイコー プレザージュ Sharp Edged Seriesの「SARX077」をレビューする。日本独自の美意識を体現したシンプルなケースデザインに、出世や成長を願う麻の葉紋様のダイアル、ロングパワーリザーブのムーブメントを備えた、隙のないモデルだ。
2023年4月10日掲載記事
日本らしさを携えた、ビジネスウォッチのお手本的存在
新年度が始まった。この時期の通勤電車には、スーツ姿で緊張した面持ちの若者をちらほらと見かけるようになる。彼ら彼女らはきっと、新しい環境の中で期待と不安の混じった日々を送っていることだろう。
そしてそんな方々の中には、仕事で使う腕時計に悩んでいる方もいるのではないだろうか。新入社員でなくても良い。高校や大学などの新入生でも、異動で転勤あるいは転属になった方でも、とにかく新天地で活躍するにあたって、新しく何かを新調しようとする人はいるはずだ。
その理由は自分を鼓舞するためかもしれないし、他人からどのように見られるかに気を遣ってのことかもしれない。
自動巻き(Cal.6R35)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径39.3mm、厚さ11.1mm)。10気圧防水。12万1000円(税込み)。
今回のインプレッションでは、そのどちらの方にもお勧めしたい、セイコー プレザージュ Sharp Edged Series 「SARX077」を取り上げる。本作は、清潔感あふれるシンプルなデザインに、オールシーズン使える汎用性を備えたモデルだ。
それでありながら凡庸ではなく、ダイアルには密かにメッセージが込められ、搭載された機械式自動巻きムーブメントが、時計との対話を楽しませてくれる。
いわゆるビジネスウォッチという語感からは、味気なく面白味がなさそうな印象を持ってしまう。しかし今の時代、ビジネスに腕時計が必須という、かつての常識も薄れてきた。そんな現代だからこそ、せっかく腕時計を着けるのであれば、多少の個性や趣味性を忍ばせてみたいと思わないだろうか。
レビューに入る前に、セイコー内での本作の位置づけを説明しておきたい。セイコーウオッチは、2023年4月時点で9つのブランドを抱えている。そのうちのひとつがプレザージュだ。
現行品としては機械式自動巻き腕時計がラインナップし、“100年を超える腕時計づくりの伝統を継承し、世界に向けて日本の美意識を発信するウオッチブランド。”との説明がなされている。
プレザージュのシリーズ構成は過去に何度か再編されているが、現在では琺瑯や漆等の伝統工芸を用いたCraftsmanship Series、カクテルに着想を得たデザインのCocktail Time、国産初のクロノグラフ「クラウン クロノグラフ」のデザインコードを取り入れたStyle60's、日本庭園の砂紋を表現したダイアルが特徴のJapanese Garden、そしてSARX077が属するSharp Edged Seriesのシリーズがメインである。
引き算の美学が生む、研ぎ澄まされたケースデザイン
Sharp Edged Seriesには、外観上大きくふたつの特徴がある。ひとつは、シリーズ名が示す通りのシャープなエッジ。もうひとつは、ダイアルに施された麻の葉紋様のパターンである。これらが、一見してシンプルな本作に、個性を与えている。
ひとつずつ見ていこう。ケースのデザインは、平面を基本に構成されている。分かりやすいところでは、ケースサイド、ラグの上面、ラグの先端に対し、可能な限り曲面を廃し、互いの面が接するところに、真っすぐに通ったエッジを作り上げている。これが、凛とした緊張感を生んでいるのだ。
いくつかの高級時計を手にしたことのある方ならば、このエッジを触って特段シャープだとは思わないかもしれない。高級時計の中には、それこそ手が切れるのではないかと思うほどにビシビシにエッジの立ったものもあるのは事実だ。
ただし本作はそれらとは異なり、あくまでも印象としてのシャープさを損ねることなく、わずかに角を落としている。これによって、肌当たりがソフトになり、衣服の袖口を傷つける心配は軽減される。日常的に使う上での配慮がなされた結果と捉えるべきだろう。
ケースを形作る面自体も、その価格を感じさせない平滑なものが与えられている。ラグの上面はサテン仕上げとすることで力強さを表現し、ケースサイドに施されたポリッシュが、その中に上品さを織り交ぜている。太めのラグに反して鏡面仕上げのベゼルは細く、これも同様にドレッシーな印象だ。
ステンレススティール製のブレスレットに目を移してみる。3連あるいは5連のように見えるが、裏側から見ると分かるように、H型のパーツと中央のパーツが連結されひとつのコマを構成している。中央のパーツはケースと同じく直線基調のシャープなラインを持つが、両サイドは丸みを帯びている。
恐らく、肌への当たりが柔らかくなるよう配慮されたのだろう。三つ折れ式のバックルも、手首の内側が当たるプレート部の角が斜めに削り落とされている。
ブレスレットにはすぐに動かせる微調整機構は備わっていないため、腕周りを調整する際にはあまりきつくし過ぎない方が良いだろう。細い棒状のものがあれば、バックルで数mmだけ調整することが可能だが、予め体調や季節の変化に対応できるだけの余裕を持たせておくことをお勧めしたい。
細部まで計算され尽くした、麻の葉紋様のダイアル
ダイアルに広がる麻の葉紋様は、古来より日本で成長や出世を象徴するものとして、着物や帯の柄に用いられてきたものだ。本作では厚さわずか0.4mmの金属板に型打ちを施すことで僅かな高低差を与えられており、光を受けて立体的に輝く様は、シリーズ特有の魅力だ。
本作に用いられたダイアルカラーは、日本の伝統色のひとつ、“藍鉄(あいてつ)”である。ブルーカラーのダイアルは、スポーティーで若々しい印象を受けることが多いが、深い色味を持つ藍鉄は、その中に落ち着きを感じさせる。
ミニッツマーカーは、フランジ部に配されている。このフランジには、刻みが入れられており、光の反射を抑えられている。もし、型打ちの上にプリントされていたとしたら、デザインとして煩雑になった上に、ダイアルのきらめきによって視認性が損ねられてしまっていたことだろう。
アプライドインデックスも凝った造りを見せる。その上面には、凸型に段が付けられている。中央に梨地仕上げ、一段下がった両端にはポリッシュ仕上げが与えられている。
もしすべてをポリッシュ仕上げとしたならば、インデックスはダイアルの輝きに埋没し、視認性が損なわれただろう。反対にマットで統一したならば、道具然としたインデックスが、ダイアルの上品さを台無しにしてしまったことだろう。
本作の仕様であれば、視認性を確保しながらもインデックスが光を受けて輝く。手間をかけながらも実用性と審美性の両立を追求したことが分かる。
暗所で発光するスーパールミノバは、インデックスの外端に塗布されている。インデックス上面に塗るという方法もあったはずだが、そうすることによって、過度にスポーティーさが出てしまうことを忌避したのだろう。
時・分・秒の3本の針は、それぞれがしっかりとした長さとシャープな先端を持つため、何時何分何秒なのかが明快に分かる。特に時分針は、中央の稜線を境に、左右をポリッシュと梨地に仕上げ分け、強い光源下であってもしっかりと視認できるようになっている。
3時位置のデイト窓にも注目だ。黒地に白の数字は見やすく、その周囲には金属製の枠が取り付けられている。枠の内側には傾斜するように面取りが施され、その面取り部にも梨地が与えられている。ダイアルの紋様に目を奪われてしまうが、細部に込められた実用性への配慮が、本作の時計としての完成度を格段に高めているのだ。