48ものメーカーが集まった2023年のウォッチズ&ワンダーズ。周囲の見本市を加えると、参加したメーカーは数百をくだらないだろう。では、そこで見た2023年のトレンドは一体何なのか? 大きくは3つ。脱「ラグスポ」、小さなサイズ、そして鮮やかな色だ。中身よりも外見の目立つ1年と言えるだろう。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2023年4月13日掲載記事
脱“ラグスポ”
2015年を境に時計市場のメインストリームにのし上がった、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」。スポーツウォッチ風のケースとブレスレットを持つモデルを加えると、今や市場の大半は、このジャンルに含まれるのではないか。
事実、フレデリック・コンスタントでマネージング・ディレクターを務めるニールズ・エガーディンは「スイスから輸出された3000ユーロ以上のラグジュアリーウォッチの80%が、ステンレススチールでブレスレット付き」とクロノス日本版に語った。
では、2023年も“ラグスポ”は絶好調なのか。ジャンルとしては、相変わらず有望だろう。しかし、今年、明らかに“ラグスポ”であることを打ち出した新作は、IWCの「インヂュニア」ぐらいしかなかった。このモデルは、薄いケースと良くできた外装を持つ、典型的な今の“ラグスポ”だ。
自動巻き(Cal.32111)。21石。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。10気圧防水。156万7500円(税込み)。
加えて、このモデルは、伝説的な時計デザイナーであるジェラルド・ジェンタのデザインを継承する。強いて言うと、遅れてきた最後の“ラグスポ”かもしれない。
むしろ2023年に目立ったのは、脱“ラグスポ”の動きだった。各社はブレスレット付きで、スポーツシーンにも耐えうるような時計をリリースするようになったが、それらの多くは、ラグスポのような見た目を持っていない。タグ・ホイヤーの「カレラ キャリバー7」がこういったトレンドを象徴するモデルだ。
自動巻き(Cal.7)。パワーリザーブ約56時間。SSケース(直径36.0mm)。50m防水。39万6000円(税込み)。
ウォッチズ&ワンダーズとは関係ないが、ロンジンの「スピリット」も同種のモデルと言えるだろう。ラグスポを作るのではなく、ベーシックなモデルに金属ブレスレットを加えるという流れは、今後も加速するに違いない。
“ラグスポ”の代わりに目立ったのが、ベーシックな時計だった。毎年のようによくできたブレスレット付きのモデルをリリースしてきたカルティエは、今年一転して、オーソドックスなタンクにてこ入れをした。ラジオミールを打ち出したパネライも同様である。ヒット作のオーヴァーシーズにバリエーション違いを加えたヴァシュロン・コンスタンタンも、強調したのはレトログラードだった。
自動巻き(Cal.2460 R31L/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径41mm、厚さ10.48mm)。5気圧防水。価格要問合せ。
ブレスレットを着けた高性能な時計は、2023年以降も市場のメインストリームであり続けるに違いない。しかし、このジャンルが定番化した現在、新作の数は、以前より控えめになっていくのではないか。また、景気の悪化に伴い、高価格帯では、ラグスポ離れの進む可能性は考えられる。
小さなサイズ、短い全長
ここ数年で顕著になったのは、時計のコンパクト化である。といっても、単に小さくなったと言うよりも、その手法は巧妙になった。直径をわずかに小さくし、その代わりに、時計の全長をぐっと短くしたのである。時計を短くすることで、装着感を改善する。
最初に取り組んだのは、おそらくオメガだろう。同社は長すぎた弓管を短く切ることで、新作をコンパクトに見せることに成功した。加えて最近は、ラグを短くするという試みが目立つようになった。2023年のIWC「インヂュニア」は、ラグレスの構造だが、全長は45.7mmしかない。40mmという直径を考えると明らかに短いが、デザインの処理が上手いため、短さを決して感じさせない。
自動巻き(Cal.7140)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約66時間。18KYG(直径39mm、厚さ9.50mm)。50m防水。261万9100円(税込み)。
ロレックスの新しい「パーペチュアル 1908」も、やはり短くする試みのひとつ、といえるのではないか。毎年のようにサイズを拡大してきた同社だが、近年はむしろ、サイズを抑制する方向に向かっている。新しいケースは、長いラグを特徴とするオイスターケースと異なり、ラグの短さと軽快さが強調されている。もっとも、このモデルもラグの処理が巧みなため、寸短感はない。
ラグを短くする手法と組み合わされるようになったのが、盛り上がったドーム風防だ。風防を盛り上げることでミドルケースの高さを抑え、ラグも短くする。これは、パーペチュアル 1908や、グランドセイコーの「テンタグラフ」、そしてタグ・ホイヤーの新しい「カレラ キャリバーTH20-00 クロノグラフ」、ゼニスの「パイロット」などに共通するディテールだ。いずれも、真正面から見るとラグは長いが、実際は以前の物ほどではない。
自動巻き(Cal.9SC5)。60石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間。ブライトチタンケース(直径43.2mm、厚さ15.3mm)。10気圧防水。181万5000円(税込み)。2023年6月9日発売予定。
こういった手法が普及した背景には、視認性と装着感の両立があるのではないか。サイズをやみくもに小さくするのではなく、全長を抑えて着け心地を改善する。加えて、各社が今後、男女を問わないジェンダーレスなモデルに注力することを考えると、小径化に変わるトレンドは、短い全長となるだろう。
もっとも、ラグを短くするにはデザイン上のノウハウが必要で、まだ採用できるメーカーは一部に限られるのではないか。
鮮やかな色!
2015年以降、各社は様々な色を文字盤に盛り込むようになった。変化を促したのは、メッキやペイントに変わる、新しい手法である。
2023年に、PVDで鮮やかなブルーを与えたのはパテック フィリップだ。同社はメッキ、ペイントというふたつの製法に習熟しているが、近年はPVDも採用するようになった。メッキやペイントのような鮮やかな発色は与えにくいが、相対的に質は安定している。また、廃液処理などの手間がないため、環境問題を意識する各社は、積極的に採用していくだろう。
自動巻き(Cal.31-260 PS FUS 24H)。44石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径42mm、厚さ9.85mm)。3気圧防水。771万1000円(税込み)。
色で言うと、2023年に目を惹いたのはカルティエとロレックスだった。前者は、長らく文字盤に対して保守的なだったが、ここ数年は様々な色を盛り込むようになった。加えて、一部のモデルは文字盤のパターン付けに電解エッチングを採用するなど、新技術の採用にも余念がない。
ペイントダイヤルで新しい表現を選んだのはロレックスだ。バルーンを描いたセレブレーションダイヤルは、ラッカーの上に、転写で複数の色を載せている。ラッカーの仕上がりは以前の物より明らかに良く、転写にもかかわらず、各色の盛り上がりも押さえられている。どうやって作ったのかはまったくわからないが、ラッカーベースの文字盤としては、もっとも野心的なものと言えるだろう。
自動巻き(Cal.3230)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径36mm、厚さ11.60mm)。100m防水。72万3800円(税込み)。
これらのメーカーに限らず、鮮やかな文字盤や、他にはない下地処理などは、2023年も時計業界の大きなトレンドとなるはずだ。
目立ったのは外装の革新だった
あくまで駆け足だが、2023年のトレンドを大きく振り返ってみた。共通するのは、ムーブメントよりも外装での革新である。
時計バブルともに、装身具としてのあり方を強める今の時計を象徴しているとも言えるし、スマートウォッチとの差別化を図るための手法と言えるかもしれない。さておき、詳細なトレンド分析は、2023年6月3日発売のクロノス日本版に掲載する予定だ。
https://www.webchronos.net/features/93213/
https://www.webchronos.net/features/94048/
https://www.webchronos.net/features/93828/