「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」への出展2年目を迎えたグランドセイコーが現地で発表したのは、グランドセイコー初となる機械式のクロノグラフ「テンタグラフ」であった。一見、今や市場で高い人気を誇るいかにも現代的なクロノグラフだが、その中身と細部には、グランドセイコーが誕生以来、追求してきた高い精度と視認性、美観に加え、近年、「エボリューション9」として新たに注力する装着性を向上させるあらゆる創意工夫が盛り込まれている。その見所を、一部考察を交え、深掘りする。
Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
鈴木幸也(クロノス日本版):取材・文
Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
2023年4月21日掲載記事
自動巻き(Cal.9SC5)。60石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間(クロノグラフ作動時)。ブライトチタンケース(直径43.2mm、厚さ15.3mm)。10気圧防水。181万5000円(税込み)。6月上旬発売予定。グランドセイコーブティック、グランドセイコーサロンのみでの取り扱い。
グランドセイコーの総力を結集した新作のハイライト
2022年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで、かつてのバーゼルワールドからジュネーブの高級時計サロンへのデビューを華々しく飾ったグランドセイコー。そこで発表したトゥールビヨンと同軸のコンスタントフォースを備えた複雑時計こそ「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン SLGT003」だった。
SLGT003は国内外のジャーナリストから高く評価され、結果、年末に開催された「ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)2022」の「クロノメトリー賞」を受賞するに至った。
1960年の誕生以来、「究極」を目指し、一貫して精度を追求してきたグランドセイコーのまさに金字塔ともいえる到達点のひとつとして、ブランドの歴史にその名を刻むことは間違いない。
そんなグランドセイコーが、出展2年目となる2023年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで何を発表するのか? 今や日本のみならず、海外でいち早く大きな成功を収めたアメリカを筆頭に、スイスやドイツ、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国に加え、シンガポールや香港、中国など、アジア各国・地域の注目も集めるグランドセイコーが発表した新作のハイライトは、やはり高精度を武器にした、しかも複雑時計であった。
それが、グランドセイコー初となる機械式クロノグラフ「テンタグラフ」である。グランドセイコーは、スプリングドライブムーブメントをベースとしたクロノグラフをすでにコレクションに持つ。
2007年に発表されたグランドセイコー スプリングドライブ クロノグラフも、ベースがクォーツ式と機械式の“いいとこ取り”であるスプリングドライブムーブメントだけに、高い精度を誇る。
だが、今回発表されたテンタグラフは、純粋なメカニカルクロノグラフである。今では、機械式クロノグラフというと、多くのメーカーがコレクションにラインナップするために、複雑時計という印象は薄くなったが、現実は、機械式クロノグラフを自社開発できる時計メーカーは今なお数少ない。つまり、メカニカルクロノグラフは、その精緻な機構が証すように、十分に複雑時計のひとつであるのだ。
満を持して登場した毎秒10振動ハイビートメカニカルクロノグラフ
実は、2009年に毎秒10振動を誇るグランドセイコー用メカニカルハイビートムーブメントCal.9S85が発表された際、いずれこのムーブメントをベースにした同じく毎秒10振動のメカニカルクロノグラフが登場するのではないかと、密かに期待していたが(もちろん、他にもそう思った時計好き、GS愛好家は多かっただろうが)、結局、実現しなかった。
だが、ついに2023年、その悲願は達成された。しかし、ベースとなったのは、今や10年以上の歴史を持つCal.9S85ではなく、2020年に誕生した、グランドセイコーが誇る最新の高精度メカニカルムーブメントCal.9SA5であった。
企画担当の江頭康平氏によると、実際に、毎秒10振動のクロノグラフを作るアイデアは10年以上前からあったという。だが、その頃存在したグランドセイコー唯一のハイビートメカニカルムーブメントであったCal.9S85は、クロノグラフのモジュールを載せるには厚いうえに、パワーリザーブも約55時間と、今となってはやや短い。
対して、Cal.9SA5は、直径は大きくなったが、その分、輪列を水平方向に分散(水平輪列構造)することでCal.9S85よりも薄くなり、パワーリザーブも約80時間まで延長された。実際のサイズは、Cal.9SA5が直径31.0mm×厚さ5.18mmであるのに対し、Cal.9S85は直径28.4mm×厚さ5.99mmである。