総評
製品自体は変わらないのだから、どこで見たって一緒……。とはいえ、4年ぶりに取材をした新作時計イベントWatches&wonders(ウォッチズ&ワンダーズ)は、やっぱり刺激的だった。ウォッチズ&ワンダーズの良さは、短期間で一気に新作時計を見ることができるので、機構やデザインのトレンドが見えてきやすい。ざっと俯瞰してみると、今年は“正常進化”が目立っていたのではないだろうか。
例えばグランドセイコーの「エボリューション9 コレクション テンタグラフ SLGC001」は誰もが望んでいた自動巻きクロノグラフだが、これは薄型の高性能ムーブメントCal.9SA5の進化版と言っていいだろう。またIWCの「インヂュニア・オートマティック 40」は、ケースの薄型に成功し、バランスのよいプロポーションに。1976年にインヂュニアSLの際にはケース厚が12㎜もあったが、新作は10.8㎜厚に収めており、ジェラルド・ジェンタが望んだ理想形に近づいたのかもしれない。
そしてシャネルは、毎回驚かされる。「J12」の基本スタイルは2000年から不変にもかかわらず、新作「J12 サイバネティック」にインパクトたるや……。扱いの難しいセラミックス素材を、ここまで手懐けてしまうとは恐るべしである。
ここまで時計業界が成熟しきってしまうと、完全なる新機軸というのは難しい。むしろ時代の変化やテクノロジーの進化によって熟成を重ねていく方が自然だろう。無理なく、それでいて魅力的に進化することは、ユーザーにとっても安心感がある。今年のウォッチズ&ワンダーズを見て、前を向いて行動し続けることの大切さを、改めて実感することになった。
選者のプロフィール
篠田哲生
1975年生まれ。講談社『ホットドッグプレス』編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆している。また仕事の傍ら、時計学校「専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」のウォッチコース(キャリアスクールウォッチメーカーコース)に通い、時計の理論や構造、分解組み立ての技術なども学んでいる。クロノス日本版のTop 10 Rankingのレギュラー選考委員。2020年には『教養としての腕時計選び』(光文社新書)を上梓。
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