誕生から30年の年月を重ねたIWCの「ポートフィノ」。イタリアの港町の名を冠するこのコレクションが生まれたのは、あくまで偶然の重なりからだった。懐中時計用のムーブメントを腕時計にも転用する。こうしたアイデアに端を発する誕生の経緯とその発展、そして薄型コンプリケーションのベースとしても成功を収めた現在のポートフィノの姿を詳らかにしたい。

ポートフィノ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]


PORTOFINO REF.3513
初期ポートフィノの多様性を示すフリーガールック

ポートフィノ Ref.3513

ポートフィノ Ref.3513
1980年代後半から90年代初頭にかけて作られた初代ポートフィノことRef.3513。写真のモデルは標準的なバーインデックスではなく、パイロットウォッチ風の文字盤を持つ。自動巻き(Cal.37521またはCal.3752、ETA2892A2ベース)。21石。パワーリザーブ約42時間。30m防水。参考商品

 IWCの公式見解に従うならば、「ポートフィノ」の発表は1984年のことだ。当時のIWCは、ギュンター・ブリュームラインの指揮下でラインナップを見直し、アイコンとなるモデルに注力しつつあった。そんな彼が、ベーシックな3針モデルを作りたい、という要望に首を振らなかったのは当然だろう。しかし彼は、やはり普通の時計が必要という声に押されて、後にポートフィノと呼ばれるコレクションにゴーサインを出したと言われている。

ポートフィノ Ref.3513

Ref.3513の標準的な文字盤は、細長いバーインデックスと、ポリッシュラッカーの組み合わせ。対して写真のモデルは、1948年の「マーク 11」を思わせる文字盤が採用された。文字盤の字も、マットなペイント仕上げである。
ポートフィノ Ref.3513

オリジナルコンディションを留める針と文字盤。1980~90年代にかけて、IWCはこの文字盤をポートフィノだけでなく、インヂュニアにも転用した。

 そんなポートフィノは、ブリュームラインの予想を覆すような成功を収めた。引き金となったのは、1980年代後半に追加された「Ref.3513」からである。高度にチューンナップされたETA2892A2を、ベゼルのない、薄型の2ピースケースに収めたポートフィノは、まさに多くの消費者が望んでいたものだった。後にIWCのある関係者は筆者にこう漏らした。「ジャガー・ルクルトのマスター・コントロールは、ポートフィノに刺激を受けて生まれたモデルだった」。

ポートフィノ Ref.3513

ケースサイド。ベゼルを省いたケース構造が、後にポートフィノのアイコンとなった。

 ポートフィノの成功を受けて、IWCは多くの試みを盛り込むようになった。メカクォーツ、ポインターデイト、クロノグラフにパーペチュアルカレンダー、そしてさまざまなデザインのダイアルだ。その中で最も目を惹くのが、通称「マーク文字盤」と言われるモデルだ。薄いドレスウォッチにもかかわらず、文字盤のデザインは往年のパイロットウォッチ「マーク 11」にほぼ同じ。かなりユニークな試みだが、かつてのポートフィノは、こういった「遊び」が許されるほどヒットしていた、と言えるだろう。関係者たちの予想とは裏腹に、ポルシェデザインとパイロットウォッチに並ぶ屋台骨へと成長を遂げたポートフィノ。では、このベーシックなモデルは、どういう経緯で生まれ、どうやって巨大なコレクションへと成長を遂げたのだろうか?

ポートフィノ Ref.3513

ポートフィノを特徴付けるのが、ベゼルのない2ピースケースだ。IWCはパイロットウォッチで2ピースケースを実現していたが、ドレスウォッチとして作られたポートフィノは、ケース全体に丸みがつけられた。ちなみにケースは後にIWCのお家芸となった切削ではなく、古典的な鍛造によるもの。ケースの磨きはかなり甘いが、当時の基準を考えればやむなし。
ポートフィノ Ref.3513

ケースバック。裏蓋はねじ込みではなく、ネジ留めである。IWCは明言していないが、おそらくは、ケースを薄く作るため、そしてエントリーモデルとして製造コストを抑えるためだろう。ただしこの時代のステンレスは、現行品ほど良質ではない。そのため、80年代から90年代のポートフィノには、裏蓋とケースの噛み合わせ部分が錆びている個体が少なくない。あまりにも錆びている個体は避けた方が望ましいだろう。



Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


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