誕生から30年の年月を重ねたIWCの「ポートフィノ」。イタリアの港町の名を冠するこのコレクションが生まれたのは、あくまで偶然の重なりからだった。懐中時計用のムーブメントを腕時計にも転用する。こうしたアイデアに端を発する誕生の経緯とその発展、そして薄型コンプリケーションのベースとしても成功を収めた現在のポートフィノの姿を詳らかにしたい。

ポートフィノ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]


PORTOFINO AUTOMATIC
IWC流3針ドレスウォッチの現在形

ポートフィノ・オートマティック

ポートフィノ・オートマティック
良質な外装を持つ2011年初出の第3世代ポートフィノ。一見3ピースに見えるが、従来に同じ2ピースケース。ラグが下方に曲がったため装着感も改善された。自動巻き(Cal.35111、セリタベース)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.8mm)。30m防水。183万7000円(税込み)。

 1980年代後半にリリースされたRef.3513は、ポートフィノに大きな成功をもたらした。しかし、90年代に入ると、さすがに古さは隠しきれなくなっていた。対してIWCは、2003年に直径38mmのRef.3533をリリース。07年には直径39mmにケースを拡大し、11年には直径40mmのRef.IWC3565系に置き換えた。以降もIWCはポートフィノにサイズ違いを加えたが、基本的なデザインは、11年モデルを踏襲する。

ポートフィノ・オートマティック

第3世代ポートフィノの大きな特徴が、12時位置に設けられたローマ数字のインデックス。また、文字盤も、表面を荒らしたオパーリン仕上げに改められた。前作では文字盤の外周ギリギリまで伸ばされていたインデックスは、少し内側に寄せられるようになった。結果、視覚的には以前よりも小さく見える。
ポートフィノ・オートマティック

2011年モデルで際立つのが、詰められたディテールだ。写真が示す通り、秒針と長針の先端は、かつての高級時計よろしく曲げられている。今でこそ広く見られるようになったが、量産メーカーでの先駆けは間違いなくIWCだ。またリーフ針の形状も、エントリーとは思えぬほど立体的だ。あえて先端を細く絞りきらなかったのは、視認性を考慮したため。

 この第3世代のポートフィノは、IWCの成長を感じさせるコレクションとなった。大きな違いは文字盤。丸みを帯びたバーインデックスは従来に同じだが、厚みが増したほか、12時位置はローマ数字に変更された。アラビア数字インデックスを持つ、ポルトギーゼと明確にキャラクターを分けるためだろう。また、下地の仕上げも、表面を荒らした、いわゆるオパーリン仕上げとなった。

ポートフィノ・オートマティック

ミドルケース。ベゼルが別部品の3ピースに見えるが、実は従来に同じ2ピースケース。直径は拡大したが、ラグを短く切ることで、装着感はかなり軽快だ。

 ケースデザインも異なる。ベゼルを持たない2ピースケースは従来に同じだが、3533ではケースの上側まで伸びていたラグは短くされ、一方でケースの上方に切れ込みを入れることで、3ピースのように見せている。またケースの製法も、鍛造からIWCのお家芸と言うべき切削に改められた。後付けしたかのようなラグは、切削技術の進歩がもたらしたものだ。

 エントリーという位置づけは変わらないが、2011年以降のポートフィノは、明らかにラグジュアリーを意識したものとなった。搭載するのは、セリタをチューンナップした通称「グランジャン」。しかし、先を曲げた針や、良質なケースといったディテールは、ポルトギーゼなどに決して引けを取らない。この良質な第3世代をベースに、以降IWCは、女性用という同社にとっての新ジャンルを拡充することになる。

ポートフィノ・オートマティック

後付けされたかのようなラグは、鍛造ではなく削り出したもの。もっとも、ケースの磨きは、ポルトギーゼよりもやや甘い。
ポートフィノ・オートマティック

Ref.3513から踏襲されるネジ留め式の裏蓋。18Kゴールドケースでは、裏蓋にポートフィノの情景が刻まれる。なお、かつてのSSケースでしばしば見られた、裏蓋との噛み合わせ部分は、錆が出ないようになった。


PORTOFINO PERPETUAL CALENDAR
初代ポートフィノのルーツに連なる複雑系

ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー
永久カレンダーを搭載したモデル。モジュール自体は1985年の「ダ・ヴィンチ」にさかのぼるものだ。薄くはないが、良質で堅牢なモデルである。自動巻き(Cal.82650)。46石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ12.7mm)。5気圧防水。497万2000円(税込み)。

 薄型ドレスウォッチとしてスタートしたポートフィノコレクション。しかし、先述した通り、かつてのポートフィノには、永久カレンダーといったコンプリケーションも用意されていた。自社製ムーブメントの開発を進めるIWCは、今や(相対的に)小径な自動巻きを持てるようになった。となれば、ポートフィノにコンプリケーションが復活するのは当然だろう。事実、かつてIWCでCEOを務めたジョージ・カーンは「ポートフィノは自社製ムーブメントへの入り口となる」と筆者に語った。

ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

文字盤の構成や仕上げは、3針モデルに全く同じ。しかし、ミドルケースを薄く見せるため、風防は立体的に改められ、見返しは極端に薄くされている。なお、価格帯を問わず、IWCの文字盤は印字の質が非常に高い。赤い60の数字が示すように、薄いが色のりは良く、周囲のビビりも見られない。
ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

文字盤に触れるほど針を低く取り付けた3針モデルからは一転して、本作は針のクリアランスにかなり余裕を持たせてある。実用性を配慮したためか。

 自社製ムーブメントがもたらした新しい方向性。その象徴が、「ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー」だ。搭載するのは、「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー42」と同じCal.82650。しかし、ポルトギーゼのようなねじ込み式のケースバックを持たないため、ケースの直径は40mmに抑えられた。ポートフィノの特徴であるネジ留め式の裏蓋は、実のところ、ケースを小さくまとめるには極めて有効だったのである。またポートフィノの個性である短いラグのおかげで、本作は細腕のユーザーでも着けやすい。もっとも、重厚なペラトン式自動巻きを持つ自社製ムーブメントは、決して薄くない。しかし、熟成された永久カレンダー機構や、堅牢な自社製自動巻きムーブメントなどは、誰でも使える複雑時計という個性をポートフィノにもたらした。

ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

ケースサイド。針の飛び出しに合わせて、風防はかなり立体的になった。かなり厚みがあるように思えるが、ケース厚は12.7mmに抑えられた。

 薄型ドレスウォッチとして始まり、市場の要請によって姿を大きく変えてきたポートフィノ。しかし、オリジナルのRef.3513にせよ、最新作の永久カレンダーにせよ、良質なベーシックウォッチという基本は、昔から何ひとつ変わっていない。その証拠に、今なおIWCのベストセラーは、ポートフィノなのである。

ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

3針モデルと比べて、さらに短くなったラグ。しかし、角度を付けて腕側に落とし込むことで、真正面から見ると、ラグの短さは感じにくい。近年のドレスウォッチが好むちょっとしたトリックを、IWCはいち早く採用した。
ポートフィノ・パーペチュアル・カレンダー

搭載するムーブメントが変わっても、ネジ留めの裏蓋は不変である。ねじ込み用のスペースを持つ必要がないため、本作のように大きなムーブメントを搭載しても、ケースの直径と厚みを減らすことができる。自社製となったケースは、かつてとは比較にならないほど良質になった。



Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


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