パテック フィリップを象徴する複雑時計として知られる「永久カレンダー搭載クロノグラフ」。
しかしそのメカニズムと、時計としての成り立ちを考えると、1950年のRef.2499、86年のRef.3970、そして2011年のRef.5270では、設計思想が大きく異なっていることが分かってくる。時代に応じて変化を遂げてきたコンプリケーションの代表機種の、主にムーブメントにスポットを当てながら、変容を探っていくことにしたい。
[連載第12回/クロノス日本版 2012年11月号初出]
Special thanks to Shellman, Hiromu Takizawa
Perpetual Calendar CHronograph [Ref.2499]
意匠的な源流となったバルジューベース機
1950年から85年まで製造されたRef. 2499。この個体は60年から78年まで製造された、通称サードシリーズである。ただしオーナーの好みにより、ベゼルと風防のみ、最終仕様のRef.2499/100に変更している。風防の素材はプラスティックではなくサファイアとなり、それに伴いベゼルも若干厚みを増した。製造本数は349本。手巻き(Cal.13、バルジューVZHCベース)。23石。1万8000振動/時。18KYG(直径37.5mm)。1975年製。個人蔵。
パテック フィリップの象徴ともいえる永久カレンダー搭載クロノグラフ。そのファーストモデルは1941年から54年まで製造されたRef.1518である。しかし、このモデルの後継機として50年に発表されたRef.2499こそ、現行モデルに繋がる意匠的な源流であることは間違いない。永久カレンダー搭載クロノグラフの意匠は、1518から2499を経て熟成され、現代まで受け継がれている。
両者で大きく異なっていたのはケースサイズで、1518は直径35㎜、2499は直径37.5㎜であった。エボーシュも若干異なり、前者はバルジューベースのキャリバー13、後者はシンプルカレンダー付きのVZHC(46年製造開始)を使用。両者の機構はほぼ同じだが、カレンダーを追加した分、後者が若干厚い(13の厚さ5.85㎜に対して、7.35㎜)。歯車の加工が今ほど容易でなかったことを考えれば、パテック フィリップがカレンダー付きのVZHCをベースに選んだことは納得がいく。ただし同社は、VZHCの12時間積算計を省略した。理由はムーンフェイズを載せるためだ。もっとも、当時の高級メーカーは、通常のクロノグラフであっても12時間積算計を載せないことが多かった。これは12時間積算計の弱いクラッチ機構を嫌ったためだろう。50年発表の2499は、実に85年まで製造され、主なバージョンは4つに大別できる。総生産数は35年間で349本と極めて少ないが、カムや歯車を手作業で削っていたことを思えば、その数も理解できよう。
正直に言うと、コレクターではない筆者にとって、この2499よりも、後年の3970や5970のほうが、より時計としては好ましい存在である。しかし4299の圧倒的な存在感は、黄金期のコンプリケーションがどれほどの高みにあったのかを、余すところなく現代に伝えている。
(右上)極盛期のパテック フィリップらしい文字盤。サードシリーズまでは、いわゆる「象眼文字盤」。金板の上に銀メッキを施した後、エナメルを埋め込み、最後にニトロセルロースラッカーを厚く重ねている。ただし最終型のRef.2499/100はプリント。オーナーがサードモデルに最終型のサファイア風防を取り付けた気持ちは理解できる。(中)ケースサイド。パテック フィリップの複雑時計に固有の逆テーパーベゼル(中心部を大きく抉っている)が目を惹く。また大きく湾曲させたラグも、この時代の時計としてはかなり珍しい。装着感を考慮したためだろうか。その意匠は、半世紀後の複雑時計を先取りしていたと言えよう。なおファーストシリーズ、セカンドシリーズはプッシュボタンが角型であった。(左下)6時位置のムーンフェイズ。プリントではなく、金板にエナメルを施すことで、あざやかな青色を得ている。針の造形も圧倒的だ。(右下)ケースバック。スクリューではなくスナップバックであるため、この時代までは防水性が確立されていなかった。