アイコニックピースの肖像 IWC/ポルトギーゼ

しばしばビッグウォッチの祖として語られてきたIWCの「ポルトギーゼ」。しかしこの時計の本質とは、マリンクロノメーター級の高精度と、優れた視認性を得るために、敢えて大きなサイズを選んだ点にある。第1作の発表から、紆余曲折を繰り返しつつ進化を遂げてきたポルトギーゼは、いっそうその原点に立ち返ろうとしている。

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第19回/クロノス日本版 2014年1月号より増補改訂]


PORTUGIESER Ref.325 [1950]
Cal.98を搭載するオリジナルイシュー

ポルトギーゼ Ref.325
名機Cal.98を搭載した“第2世代機”。高性能な懐中時計用ムーブメントを搭載することで、マリンクロノメーター級の精度を叩き出した。その生産本数は第1世代よりさらに少なく、最大でも282本、最小で209本とされている。なおこの個体は、1950年にリスボンで販売された、正真の“ポルトギーゼ”である。手巻き(Cal.98)。17石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約46時間。SS(直径42mm、全長49mm)。1950年製。個人蔵。

 1930年代のおそらくは後半に、ポルトガルのふたりのビジネスマンがIWCの本社を訪れ、こういう要望を出した。「ステンレスのケースで、マリンクロノメーター級の精度を持つ腕時計が欲しい」。対してIWCは、懐中時計用のムーブメントを載せた、超高精度な腕時計を作り上げた。これがポルトガル人こと「ポルトギーゼ」の起こりである。精度と視認性を改善するために懐中時計のムーブメントを載せるというアイデアは、決して珍しいものではなかった。しかしゼニスにせよ、ロンジンにせよ、これらは基本的に軍用時計に限られていた。

 ポルトギーゼの面白さは、懐中時計用のムーブメントを載せた高精度機でありながらも、純然たる民生用だった点にある。当時、IWCのムーブメントで最も精度が高いと見なされていたのは、基本設計を1881年にさかのぼるキャリバー52系であった。しかしIWCは、この時計が民間で使われることを考慮したのだろう。分厚いキャリバー52系ではなく、薄いキャリバー74を選択した。

 1944年には、ムーブメントを当時最新のキャリバー98に変更。これがいわゆる〝第2世代〟である。続く〝第3世代〟を含むオリジナル・ポルトギーゼは、中断期間をはさんで81年まで製造されたといわれている。しかし直径42ミリというサイズは、腕時計の大きさが30ミリ程度だった当時からすると、明らかに異形だった。そのためかオリジナル・ポルトギーゼの生産本数は、キャリバー74を載せた第1世代、キャリバー98を載せた第2世代、そして改良版の982を載せた第3世代を併せても、最大で742本、おそらくは700本以下に留まったのである。超高精度のために、敢えて大きなサイズと懐中時計のムーブメントを選んだオリジナル・ポルトギーゼ。しかし市場がその魅力を再発見するには、93年の復刻モデルを待たねばならない。

(左上)第2世代のポルトギーゼは、そのほとんどがCal.98搭載機から転用した文字盤と針を備えていた。今やポルトギーゼの特徴とされるアラビア数字や、リーフハンドなども、基本的には第2世代機の特徴である。ただし写真が示すように、時分針(真鍮製)などのクォリティはかなり良好であった。(右上)文字盤上のロゴ。おそらくはオールドリダンだが、印字の質は極めて高い。(中)ケースサイド。大ぶりなリュウズはおそらくオリジナル。少なくともリュウズにはもう一種類あり、そちらはビッグ・パイロット・ウォッチ(1940年)との共用部品だろう。(左下)標準的なケースバック。なお300番台のリファレンスナンバーは、当時のIWCでの区分に従うならば、非防水の標準的な腕時計を意味する。この3桁リファレンスは1971年から72年にかけて一新されるが、ポルトギーゼに限って言えば、第3世代機の販売終了まで、IWCは325というリファレンスを使い続けた。(右下)ケース径は42mmもあるが、ラグを短く切り詰めることで、全長を49mmに抑えている。おそらくIWCは、その大きさを短くするべく苦慮したのだろう。重量が軽いこともあって、装着感はむしろ快適である。