進化するベースキャリバー
[ゴールド素材と巻き上げ効率の向上]

F.P.ジュルヌの基幹コレクションとなるべく開発されたオクタ。それがロングパワーリザーブと日付表示、そして自動巻きといった実用的な機構を備えていたのは当然だろう。加えてジュルヌは、この新しいムーブメントに堅牢な設計を与えようと試みた。新機構が注目されるジュルヌだが、オクタの物堅い設計は見るだけの価値がある。

1st Generation/Cal.1300-1
2001年初出。ジュルヌ曰く「研究に3年、開発に2年を要したムーブメント」。長さ1mの主ゼンマイを巨大なシングルバレルに収めることで、約120時間(5日間)もの駆動時間を実現した。またその優れた基礎体力は、オクタに高い拡張性をもたらすこととなった。なお現行のCal.1300-3と異なり、ムーブメントはロジウム仕上げの真鍮製。受けの外周がコリマコネージュ仕上げなのが、初期型1300-1の特徴である。最初期型との違いは地板全面にペルラージュが施された点。直径30mm、厚さ5.7mm。30石。2万1600振動/時。主ゼンマイのトルク850g。テンワの慣性モーメント10㎎・㎠。フリースプラング。

 フランソワ-ポール・ジュルヌは、1980〜90年代にかけて、さまざまなムーブメントやモジュールの設計に携わった。代表的なものをいくつか挙げたい。まずはTHA向けのワンプッシュクロノグラフ。そしてジャケ・ボーム(現ラ・ジュー・ペレ)向けのフドロワイヤントやビッグデイトモジュール。あまり知られていないが、かのレマニア1350のフライバック化を手掛けたのもジュルヌだ。

 99年にメゾンを創立した時点で、ジュルヌはあらゆるムーブメントを設計できるだけの経験を積んでいたといえる。そう考えれば、オクタ用のキャリバー1300が最初から非凡な完成度を備えていたことにも合点がいく。

 ちなみに関係者曰く、ジュルヌはこの新型自動巻きを8日巻きにしたかったようだ。それはモデル名にギリシャ語で「8」を表す、オクタを採用したことからも分かる。また彼は、キャリバー1300を複雑時計のベースにしようとも考えていた。それをうかがわせる痕跡が、オフセットさせたローターだ。

「実は裏側に天文表示のようなものを設けられないかと考えていた。ローターをオフセットさせたのは、そういう機構を載せるためのスペースだ。しかしパテック フィリップがセレスティアルを完成させてしまったので、裏側に天文表示を載せることはあきらめた」

 会社設立以降、毎年のように新しい機構を発表してきたジュルヌ。しかしジュルヌの設計思想を理解するうえで、キャリバー1300系ほど興味深いサンプルはない。

 天才というパブリックイメージとは裏腹に、時計師としてのジュルヌは、実に物堅い設計を好む。好例がキャリバー1300のパワーリザーブの延ばし方だろう。駆動時間を延ばす手法としてポピュラーなのは、輪列に歯車を増やすものだ。しかしこれだとテンプが小さくなって精度が悪化する。対してジュルヌは、1mという長い主ゼンマイを与えることで、輪列を増やすことなくパワーリザーブを約120時間(5日間)に延長した。

2nd Generation/Cal.1300-2
2004年初出。設計はCal.1300-1に同じだが、地板と受けが18KRG製に置き換わった。また受けの面取りもダイヤカットのみから、ダイヤカット+手作業での磨きへと変更された。改善できた理由は、真鍮より18KRGの方が硬く、磨きを入れやすいためだろう。ジャガー・ルクルトがジャーマンシルバーを使うようになって以降に、仕上げを改善したのと理屈は同じだ。なお筆者が観察した限りでいうと、F.P.ジュルヌのムーブメントは年々仕上げが向上している。ジュルヌ曰く「確かに仕上げは改善した。ただし良くしすぎるとコストがかかってしまう」とのこと。基本スペックはCal.1300-1と同じ。

 自動巻き機構もやはり手堅いものだ。高級機としては珍しく、キャリバー1300-1は自動巻き機構にリバーサーを採用している。なぜリバーサーなのかとジュルヌにたずねたことがある。正直ETAが好んで使うリバーサー式の自動巻きは摩耗しやすく、高級機にふさわしいとは思えない。対してジュルヌはこう答えた。

「リバーサー式だから自動巻きが摩耗するのではない。摩耗しやすい理由は全体の構成がちぐはぐだからだ。ETA2892は設計こそ良くできているが、主ゼンマイのトルクが強すぎてアンバランスに思える」

 キャリバー1300の主ゼンマイのトルクは、ETA2892-A2並みの850g。振動数こそ2万1600振動/時に落としているが、5日間も動くことを考えれば、相対的に主ゼンマイのトルクは弱いとみるべきだろう。この弱い主ゼンマイを巻き上げるため、ジュルヌはローターを22Kゴールド製に変えたほか、リバーサーを思い切って小型化。理論上、慣性を下げると自動巻きの巻き上げ効率は大きく改善される。

3rd Generation/Cal.1300-3
2006年初出。リバーサー式の両方向巻き上げを片方向巻き上げに改めた第3世代機である。理論上の巻き上げ効率よりも、実使用時の巻き上げ効率を改善したムーブメント。片巻き上げではしばしばローター音が問題になるが、ローター軸周りの設計と加工が良いため、ローターの回転音はほとんどない。基本スペックはCal.1300-1に同じ。ただし受け石が39石に増えたほか、仕上げもさらに改善されている。なお5日後の振り角は、文字盤上で220度。ETA2892-A2などが24時間後に220度に落ちることを考えれば、かなり優秀な数値といえるだろう。

 振り角に対する考え方もやはり堅実だ。キャリバー1300が完成した2000年代初頭、各社はテンプの振り角を上げて精度を改善しようと試みていた。300度以上は当たり前。ムーブメントによっては330度を超えるものも少なくなかったのである。しかし振り角が上がり過ぎると、振り当たりが起こってしまう。対してジュルヌは振り角を最大300度、事実上は280度まで落とし、対して駆動時間を長くすることで等時性を保とうとした。その設計思想は、他社より5年は早かったのではないか。

 発表から3年後の2004年に、1300-1は改良版の1300-2に進化した。基本設計は1300-1に同じ。しかしムーブメント全体が18KRG製となり、受けの面取りなども改善された。この改良に実用上の利点はないが、持った際の重みといい仕上げといい、高級機に相応しいものとなった。

 そして現行機にあたる最新のモディファイ版が、キャリバー1300-3である。最も大きな変更点は、両方向巻き上げから、片方向巻き上げに改められたことである。理由をジュルヌはこう説明する。

「会社の経理担当者がオクタを使ったところ、腕をあまり動かさない状態では、両方向巻き上げは巻き上がりにくかった」

 決して旧作の巻き上げ効率が低かったわけではない。しかしこの設計変更により、オクタの実用性はいっそう高まっている。

 フランソワ-ポール・ジュルヌという時計師の物堅さをうかがわせるキャリバー1300の設計。次回では、そこに加えられた独創的な付加機構を見ていくことにしたい。