オメガが挑んだ初の高圧防水時計、その構造と発展

軍用パイロットウォッチを民生用に仕立て直し、1948年に登場した「シーマスター」は優れた防水性で他社を圧倒したが、50年代になってブランパンやロレックスが本格的なダイバーズウォッチを投入したことにより、更なる性能アップを余儀なくされた。先行他社とはまったく構造の異なる独自ケースを備えた高圧防水時計として「シーマスター 300」は生み落とされることになる。

[アーマードガラス]
200m防水を可能にしたカギが、変形しにくいアーマードガラスである。防水性を高めるために厚みを増した点は他社に同じ。しかしスティール製のリングに固定して変形を抑えたのが、シーマスター 300の独自性であった。

 創業100周年を記念して、オメガは1948年にいくつかのモデルをリリースした。そのひとつが防水時計の「シーマスター」である。その広告には次のように記されていた。「オメガ シーマスター、アクティブな男性のための時計。あなたの前に2万6000名のパイロットが使用」「オメガ シーマスターにはすでに歴史があります」。キャッチコピーが示す通り、そもそもシーマスターとは、オメガがR.A.F(イギリス空軍)に供給したパイロットウォッチを民生用に仕立てたモデルだった。

 シーマスターがいかに画期的だったかを少し述べたい。当時の防水時計は、大半が防水用のガスケットを持たないか、あっても鉛やシャラック製の不完全なものだった。そのため十分な気密性は期待できなかった。

[ナイアス高耐圧リュウズ]
ギリシャ神話に登場する水の妖精(英:Naiad)にちなんで名付けられた“ナイアス式”のリュウズ。水圧を受けるとリュウズ内のラバーが収縮し、気密性を高める。しかし、第3世代以降はリュウズがねじ込み式に変更されたため、ナイアス式を用いる意味は失われた。

 気密性、つまりは防水性を改善する切り札として、オメガはニトリル製のOリングに注目した。40年代初頭、航空機メーカーのノースロップが採用したOリングは、たちまち連合国軍に普及。それをオメガはR.A.F用のパイロットウォッチと、民生用の防水時計シーマスターに転用したのである。時計での採用例としては初の試みだろう。

 Oリングで気密性を確保したシーマスターは、本当の意味での近代的な防水時計だった。54年にオメガは、スイスの時計研究所でシーマスター用のケース50個をテスト。60mの防水性と、−40℃から+50℃までの気温変化に耐える性能は他社を圧倒していた。

 しかしシーマスターの設計と商業的な成功は他社を刺激した。53年、ブランパンとゾディアックがダイバーズウォッチをリリース。その1年後にはロレックスが「サブマリーナ」を発表して追随した。ちなみに水中でも読み取り可能な回転ベゼルで特許を取得したのはブランパン、正しくは当時CEOを務めていたジャン-ジャック・フィッシェである(スイス特許番号515460、55年9月14日公開)。これもラバー製のOリングに依存した防水システムを持っていた。

 各社に張り合うべく、オメガはダイバーのゴードン・マクリーンにシーマスターを帯同させて62.5mの潜水記録を樹立。しかしロレックスを含むライバル他社に及ばず、オメガは防水性能を3倍以上に高めた初の本格的ダイバーズウォッチ「シーマスター300」の開発に踏み切ることになる。

1st Model [1957〜]Ref.CK2913
1957年初出のファーストモデル。オメガ初の全回転ローター自動巻き、Ca.500/501を搭載していた。アメリカ市場向けは17石のCal.500、それ以外の市場には19石のCal.501を搭載。後にリファレンスがST147.552に改められた。初期シーマスターのケースはユグナン・フレール製。

1st Model [1957〜] Ref.ST147.552
第1世代にはCK2913-1〜3までのサブタイプが存在したが、6桁リファレンスへの改編を受けST147.552に統一される。このモデルはストレート秒針。第3世代まで、針やベゼルにさまざまな形状が存在するのは、当時のオメガが複数のサプライヤーを使い分けていたため。

 この時計に加えられた工夫は、かなり興味深い。ひとつは水圧がかかるとリュウズに内蔵したパッキンがつぶれて防水性を確保する「ナイアス高耐圧リュウズ」だ。構造は53年初出のゾディアック「シーウルフ」に似ているが、「オイスター」の特許を避けるなら他の選択肢はなかっただろう。そしてもうひとつが、変形しにくい強化ガラス(アーマードガラス)の採用である。プラスティック製風防の変形を防止するため、オメガはシーマスターのファーストモデルにスティール製のテンションリングを採用した。防水性を強化するため、シーマスター300はプラスティック製風防の厚みを3倍に増加。開口部にスティール製のテンションリングを取り付け、それをケースにねじ込むことで十分な防水性を確保したのである。

2nd Model[1960〜] Ref.ST165.014
1960年に発表された第2世代機。ムーブメントがスムーステンプを持つCal.550系に変更された。アメリカ市場向けは17石のCal.550(ST165.014)、他は19石のCal.552(ST164.064)。ベゼルの表記や針の形状など、さまざまなバリエーションが存在する。

3rd Model[1965〜] Ref.ST165.024
防水システムが一新された第3世代機(1962~69年)。リファレンスはデイト表示なしがST165.024(Cal.552搭載)、デイト表示付きがST166.024(Cal.565搭載)である。しかしアメリカ市場向けには石数の少ないCal.550やCal.563が搭載されたといわれる。

 オメガは、この時計を海でも空でも使える万能時計と考えていたようだ。事実、ダイバーズウォッチ然とした外観にもかかわらず、広告には「高度3万2000mの気圧にも耐える」と記されていた。しかし数年後、オメガはこのモデルをプロ向けのダイバーズウォッチとして進化させるようになった。

 以降のシーマスター300を、便宜的に4世代に分類してみよう。57年に発表された初作が第1世代。そのムーブメントを変更した60年の第2世代。複雑な防水システムを一新し、近代的なダイバーズウォッチに進化した62年(61年説もある)の第3世代。そして69年発表の第4世代は、第3世代のデザインを手直ししたモデルであった。

第1世代(CK2913/ST147.552)と第2世代(ST165.014/064)のケース。分厚いOリングと、ムーブメントを固定するスペーサー、そしてアーマードガラスをケースに固定するためのリングに注目。

 搭載するムーブメントは、第1世代がキャリバー500系(17石の500、または19石の501)。第2世代以降は550系(17石が550、24石が552)に変わり、第3世代のデイト付きモデルは560系(17石が563、24石が565)も搭載している。性能はほぼ同じだが、自動巻き機構の信頼性と巻き上げ効率が大きく改善された。

 ケースの構造を見るなら、全面的に変わったのは第3世代以降だ。ナイアス式のリュウズが廃されねじ込み式に変更された他、回転ベゼルにはクリック機構が加えられた。ムーブメントのスペーサーも省かれ、コストのかかるねじ込み式のアーマードガラスも標準的なものに改められた。シーマスター300らしい個性は減じたが、第3世代での改良をもってシーマスター300は完成に至ったと言ってよいのではないか。

 なおオメガは67年以降、増えすぎたシーマスターコレクションの整理に取りかかった。それにともないシーマスター300も第4世代に置き換わったが、これはデザインだけを変えた、在庫整理モデルと見るべきか。

(左)アーマードガラスを据え付ける専用工具が“リングキー”。外周にスティールリングを取り付けた風防をケースにはめ込み、リング裏の凹みにリングキーの突起を噛み合わせてねじることで、風防はケースに固定される。(右)1962年の第3世代(ST165.024/ST166.024)でケース構造は一新された。クリック式の回転ベゼルを支えるため、ケース内部にはバネが内蔵されたほか、アーマードガラス外周のスティールリングも省略された。

 情報が少ないために断言は避けたいが、オメガはシーマスター300を、デイリーユース向けと飽和潜水に対応したプロ向けに発展解消させたかったようだ。事実、70年にシーマスター300は生産終了となり、普段使いに向く「シーマスター200」(200m防水)と、600m防水の「プロプロフ」に置き換えられた。そしてオメガのプロ用ダイバーズウォッチは、逆回転防止ベゼルを備えた「シーマスター 1000」(71年)でようやく頂点に達することになるのである。