新たなオメガスタンダードとなる
超耐磁=マスター コーアクシャル

新しいシーマスター300に非凡な性能をもたらしたのが、1万5000ガウス以上という耐磁性能を誇る“マスター コーアクシャル”ムーブメントである。ベースとなったのは、コーアクシャル専用機として開発されたCal.8500系。オメガは非耐磁の素材を用いることで、この基幹キャリバーにかつてない耐磁性能を与えることに成功した。

 新しいシーマスター300は、外観こそレトロ調だが、その中身は最新鋭である。とりわけ1万5000ガウス以上もの耐磁性能を持つ〝マスターコーアクシャル〟を備えたキャリバー8400は、このダイバーズウォッチに卓越した実用性をもたらした。

 1999年、オメガはコーアクシャル脱進機を載せた自動巻きのキャリバー2500を発表した。ガンギ車の油切れが起きにくく、等時性に優れるコーアクシャル脱進機。これはデテントとスイスレバーの〝良いとこ取り〟をした、理想的な脱進機のひとつであった。

 しかし開発当初、この脱進機には問題があった。まずは脱進機の重さに対して、主ゼンマイのトルクが足りなかった点。そのためガンギ車とアンクルの追随性が良くなかった。加えて開発者のジョージ・ダニエルズが振動数を1万9800振動/時以上にしないよう助言したにもかかわらず、携帯精度改善のため、オメガは2500系の振動数を2万8800振動/時にまで高めた。重い脱進機と高い振動数は振り角を落とす原因となり、2500系の携帯精度を悪化させてしまったのだ。

 もちろんオメガも手をこまねいていたわけではない。同社は毎年のようにキャリバー2500系を改良。数年後には起動性や等時性、低い振り角といった問題を解決していった。

 キャリバー2500系の反省を踏まえて新規設計された〝コーアクシャル専用機〟がキャリバー8500系である。シーマスター300が搭載するキャリバー8400は、これからデイト表示をオミットしたものだ。オメガはキャリバー8500のパフォーマンスを証明すべく、発表時にはロレックスの名機、キャリバー3100系を引き合いに出した。

腕時計のムーブメントに耐磁性能をもたらす手法はふたつある。ひとつは軟鉄製のファラデーケージでムーブメントを囲む手法(右)。オメガの「レイルマスター」などで採用されたものだ。そしてもうひとつが、ムーブメント自体を非耐磁にする手法(左)。初出はIWC「オーシャン2000」の西ドイツ海軍向けモデルである。オメガに成功をもたらしたのはSi14(シリコン)製のヒゲゼンマイと、一般的な鋼材に代えて用いられた新素材「ニヴァガウス」製の部品であった。

 キャリバー8500の使用可能なエネルギーは69ジュール。これはキャリバー3100より35%も高い。重いコーアクシャル脱進機は、スイスレバー脱進機に比べてエネルギーのロスが大きい。しかしエネルギーを増やした結果、8500のテンプのQ値は310μWと3100より4%も大きくなった。これを可能にしたのが、強いトルクを持つダブルバレルと、2万5200振動/時というロービートであった。2500系での反省点を盛り込んだ新しいコーアクシャル専用機が、素晴らしい携帯精度を誇ったのは当然だろう。

 しかし新しいキャリバー8500系にも、普遍的な問題が残った。オメガ社長のステファン・ウルクハートは次のように述べる。

「メンテナンスが必要な時計の54%が、何らかの理由で帯磁していたのです。磁気帯びは使い方を変えれば防げます。しかし今や磁気はあらゆる所にあるため、どう避ければ良いのか分からない。さらに問題は、理由は何であれ、消費者が〝オメガは問題の起きやすい時計〟という誤った認識を持つことでした」

 そこでオメガは、新しい自動巻きのキャリバー8500系から、磁気帯びという問題を一掃しようと考えたのである。プロジェクトを担当したのは副社長のジャン-クロード・モナションだった。「機械式時計のムーブメントに耐磁性能を与えたければ、軟鉄製のカバーで覆うのが定石ですね。しかしカバーを付けるとムーブメントは見られなくなるし、デイト表示も備えられない。だから従来とは異なる方法を考える必要がありました」。

 オメガは、磁気をシャットアウトするのではなく、ムーブメント自体を非磁性にすれば良いことに気づいた。幸いにもこの試みには、IWCの「インヂュニア500000A/m」という先達があった。これはムーブメントの金属部品を、非磁性の素材に置き換えた超耐磁時計であった。公式の耐磁性能は50万。しかし非公式には370万という驚くべき耐磁性を持っていたのである。

シーマスター300が搭載するCal.8400の調速脱進機(図はベースとなったCal.8500だが、デイト表示の有無以外、構成部品は同一)。金属部品の大半は、磁気を帯びないニヴァガウスに置き換えられた。耐震装置「ニヴァショック」はアモルファス合金製、ガンギ車(オメガでの名称はコーアクシャル ホイール)とアンクルは、おそらくダルニコ材である。ただしガンギ車のみ、金メッキが施されている。

 オメガの開発陣は、当然この時計の存在を知っていたし、また失敗した理由も熟知していた。ひとつは非磁性のヒゲゼンマイが、プアな温度特性しか持てなかったこと。一般論を言うと、ヒゲゼンマイは耐磁性を高めると温度特性が悪化し、温度特性を改善すると耐磁性が悪くなる。インヂュニア500000A/mが使用した新しいヒゲゼンマイは、耐磁性こそ優れていたが、温度が変わると精度が悪化したのである。さらに鉄を含まない非磁性の素材は、耐久性にも難があった。結局IWCはわずか3年で、この野心作の製造を中止せざるを得なくなったのである。

 インヂュニア500000A/mの開発に携わったのは、スウォッチ グループのETAとニヴァロックスであった。そして幸いにもオメガは、これら2社と同じグループに属していた。ニヴァロックスは磁気を帯びないシリコンヒゲゼンマイをオメガに供給。加えて同社は、磁気を帯びず、しかし非常に硬い新素材「ニヴァガウス」の開発に成功。後にモナションはこう豪語した。「ニヴァガウスの耐久性は、鉄系の素材と変わりありません」。

 新素材の採用により、超耐磁は現実的なものとなった。耐磁性能を強化したキャリバー8500(とデイト表示なしの8400)の公式な耐磁性能は1万5000ガウス。しかし非公式には、8万5000ガウスもの耐磁性能を持つ。つまり日常の使用では、磁気帯びする可能性はまずない。しかも軟鉄製のカバーを持たないため、時計を軽くできるうえ、デイト表示も載せられるのである。

 今後オメガは、コーアクシャル搭載機のすべてを超耐磁版の〝マスター コーアクシャル〟と、公的な規格を通った〝マスター クロノメーター〟に切り替えていくと宣言。現時点での採用例はまだ多くないが、シーマスター300はすべてがマスター コーアクシャル搭載機だ。オメガがいかにこのモデルに愛着を持っているかという証しだろう。