長らく、地味という評価を受けてきたグラスヒュッテ・オリジナルの実用機。旧GUBに源流を持つためか、その内容にもかかわらず正しい評価を得てきたとは言えないだろう。今や屈指の実力を備えた各モデルと、それに至る歴史をセネタコレクションを軸にしながら振り返ってみたい。

セネタ

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第41回/クロノス日本版 2017年9月号初出]


GUB Cal.67.1 Automat
GUB時代に開発された初の自動巻き搭載機

GUB Cal.67.1

GUB Cal.67.1
通称タイプ2001系。ダイレクトセンターセコンドを持つ、GUB初の自動巻き搭載機。なおカレンダーなしはCal.68.1。優れた基礎設計を持っていたが、当時の水準から見てもケースは薄くない。自動巻き。23石。1万8000振動/時。SS(直径36mm)。非防水。個人蔵。

 グラスヒュッテ・オリジナルの実用機である「セネタ」。コレクションの開始は1997年だが、影響を与えた旧VEBグラスヒュッテ・ウーレンベトリーブ(GUB)時代の実用モデルを含めると、その歴史は驚くほど長い。もっともムーブメントの設計だけに注目すると、その祖はモダンなキャリバー67.1搭載機となるだろう。現行の基幹キャリバーである39は、直接ではないものの、67の後継にあたる自動巻きである。

 60年に発表された手巻きのキャリバー70と、その自動巻き版の67.1(デイトなしは68.1)は、今までとはまったく違う設計を持つ、近代的なムーブメントだった。とりわけ2番車と4番車を重ねたセンターセコンド輪列は、すでにスイスや日本では普及していたが、GUBでは初の採用となった。

 GUBは新しく完成したこの自動巻き搭載機を、高精度な高級機として販売した。今回掲載した金張りモデルの売価は約200東独マルク。当時、労働者の平均月収が444東独マルクだったことを考えれば、かなり高価だった(ちなみに小型乗用車のトラバントは、62年に7850東独マルクもした)。しかし経済発展が進む東独で、このモデルは広く人気を博した。また旧共産圏だけでなく、旧西独地域でも〝マイスターアンカー〟の銘で販売され、旧東独に貴重な外貨をもたらすこととなった。

 もっとも6.8㎜というムーブメントの厚みは、60年の時点でも明らかに時代遅れだったし、それは西側諸国でスイス製の時計と比較されるようになるとなおさらだった。対してGUBは新型自動巻きの開発を進め、5年後の65年(64年説もある)には薄型自動巻きの「スペシマティック」こと、キャリバー74/75(後の06系)を完成させた。やがてスペシマティックを載せた各モデルは、GUBに最盛期をもたらすこととなる。

GUB Cal.67.1

(左)タイプ2001系の多くは、文字盤のインデックスが変形させたアラビア数字とバーインデックスの混在だった。このモデルも、12時と6時位置にアラビア数字を持つ。なお搭載するムーブメントは23石だが、文字盤上の表記は17石。理由は不明だが、海外の輸入関税を回避するため、17石表示としたのかもしれない。(右)インデックスはダイヤモンドカッターでスリットを入れたもの。文字盤を製作したのは、おそらくワイマールのVEBフェインゲレーテヴェルクである。1960年以降、GUBは旧西独やフランスに依存していたケースの製造を、ワイマールにあるVEBフェインゲレーテヴェルクに移管し、同時に文字盤の製造も開始した。しかし後にGUBは、文字盤の製造をフォルツハイムのT.H.ミュラー(現グラスヒュッテ・オリジナル)にも委ねた。

GUB Cal.67.1

ケースサイド。67系は優れたムーブメントだったが、その自動巻き機構は初期のロレックスのオイスターに酷似している。そのためムーブメントの厚みは6.8mmにもなった。

GUB Cal.67.1

(左)ケースバック。防水と刻印してあるものの、実際は防汗程度の性能しかなかった。なお67.1と68.1(および68.4)には、34mmと36mmケースの2種類が存在した。(右)大きく曲げられた針。ただしメッキの質が良くないため、剥離している個体も少なくない。


SIXTIES
GUB時代の意匠を受け継ぐヒストリカルピース

シックスティーズ

シックスティーズ
2007年初出。レトロなルックスと高級機の仕上げを両立させた傑作である。とりわけ、文字盤とケースの作りは大変に凝っている。自動巻き(Cal.39-52)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径39mm)。3気圧防水。75万円。

 このモデルがリリースされたとき、筆者は目を疑った。新作として発表されてはいたが、見た目は1960年代のGUBウォッチそのままだったからである。モデル名は「セネタ・シックスティーズ(現シックスティーズ)」。もっとも筆者には、グラスヒュッテ・オリジナルが過去のモデルをリバイバルするという予感はあった。というのも、当時CEOだったフランク・ミュラーが「GUBは私たちの過去の一部であり、忘れることはない」と公言していたからだ。となれば、面白いデザインが揃った、60年代のモデルが選ばれたことも当然だろう。

 このモデルがたちまちカルト的な人気を得た理由は、レトロな外観と、優れた作りを両立させたためである。例えば文字盤。意匠は60年代のタイプ2000/2001系そのままだが、筋目にムラは皆無だ。理由は、土台を完璧に磨いた後、弱い圧力でゆっくり筋目を施すため。手間のかかり方は、国営メーカーの時代とはまったく違う。また搭載するキャリバー39系も、基本設計こそ70年代の「スペシクロン」だが、感触は極めて優れている。とりわけ緻密に回るローターは、このモデル最大の魅力と言えるだろう。

 初出が2007年ということもあり、ケースの仕上げは、最新の「セネタ・エクセレンス」などに比べるとやや落ちる。また両面にボックスサファイアを使ったこともあり、その価格も決して安くはない。しかしレトロ調のデザインを好む好事家や高級な実用機を好むコレクターにとって、シックスティーズは貴重な存在だろう。確かに見た目の面白い時計は少なくない。しかし作りの良さを両立してみせた時計は、数えるほどもない。このモデルが示すのは、グラスヒュッテ・オリジナルのメーカーとしての成熟なのである。

シックスティーズ

(左)タイプ2000/2001系を忠実に模した文字盤。担当サプライヤーは、1960年代以降、GUBにも文字盤を供給していたフォルツハイムの旧T.H.ミュラー(現グラスヒュッテ・オリジナル)。6tの圧力でブランク材を抜き、ダイヤモンドパウダーを載せた水溶液上に置いて、上から3kgの重りを乗せて鏡面に磨く。下地が完璧なため、筋目にはまったく歪みがない。(右)インデックスは、アプライドではなくスリット。現在、この手法を残すのはグラスヒュッテ・オリジナルのみだ。ダイヤモンドカッターでインデックスを削るため、このモデルのみ文字盤の厚みは0.5mm。職人がフリーハンドで、長さ3mmのインデックスを彫っていく。

シックスティーズ

このモデルが安価でない一因は、両面に採用されたボックスサファイア。2007年当時では極めて新しい試みだった。ケース厚は9.4mmに留まる。

シックスティーズ

(左)搭載するのは「スペシクロン」ことCal.11とその改良版であるCal.10-30をベースにしたCal.39-52。巻き上げ効率を改善するため、ムーブメントの外周には21Kゴールドが配される。ケースに比してムーブメントは小さいが、リュウズのガタは皆無だ。(右)先端を丁寧に曲げた分・秒針。インデックス同様、ダイヤモンドカッターで完璧に成形されている。