1996年の発表以来、パテック フィリップの屋台骨を支えてきた315/324系の年次カレンダー。3月1日以外はカレンダーを自動調整するという実用性に加え、優れたケースと文字盤は、愛好家が手にすべき、実用時計の条件を完全に満たしてきた。ここでは、20年以上に及ぶ、その全容と進化を詳らかにしたい。

パテック フィリップ 年次カレンダー

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌):取材・文
[連載第48回/クロノス日本版 2018年11月号初出]

ANNUAL CALENDAR[Ref. 5035]
歯車の組み合わせが可能にした、実用的なコンプリケーション

年次カレンダー Ref.5035

年次カレンダー Ref.5035
1996年初出。自動巻きのCal. 315に、独自設計の年次カレンダーモジュールを加えたコンプリケーションである。自動巻き(Cal.315 S QA 24 H)。35石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KWG(直径37mm)。25m防水。参考商品。個人蔵。

 3月1日以外は調整不要な半自動のカレンダー機構を年次カレンダーという。今や各社がこぞって手掛けるメカニズムだが、その先駆けはパテック フィリップだった。1996年、同社は最初の年次カレンダーRef.5035を発表。操作が容易なうえ、価格を抑えた本作は、時計愛好家たちから大きな注目を集めた。

 ちなみにパテック フィリップはすでに永久カレンダーのRef.3940をリリースし、成功を収めていた。理論上は、この永久カレンダーから3月1日の自動日送り機構を省けば、年次カレンダーになる。今やこういう成り立ちを持つ年次カレンダーは少なくないが、パテック フィリップは、年次カレンダーにまったく異なるメカニズムを与えた。

 当時の永久カレンダーは、巨大なカムとレバーで日付の早送りを行う、古典的な「非連続型」(あるいは非接触型)のカレンダーを持っていた。部品同士の調整が難しく、重いレバーを持つため耐衝撃性も悪かったが、2月末に3日間の自動日送りを実現するには、テコの原理を効かせやすい、この機構を使うほかなかった。対してパテック フィリップが採用したのは、歯車だけでカレンダーを動かす、いわゆる「連続型」(あるいは接触型)の半自動カレンダーだった。そもそも、3月1日の日送りを手動で行う年次カレンダーは、テコの原理を強く効かせて、3日間も日付を早送りする必要がない。そこでパテック フィリップは、年次カレンダーを、製造が難しい反面、調整が容易で、耐衝撃性と信頼性に優れる歯車だけで構成してしまった。レバーを使わないこのメカニズムは、事実上、腕時計用に特化した初の自動カレンダーだったのである。

 パテック フィリップが作り上げた実用的なコンプリケーション「年次カレンダー」。以降、この複雑機構は、同社を代表するメカニズムのひとつとなっていく。

年次カレンダー Ref.5035

(右)パテック フィリップには珍しい、ローマンインデックスとリーフ針の組み合わせ。実用性を考慮して、すべてのインデックスと時分針には夜光塗料が埋め込まれた。(左)6時位置に設けられた24時間針。筒車から中間車を介して駆動される。なお文字盤左上の曜日、右上の月表示は文字盤の中心から少し上にある。理由は、インダイアルを拡大して、視認性を高めるため。

年次カレンダー Ref.5035

極めて立体的な造形を持つケースサイド。パテック フィリップらしくケースの磨きは良好だが、2010年以降の年次カレンダーには及ばない。ケースサイドに見えるのは、2時位置が月、4時位置が日の早送り用。プッシャー操作でこれらの表示を送るには、時刻を6時に合わせる必要がある。ムーブメントを破損させないためだ。

年次カレンダー Ref.5035

(右)実用性へのもうひとつの配慮として、ケースバックにはねじ込み式が採用された。かつてパテック フィリップは多角形のケースバックを好んだが、90年代半ば以降は、写真のような、噛み合いやすいケースバックを多用した。(左)パテック フィリップの年次カレンダーに名声をもたらしたのが、Cal.315系の自動巻きである。基本設計は1982年にさかのぼるが91年に全面刷新。優れた巻き上げ効率と、高精度を誇った。