第3世代マリーンの底力を上げる
現代基幹キャリバー研究

スウォッチ グループによる買収以降、ブレゲのムーブメントは別物に進化を遂げた。その核にあるのは、ムーブメントのフリースプラング化と、シリコン製ヒゲゼンマイの採用だった。ブレゲはいかにして、ムーブメントの刷新を成し遂げたのだろうか?

Cal.777A

Cal.777A
3針のマリーン 5517が搭載するムーブメント。直径は15リーニュもあるため、大きなローターを載せることが可能になった。自動巻き。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。高級機らしくリュウズの感触は良好で、ローター音もよく抑えられている。

 2000年にスウォッチ グループが買収した当時、ブレゲは事実上、部品を組み立てるだけのエタブリスールだった。確かにインベストコープの下、ムーブメントメーカーのヌーヴェル・レマニアはブレゲグループの一員に属していたが、両社にシナジーがあったとは考えにくい。しかし、スウォッチ グループを率いるニコラス・G・ハイエックは、両社の統合を推し進め、ブレゲをマニュファクチュールに変容させた。彼の狙いとは、高級時計としてのスタンスを変えることなく、ブレゲに、より高い精度と耐久性を与えることにあった。

 長らくブレゲが使用するムーブメントは、ヌーヴェル・レマニア(現ブレゲ)や、フレデリック・ピゲ(現ブランパン)がベースだった。レマニア8810に1350、フレデリック・ピゲの1150や1185、そして極薄自動巻きの71。いずれも高級時計らしい設計と仕上げ、そして優れた感触を持っていたが、各社が新しい自社製ムーブメントをリリースするにつれ、基本設計の古さは隠し切れなくなっていた。

 対してブレゲは、精力的にムーブメントの刷新に取り組んだ。そのコアにあったのが、ムーブメントの心臓部を、シリコン製ヒゲゼンマイとフリースプラングテンプに置き換えることだった。もっとも変更の一因には、ヒゲゼンマイを製造するニヴァロックスの問題があったのかもしれない。かつてブレゲの関係者は、筆者に対して「同じグループに属しているにもかかわらず、ニヴァロックスからの供給状態がまったく読めない」と述べた。となれば、安定供給が望めるうえ、耐磁性にも優れるシリコン製ヒゲゼンマイの採用に傾くのは当然だろう。シリコンウエハーから製造するシリコン製のヒゲゼンマイは、製造のためのイニシャルコストこそかかるが、質は安定している。ただし緩急針で押さえると割れる恐れがあるため、ヒゲゼンマイをシリコンに置き換えるには、テンワで遅れ進みを調整する、フリースプラングテンプにすることが必須だった。

 緩急針のないフリースプラングテンプには、等時性に優れ、ショックにも強いというメリットがある。しかし、長らくパテックフィリップとロレックス、そして高級メーカーの一部しか採用できなかった。ブレゲも同様で、すべてのモデルは緩急針付きだった。理由は緩急を調整するためのチラネジやマスロット付きのテンワを製造することが困難だったためである。

Cal.582QA

Cal.582QA
マリーン クロノグラフ 5527が搭載するムーブメント。そもそもの基本設計はレマニア1350まで遡るが、クロノグラフ中間車が示す通り、まったく別物に進化を遂げている。フライバック機構付き。自動巻き。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。

 しかし幸いにも、ブレゲを買収したスウォッチ グループは、テンワやヒゲゼンマイの製造をほぼ独占するニヴァロックスを傘下に持っていた。ハイエック・シニアのイニシアチブの下、ブレゲの大半のムーブメントは、わずか数年で、高性能なフリースプラングテンプを持つようになったのである。ブレゲはムーブメントの改良をさらに推し進め、2011年の時点で、大半のヒゲゼンマイをシリコン製に置き換えることに成功した。

 このプロジェクトを推進したのは、R&D部門を牽引する、副社長のナキス・カラパティス博士である。「シリコン製ヒゲゼンマイを使うプロジェクトは2003年に始まりました。05年は、試作したシリコンのヒゲゼンマイを徹夜で見続けましたよ。それ以降、ブレゲはシリコンの製造にもノウハウを蓄積しました」。かつてシリコン製のヒゲゼンマイを量産できなかった最大の理由は、シリコンの膨張率をコントロールできなかったためである。しかし、ブレゲはヒゲゼンマイに酸化処理を施すことで、それを抑えることに成功した。かつて不可能とされた、一般的なベリリウム銅製のテンワに、シリコン製のヒゲゼンマイを合わせられるようになった理由である。

 スウォッチ グループによる買収直後、ブレゲのR&D部門は、ムーブメントの設計だけを担っていた。しかし今や、ミニッツリピーターの音響効果や、シリコンといった新素材の開発を行う規模に発展した。その結果、ブレゲのムーブメントは、15年前からは考えられないほどの進化を遂げたのである。

 成果は、マリーン クロノグラフの搭載するキャリバー582QAに見て取れよう。もともとの基本設計は、エベルなどと共同開発した、レマニア1350。厳密には異なるが、かのレマニア1861に、マジックレバー式の自動巻き機構を加えたものと言える。ブレゲはこのムーブメントのフライバック機構を改良したほか、より針飛びしないように改めた。ポイントのひとつは追加4番車とクロノグラフ車を連結する中間車。今までは標準的な形だったが、LIGAで成形された、軽くてバネ性のある歯車に変更された。加えて中間車を支える追加ブリッジも、軽いチタンに変更された。理由はLIGA製法の歯車に同じで、クラッチの慣性を下げて、フライバックの動作を確実にするためだ。もちろん緩急装置は、緩急針ではなくフリースプラングテンプ。そしてヒゲゼンマイは、磁気を帯びにくいシリコン製である。

 他のムーブメントも同様だ。3針モデルに搭載されるキャリバー777Aは、まったく新規に起こされた、ブレゲの新世代基幹機である。大きなローターで巻き上げ効率を改善したほか、パワーリザーブをあえて抑えることで、比較的大きなテンワと、強い軸トルクを持つ。こういう設計は、かつてのブレゲからは考えられなかったものだ。

 第3世代のマリーンは、スポーティーさを抑えたインフォーマルな性格を強調している。しかし、このムーブメントが示す通り、今やマリーンは、スポーティーウォッチというよりも、本格派のスポーツウォッチと呼ぶだけの内実を備えたのである。



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