1992年以降、ジャガー・ルクルトの屋台骨であり続けるマスター・コントロールコレクション。レベルソほどの分かりやすさは持っていないが、それ故にこのコレクションは面白さに満ちている。同社のブレッド&バターであるマスター・コントロール。その長くて興味深い歩みをひもといていこう。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
BIG MASTER [1992]
初の1000時間コントロールを成し遂げた
スタンダードウォッチの金字塔
マスター・コントロールのファーストモデルが、直径37mmのビッグ・マスターである。他にも直径34mmのマスター・クラシックなどが存在した。Ref.140.880.892。自動巻き(Cal.889/2)。36石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS。5気圧防水。個人蔵。
1980年代半ば以降、経営の立て直しに取り組んだジャガー・ルクルト。91年に「レベルソ60周年モデル」をリリースした同社は、続いて手堅い3針モデルを発表した。それがラウンドケースを持つマスター・コントロールシリーズである。
企画したのは、IWCの立て直しに成功したギュンター・ブリュームラインと、彼の腹心でジャガー・ルクルトのCEOであったアンリ-ジョン・ベルモンだった。このふたりには、製品に対して明確なビジョンがあった。ブリュームラインが言う「同じ値段なら機能は多く、同じ機能なら値段は安く」である。
1992年に発表されたマスター・コントロールは、40年代から60年代のデザインに範に取った、いわば復古調の時計だった。しかし、これが単なるレトロウォッチでなかったのは、画期的な1000時間コントロールことマスター・コントロールテストを加えたことだった。マスター・コントロールが搭載したキャリバー889は、C.O.S.C.のクロノメーターをパスするほど優れた精度を持っていた。しかし、ブリュームラインとベルモンは、それ以上の付加価値を加えようと考えたのである。
ムーブメント単体の精度を3温度、5姿勢で計測するのがC.O.S.C.のクロノメーター試験である。計測日数は15日間。対してジャガー・ルクルトの掲げたマスター・コントロール規格は、ケーシングした状態の精度を、3温度、6姿勢で計測するものだった。さらに、耐衝撃性や気圧テストも加えられた。
付加価値を求める姿勢は、防水性能にも現れていた。一般的な3針時計の防水性能が3気圧なのに対して、マスター・コントロールは5気圧。ブリュームラインとベルモンは、マスター・コントロールを、単なる復古調ではない、高精度でタフな実用時計として作り上げたのである。
MASTER CONTROL DATE [2020]
パワーリザーブを大幅に延長した
現代スペックバージョン
2020年にリニューアルされたマスター・コントロール。より古典味を増したデザインと、精度や耐磁性に優れたCal.899ACを搭載する。自動巻き。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径40mm、厚さ8.78mm)。5気圧防水。72万4000円。
1992年のリリース以降、ジャガー・ルクルトの屋台骨を支えてきたマスター・コントロール。しかし、2004年から05年にかけてムーブメントが刷新されて以降、大きな進化は見られなかった。新しいベースムーブメントはいずれも高い完成度を持っていたが、それ以上の改良を加えるだけの拡張性を持っていなかったのである。
しかし、2020年にジャガー・ルクルトは、満を持してマスター・コントロールのフルモデルチェンジを行った。内容が変わったという点では、実に15年ぶりの全面改良と言っていいだろう。搭載するのは、前作と同じキャリバー899。しかし、シリコン製の脱進機のおかげで耐磁性能が大幅に強化されただけでなく、香箱を変えることで、約70時間もの長いパワーリザーブを持つに至った。パワーリザーブを延ばす場合、地板を拡張し、大きな香箱を載せるのが定石だ。しかし技術の進歩は、ムーブメントのサイズを変えることなく、899の性能を劇的に改善したのである。加えて899と、そのベースである889の弱点であった針合わせ時の針飛びも完全に解消された。
外装も刷新された。2000年以降、ジャガー・ルクルトはケースの内製化に取り組み、毎年のように質を高めてきた。新しいマスター・コントロールは、その集大成と言っていいだろう。ケースに与えられた鏡面の歪みは小さくなっただけでなく、側面のサテン仕上げも均一に施されている。また、マスター・コントロールのアイコンともいうべきボンベ文字盤も、本作ではいっそう強調された。一見復古調だが、それに留まらない性能を秘めているのは、まさしく1992年のマスター・コントロールに同じだ。
もっとも、このコレクションが熟成するには、実に長い年月を要した。その長い道のりを、次ページ以降で振り返ってみたい。
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