ジャガー・ルクルト/メモボックス Part.1

今や、アラームウォッチの代名詞的存在となったメモボックス。1950年に発表されたこのコレクションは、アラーム時計への採用が難しいとされた自動巻きや防水ケースをいち早く採用することで、唯一無二のアラームウォッチに変貌したのである。また、メモボックスの進化は、やがて不可能と思われたアラーム付きのスポーツウォッチを完成させたのである。

メモボックス

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]


MEMOVOX AUTOMATIC
初期型ボイス・オブ・メモリーの完成形

メモボックス・オートマティック

メモボックス・オートマティック
1959年初出のE855は、アラームに自動巻きと日付表示、そして防水ケースを持つ、アラーム時計の完成形だった。1969年まで約4万5000本が製造されたと言われる。自動巻き(Cal.KもしくはP825)。17石。1万8000振動/時。SS(直径37mm、厚さ13mm)。参考商品。

 ヴァルカンの「クリケット」が開いたアラームリストウォッチという新しいジャンルに、ジャガー・ルクルトもいち早く追随した。1950年に発表された初作は手巻きだったが、56年には腕時計アラームとしては世界初の自動巻きムーブメントとなる「メモボックス・オートマティック」を追加。59年には、さらに日付表示を加えたE855をリリースした。

 今に続くメモボックスの成功は、このE855に始まったと言ってよい。アラームに自動巻きと日付表示という組み合わせは使い勝手がよく、リングで裏蓋を支える防水ケースは、気密性も悪くなかった。アラームウォッチの実用性を極限まで高めたE855のヒットは当然だった。ジャガー・ルクルトの世界的な研究者であるザフ・バシャによると、69年までの10年間で、約4万5000本のE855が製造されたとされる。当時、小メーカーだったジャガー・ルクルトにとって、これはかなりの本数だ。またこのモデルは、ダンヒルやスイスの時計商であるギュブランにも提供された。

 アラームウォッチの完成形というべきE855の構成は、同年発表の防水時計「ディープシー・アラーム」(E857)にも転用された。厳密に言うと、ベゼルが固定されていたため、これはダイバーズウォッチとは言えない。しかし、アラームウォッチに高い防水性能は与えられない、という常識をディープシー・アラームは覆したのである。

 もっとも、ハーフローター自動巻きを載せたE855の設計は、60年代半ばになると、明らかに時代遅れとなっていた。対して70年に、ジャガー・ルクルトは全回転ローターと2万8800振動/時というハイビートを持つキャリバー916をリリース。その優れた基本設計は、現行のアラームムーブメントである、キャリバー956に受け継がれている。

メモボックス・オートマティック

(右)アメリカではルクルト銘で販売されたE855。写真はアメリカ外で販売された、ジャガー・ルクルト銘のモデルとなる。これは非常に珍しい黒文字盤仕様。当時、黒文字盤は専門家向けの色と考えられていた。ジャガー・ルクルトが、どういう層をメモボックスのユーザーとみなしていたかを想起させて興味深い。なお、視認性を高めるため、針とインデックスには夜光塗料が施された。(左)E855の大きな特徴がベゼルを持たないケースである。あくまで推測だが、ジャガー・ルクルトは可能な限りケースの気密性を高めたかったのだろう。1950年代としては非常に珍しい試みだった。

メモボックス・オートマティック

ケースサイドの写真。細身のラグは、いかにも50年代風のデザインである。注目したいのは極端に細いケースサイド。ぎりぎりまで絞ったのは、リュウズを操作しやすくするためか。

メモボックス・オートマティック

(右)ふたつの香箱を内蔵したメモボックス用のムーブメントは、輪列レイアウトの自由度が低い。そのため、4番車をセンターに置く輪列を採用した。すべてのメモボックスがセンターセコンドである理由だ。(左)裏蓋のピンを叩いて音を鳴らすメモボックスには、位置がずれるねじ込み式の裏蓋を載せられなかった。対してE855は、ピンを内蔵した裏蓋を所定の位置に固定し、外周のリングをねじ込むことで防水性を確保した。


MASTER CONTROL MEMOVOX
サファイアケースバックの最新サウンドメーカー

マスター・コントロール・メモボックス

マスター・コントロール・メモボックス
2020年初出。澄んだ音色と薄いケースを持つメモボックスの完成形である。ケースが薄くなったため装着感は大きく改善された。自動巻き(Cal.956AA)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SS(直径40mm、厚さ12.39mm)。5気圧防水。146万800円(税込み)。

 ジャガー・ルクルトは、1970年に革新的なキャリバー916を完成させた後、長らくメモボックスを放置していた。しかし、94年には改良版であるキャリバー918を発表し、アラームウォッチの全面的なテコ入れを図った。大きな違いはアラームだった。ケースバックに固定されたピンではなく、リピーターのようなゴングを叩くことで、アラームが澄んだ音を持つようになったのである。メモボックスの個性とも言える「スクールベル」は、このムーブメントと、手巻き版であるキャリバー914(97年)以降の大きな特徴だ。

 ジャガー・ルクルトは、2008年に918の改良版であるキャリバー956をリリースした。その基本設計は918に準じるが、自動巻き機構を、爪で巻き上げるマジッククリックに変更することで、デスクワークでも十分に巻き上がるようになった。

 また、このムーブメントは緩急調整装置が緩急針からフリースプラングテンプに変更された。ヒゲ棒がないため、ショックに強く、またアラームを鳴らしても優れた精度を維持できるフリースプラングテンプは、アラームウォッチには理想的な機構だった。

 アラームムーブメントとしてはほぼ理想形といえる、キャリバー956。しかし、弱点がなかったわけではない。ケースの裏側にあるゴングを叩いて音を鳴らすため、ケースはお世辞にも薄いとは言えなかった。またシースルーバックも採用できなかったのである。

 そういった弱点を解決したのが、20年のキャリバー956AAだ。裏蓋に固定されていたゴングをケースサイドに移すことで問題を完全にクリアしたのである。このムーブメントを搭載したのが「マスター・コントロール・メモボックス」だ。良質な外装と優れたアラームムーブメントの組み合わせは、歴代メモボックスのベストと言って過言ではない。

マスター・コントロール・メモボックス

(右)リニューアルされたマスター・コントロールに同じく、新生メモボックスは1940年代から50年代に作られたモデルをモチーフにしている。注目すべきは、往年のメモボックスを思わせる、極端に小さなブランドロゴ。文字盤の筋目仕上げも控えめだ。(左)2010年ごろにディテールの悪化したマスター・コントロールだが、新作では旧に復した。額縁状に成形された日付窓には、飾りとしてさらに枠が埋め込まれている。自動巻きモデルらしくリュウズは小さめ。しかし、ケース側を斜めにカットすることで、爪をかけやすくしている。リュウズの形状も、かつては円錐状だったが、頭の丸い、古典的な形に改められた。

マスター・コントロール・メモボックス

ケースサイド。均一な筋目が示す通り、仕上がりはかなり良くなった。

マスター・コントロール・メモボックス

(右)写真を見れば分かるように、文字盤はわずかにボンベ状に成形されている。さすがにジャガー・ルクルトらしく、文字盤とケースのかみ合わせは精密だ。表示ディスクにある三角形のポインターも、プリントではなく別部品を埋め込んだアプライドである。(左)一番大きな変化が、裏蓋側からの眺めである。Cal.956AAではケースバックに固定されていたリングをムーブメント側面に移すことで、シースルーバックを採用できるようになった。また、ムーブメントの厚みはほぼ同じながら、ケースも明らかに薄くなった。



Contact info: ジャガー・ルクルト Tel.0120-79-1833


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