今でこそ当たり前になった永久カレンダーというメカニズム。その復興は1970年代に始まるが、85年のIWC「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」がなければ、今のような形では広まっていなかったかもしれない。工芸品であった永久カレンダーを、使えるものに進化させる。クルト・クラウスが目指したユニークな設計思想は、初出から30年以上たった今なお、際立った価値を持ち続けている。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年5月号掲載記事]
PORTUGIESER PERPETUAL CALENDAR
ふたつの月相を表示する52000系パーペチュアル
2006年に発表されたモデルの最新版。時計全体の立体感は増した一方で、時計の装着感も改善された。またムーブメントには最新の52000系を搭載する。自動巻き(Cal.52615)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KRG(直径44.2mm、厚さ14.9mm)。3気圧防水。499万4000円(税込み)。
1985年に発売されたIWCの「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」は、永久カレンダーらしからぬ扱いやすさと戦略的な価格で、たちまち大ヒット作となった。このモデルは以降も熟成を重ねたが、さすがに基本設計の古さは隠せなくなっていた。それを置き換えたのが、2006年の「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー」である。ベースムーブメントを、それまでのETAベースから自社製の自動巻きに置き換えることで、性能は大きく改善された。
最も大きなメリットは、約7日間という長いパワーリザーブである。これにより、時計の止まりにより、カレンダーを調整する必要がほぼなくなった。また長いパワーリザーブは、ムーブメントに高い等時性をもたらしたほか、主ゼンマイの強いトルクにより、永久カレンダーを載せても精度が安定するようになった。今までのダ・ヴィンチでは、すべてのカレンダーが切り替わる際にテンプの振り角は大きく落ちたが、ポルトギーゼではほぼ問題なくなったのである。また、ムーブメントの直径が30mmから37.8mmに拡大された結果、レイアウトの自由度がいっそう高まった。IWCの永久カレンダーはいっそう熟成されたと言ってよい。
そういったメリットを最大限に生かしたのが、北半球と南半球の月齢表示を持つ、新しいポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダーだ。2015年に発表されたこの永久カレンダーモジュールの基本設計は従来にほぼそのままだ。加えてベースムーブメントを、新しい52000系に変更することで、いっそう「使える」モデルとなった。高い振動数とダブルバレルにより、実使用時の精度が高まったのである。複雑時計らしからぬ実用性を誇るIWCの永久カレンダー。次に紹介するモデルでは、それがいっそう明確だ。
BIG PILOT’S WATCH PERPETRUAL CALENDAR
頑強なSSケースを備えた52000系パーペチュアル
52000系を搭載した永久カレンダーをパイロットウォッチに加えた試み。スポーツウォッチに搭載できるのは、ムーブメントの耐衝撃性が強化されたため。自動巻き(Cal.52615)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。SS(直径46.2mm、厚さ15.4mm)。6気圧防水。365万2000円(税込み)。
永久カレンダーは普段使いに向かないという常識を覆したのが、1998年のIWC「GST パーペチュアル・カレンダー」である。日付リングの動きだけですべての永久カレンダーを駆動するIWCの永久カレンダーは、理論上は高い耐衝撃性を備えていた。当時、IWCで設計責任者を務めていたクルト・クラウスは、GSTに永久カレンダーを加えるにあたって、さらにその性能を改善した、と説明する。「スキーをする際に永久カレンダーを着けて、実際スポーツシーンで使えるかを試した」というのは、いかにもIWCらしい。
耐衝撃性を改善した新しい永久カレンダーモジュールは、以降のパーペチュアルのベースとなった。加えて、新しい自社製ムーブメントは、その基礎体力をさらに引き上げた。ショックに強いフリースプラングテンプと、2万8800振動/時という高い振動数は、時計の携帯精度を大きく上げるだけでなく、スポーツウォッチにふさわしい耐衝撃性をもたらしたのである。単に見た目だけでなく、性能に手を加えたわけだ。
そう考えれば、「ビッグ・パイロット・ウォッチ」に永久カレンダーが追加されたのは当然だろう。しかもIWCは、単にムーブメントを転用するだけでなく、スポーツウォッチにふさわしいモディファイを加えた。一例が、極端に太い時分針である。トルクを消費する複雑機構に、太い時分針を載せた例は少ない。永久カレンダーを載せたモデルが、基本的にドレスウォッチに限られる理由だ。しかし、抵抗の小さな永久カレンダーモジュールにトルクの強いベースムーブメントを合わせることで、IWCはその常識を覆したのである。
優れた基礎設計を熟成させてきたIWCの永久カレンダーモジュール。ではいかにして、このユニークなカレンダー機構は生まれたのだろうか?
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