数多くのアイコンを持つロンジンにあって、ひときわ輝く存在がアワーアングルウォッチだ。かのリンドバーグの協力から生まれた本作は、1930年代にはパイロットの必需品となり、80年代以降は、ロンジンのアイコンとなった。時代の要請を受けて変わり続けるアワーアングル。その全容を明らかにする。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
Special Thanks to hiro1491
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
HOUR ANGLE WATCH Ref.989-5215[1987]
大西洋横断飛行60周年を祝うスモールケース
大西洋単独横断飛行60周年の記念モデル。サイズは異なるが、平たいラグなどの要素は初代のRef.3210に酷似している。傑作Cal.L990系を搭載。自動巻き(Cal.L989)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径38mm)。個人蔵。
リンドバーグの大西洋単独横断飛行60周年を記念してリリースされた、いわゆる復刻版のひとつが本作である。搭載ムーブメントは、ロンジンが最後に完成させた自社製自動巻きのキャリバーL989。当時ポピュラーだったETA2892-2ではなく、敢えて自社製ムーブメントを引っ張り出した理由は「ロンジンにとって、アワーアングルウォッチは別格だったため」だ。厚さ2.95mm、ダブルバレルで高精度を追求したL990系は、ロンジンが作り上げた自動巻きムーブメントの完成形だった。
切削ではなくプレス成形が当たり前だった1980年代製のモデルにもかかわらず、サイズを除いてケースはオリジナルをほぼ忠実に再現している。また裏蓋も凝ったハンターバックとなった。仕上げ自体は後年のモデルに及ばないが、時代を考えれば、完成度の高さは驚異的で、クラシカルな印象を強調するためかダイアルには盛り上がったラッカーが採用された。L989の採用や、入念なディテールが示すのは、ロンジンの人々がいかにアワーアングルを愛していたか、である。
後にロンジンの関係者はこう語っている。「ロンジンと他社との大きな違いは、歴史でしょう。私たちはそれを打ち出したい」。言わばロンジン復興の引き金を引いた1987年のアワーアングル復刻版。航空技術の進化で一度は消えたアワーアングルは、ロンジンの栄光を象徴するアイコンとして、再び日の目を見たのである。このモデルを皮切りに、ロンジンは自社の歴史を再発掘し、わずか20年で世界的な時計メーカーとしての地位を取り戻すこととなる。
LINDBERGH HOUR ANGLE WATCH Ref.L2.678.4.11.0
大径ケースへと回帰した現行コレクション
アワーアングルウォッチの現行モデル。直径47.5mmのケースに、屈強なL699.1を搭載する。決して安価ではないが、その完成度は非常に高い。自動巻き(Cal.L699.1)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径47.5mm、厚さ16.3mm)。3気圧防水。76万8900円(税込み)。
ロンジンにとって別格な存在であり続けるアワーアングルウォッチ。その現在形が、直径47.5mmの自動巻きモデルだ。初出は2006年。搭載するムーブメントは、自動巻きのL699.1である。1987年以降のアワーアングルは、一部のモデルをのぞいて、基本的には日付なしの自動巻きを搭載していた。長らく採用していたのは、ETA2892-2またはA2をベースにしたもの。しかし、07年のモデルでは、2005年に発表されたETAヴァルグランジュA07がベースに選ばれた。これはバルジュー7750の地板とローターを拡大し、クロノグラフ機構を省いたもので、手巻きのユニタス6497/6498を自動巻きに置き換える野心的なムーブメントだった。
ロンジンはA07をモディファイし、L699系として採用。直径36.6mmというサイズは結果として、アワーアングルの意匠をオリジナルと同じ47.5mmサイズに回帰させた。
最新版のアワーアングルウォッチが示すのは、この数十年でスイスを代表するメーカーに返り咲いたロンジンの「今」だ。本作の初出は2006年だが、ケースの面は年々フラットになり、リュウズのガタも抑制された。またエナメル風のラッカー文字盤にも、表面の歪みは全くない。ロンジンの復刻モデルはいずれも良質だが、フラッグシップであるアワーアングルは、さらにもう一段上なのである。つまり、現代のロンジンの力量を、端的に示すのが本作と言えるだろう。
現在ではそのままの復刻モデルではなく、アーカイブから進化させたニューモデルに注力するロンジン。しかし、アワーアングルはこれからも、過去を受け継ぐヘリテージとしてラインナップに残り続けるに違いない。ロンジンの栄光を、これほど端的に示すモデルは他に存在しないのではないか。本作が「単なる復刻版」に留まらない点にも合点がいくのだ。
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