ムーンフェイズの基本となる月の見え方
月の周期が暦の起源となっていることから、ムーンフェイズは、カレンダー表示と組み合わせて搭載されることが多い。このモデルの場合、日付と曜日にムーンフェイズを組み合わせ、さらに第2時間帯表示を加えている。自動巻き。SS(直径40.5mm)。
ムーンフェイズの基本となる月の見え方は、月と地球、太陽の位置関係に依存する。実際に月が地球を回る公転周期は平均約27.32日なのだが、月が地球を回る間に地球も太陽の周りを回っているので朔望、つまり新月から新月(満月から満月)の一巡は平均約29.53日となる。これは時間にすると、29日と12時間44分2.8秒だ(29.530589日で計算)。しかもこの数字は周期的に変動があり、約29.3日〜約29.8日で変化するというから結構厄介だ(国立天文台トピックス参照)。
これほど細かく不安定な周期に対応する歯車機構を作るのは非常に難しい。そこでまず前提として、古典的なムーンフェイズでは、朔望の周期を便宜的に29.5日と設定することから始めた。ただし、端数を切り捨てて29.5日と定めても、半端な0.5日をうまく処理しなくてはならない。回転する歯車の歯数は整数でないと具合が悪いからだ。そこで考え出されたのが29.5を2倍した59歯をもつムーンディスクである。つまり59日で1周するこのディスクを1日に1歯進めて回転させると、ちょうど半周したところで29.5日になり、1周を1周期にしなくても、半周で1周期にできる。これは妙案だ。
ムーンディスクの半周が1周期ならば、ディスク上に満月のモチーフを2個、180度向かい合って配置すれば、半回転したところで次の月に途切れなくバトンタッチができる。あとはダイアルに半円の窓を設け、この満月のモチーフに欠けて見える部分を作り出す半円の覆いを加えれば完成だ。この設計では、月齢ゼロ、すなわち満月のモチーフが全面的に覆い隠される新月から始まって、ムーンディスクが時計回りに90度回転した月齢15日付近で満月になり、さらに180度回転した月齢29.5日をもって再び新月へと帰るため、まことに都合がよい。
国産時計ブランド、オリエントスター初の機械式ムーンフェイズ搭載モデル(2017年)。6時位置のムーンフェイズは、29.5日を1周期とするクラシカルなタイプで、その周囲に指針式の日付表示を組み合わせる。自動巻き。SS(直径41mm)。
ETA7751ベースのロンジン仕様Cal.L687を搭載。3カウンター・クロノグラフに日付、曜日、月表示を備えたコンプリートカレンダー、29.5日周期のムーンフェイズ表示を融合し、クラシカルなスタイルを踏襲する現行モデル。自動巻き。SS(直径40mm)。
しかし、かつてのブレゲでも採用されていたこのシンプルで巧妙なムーンフェイズには、表示精度の点で少々物足りなさが残る。現代不世出の時計師ジョージ・ダニエルズは、切り捨てた約44分の端数によって表示が実際より速く進んでいることに着目し、ムーンフェイズを「実用機能というよりは装飾的なものと考えるのが妥当だろう」(『The Art of Breguet』)と著書の中で述べている。
この約44分の差が累積するとどうなるかというと、約3年で1日に相当する表示誤差が生じる。ムーンディスクのずれは、180度を29.5で割ると約6.1度。目視で判別できるといえばできそうなレベルだ。例えば新月の日に覆いの縁から月の一部が微妙にはみ出して見える感じだ。この誤差は、日数なら約1000日で1日進んでいる計算になる。これを大きいとみるか、小さいとみるか。技術者としては大きく、ユーザーにとってはさほどでもないかもしれない。
実際に腕時計に搭載されたムーンフェイズに特別な実用機能を求め、有効に利用する人はごくまれではないだろうか。筆者が何本か所有するカレンダーウォッチに付属するムーンフェイズ機構は、上記のような古典的なスタイルのものだが、使う際に天文暦などを参照して月を正しい相に調整するのは、当日が新月でもない限りかなり面倒であるし、また使っていて、あのムーンフェイズ窓に現れる小さな月の表示誤差に気付くこともまずない。正しく調整することもなくなり、着ける日だけ満月を表示させて楽しむこともよくある。結局、ダニエルズではないが、ダイアルを彩る装飾として捉えるのがふさわしいと思うようになった。
宇宙へのロマン、ダイアルの飾り、あるいは天文複雑機構などなど、ムーンフェイズにはそのいずれもが当てはまり、まさしく多様な相が存在する。次回は、機械式の復活によって目覚ましく技術が向上した高精度ムーンフェイズに焦点を当て、さらに話を進めることにしよう。