古典的でスタンダードなムーンフェイズ機構のおさらい
18世紀の懐中時計から現在の腕時計にまで搭載されている、古典的でスタンダードなムーンフェイズ機構について概要を紹介した。その基本的な仕組みをおさらいすると以下のようになる。
・朔望月の周期=29.5日(29日12時間)と設定
・ムーンフェイズの回転ディスクの歯数=59
・ディスク回転周期=59日で1周。半周で29.5日を表現
古典的な機構で大前提となる朔望月の周期では、実際の平均値の29.5日44分2.8秒の44分2.8秒が切り捨てられている。カレンダー機構と同じように1日で1歯進める設計上、そのような簡易な近似値を用いてムーンフェイズの歯車機構を工夫せざるを得なかったわけだが、この44分以下の端数も累積するとばかにならない誤差を生む。
仮に厳密な精度を求める時計愛好家が、天文暦を参照してムーンフェイズの表示を正確に調整して使い始めたとしても、表示誤差は1年たつと約9時間、2年で約18時間、満3年で約27時間に達するのだから、手前の2年8か月を過ぎるあたりですでに1日の進みに相当する誤差が生じている。この時点で表示を手作業で修正する場合、1日先に送るならともかく、進みすぎた1日を戻すのは面倒だ。実際のユーザーとしては、どこか新月か満月のタイミングで時々リセットすれば良さそうな気がする。
高精度ムーンフェイズ機構
ダイアルの下半分を占める「アストロノミカル・ムーンフェイズ」は、大きなムーンディスクの周囲に135歯が備わり、122年と46日に一度しか修正を必要としない、つまり1日分の表示誤差しか生じない高精度。彫金で仕上げたホワイトゴールド製の月もリアルだ。自動巻き(Cal.2660QL3)。30石。2万8800振動/時。SS(直径43mm)。166万円(税別)。㉄ジャケ・ドロー ブティック銀座☎03-6254-7288
さてここからが本題になるが、最近のムーンフェイズ機構は格段に精巧になり、高い技術力を誇る時計メーカーにおいては、約3年の40倍に相当する約122年で1日の誤差がもはや新たなスタンダードになってきた。これらは天文学的精度にかけて「アストロノミカルムーンフェイズ」と呼んだり、永久カレンダーとの組み合わせも多いことから「パーペチュアルムーンフェイズ」と呼ぶこともある。
表示誤差を約122年で1日に抑えるムーンフェイズ機構は、次のような仕組みで成り立っている。まず、ふたつの月を載せたムーンフェイズの回転ディスクの歯数を59から135に増やしてより細かく動かす。機構への動力は、時刻を表示する歯車から原則中間車を経てムーンフェイズへと伝わり、複数の減速中間車が介在する分だけ構造は複雑になるが、135歯だと朔望月の1周期で生じる表示誤差がおよそ57.2秒になり、ディスクの半回転がちょうど29日と12時間45分に相当するから都合が良い。実際の朔望周期に近づけば近づくほど、それに比例して表示精度が向上するのは当然だ。
このような高精度ムーンフェイズは、時計が休みなく動き続けるとした場合、次に1日分の表示誤差を修正する日は、最初の設定をして使い始めてから122年と半分を過ぎたころ。一個人の一生を超えて太陰暦を表示するこの精密な機構は、考え方としては永久カレンダーに近いものがあり、永久カレンダー・ムーンフェイズという組み合わせ例も多い。実際にその元祖と呼べるものが、1985年にIWCが発表した永久カレンダー・クロノグラフの傑作「ダ・ヴィンチ・パーペチュアルカレンダー」だ。この複雑時計に搭載されて注目を浴びたのが、まさに135歯ディスクを使い122年で誤差1日の「永久ムーンフェイズ」だった。
ETAのCal.7750をベースにして設計され、1985年に初めて発表されたこの永久カレンダー・クロノグラフは、表示誤差が122年で1日という“永久ムーンフェイズ”の先駆け。その精巧な歯車機構がムーンフェイズの高精度化への道を切り開いた。自動巻き(Cal.79261)。39石。2万8800振動/時。18KYG(直径39mm)。生産終了。
(右)IWC「ダ・ヴィンチ・パーペチュアルカレンダー・クロノグラフ」
2017年にラウンド型ケースに回帰して発表された新しい現行モデルでは、永久ムーンフェイズも格段に進化。その表示誤差は、122年で1日を大幅に上回る577.5年に1日という超高精度。自動巻きCal.89630は、自社製クロノグラフ・ムーブメントCal.89000がベースだ。51石。2万8800振動/時。18KRG(直径43mm)。454万円(税別)。㉄IWC➿0120-05-1868