2020年9月8日、リシャール・ミルは、初の自社製クロノグラフムーブメントを搭載した「RM 72-01 オートマティック フライバッククロノグラフ」をリリースした。搭載するムーブメントは、自社製というだけでなく、リシャール・ミルらしい際立って合目的なものである。
極端に大きなインダイアルが特徴
長らくリシャール・ミルは、トゥールビヨンを搭載したクロノグラフ以外には、ヴォーシェ マニュファクチュール フルリエ(以下ヴォーシェ)製のエボーシュに、デュボア・デプラ社製のモジュールを加えたものを採用していた。これは信頼性が高く、クロノグラフを作動させてもテンプの振り角が落ちにくい上、フリースプラングテンプを持つ最新版は、衝撃にも強かった。しかし、リシャール・ミルらしいユニークさにはいささか乏しかった。同社もそれを理解していたのか、2020年の秋には新しいクロノグラフをリリースすると述べていた。
リシャール・ミル初の自社製自動巻きクロノグラフ搭載機。大きなインダイアル(60分積算計および24時間積算計!)が示す通り、視認性を極端に高めた設計を持つ。また、60分積算計と香箱の間にクラッチを挟むことで、クロノグラフを使わない際の精度も悪化しにくい。自動巻き(Cal.CRMC1)。18KRGまたはTiケース(縦47.34×横38.40mm、厚さ11.68 mm)。30m防水。Tiは予価2050万円(税別)、18KRGは予価2600万円(税別)。
関係者たちは、ヴォーシェが新しく開発した自動巻きクロノグラフをベースに選ぶと予想していた。しかし、予想を裏切り、リシャール・ミルがリリースしたのは完全な自社製クロノグラフムーブメントのCal.CRMC1であった。加えて、このムーブメントは他にはない個性を備えていた。それが、極端に大きなふたつのインダイアルと、ユニークなダブルスイングピニオン(振動ピニオン)式のクラッチである。
Cal.CRMC1
極めて大きなふたつのインダイアルを持つクロノグラフムーブメント。あえて水平クラッチのスイングピニオン(振動ピニオン)を採用した結果、よりフライバックに適した構成になったほか、ムーブメントの薄型化にも成功した。自動巻き(ムーブメントサイズ縦31.25×横29.10 mm、厚さ6.05 mm)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。フリースプラングテンプ、60分および24時間積算計、フライバック機能付き。
類を見ないダブルスイングピニオン
Cal.CRMC1の開発に際して、リシャール・ミルは今風の垂直クラッチではなく、古典的な水平クラッチを採用した。しかも、選んだのはETA7750やIWCのCal.89000系に同じ、コンパクトなスイングピニオンである。これはクロノグラフの針飛びが起きやすい半面、クラッチを小さくできるため、ムーブメントを薄くできる。事実、Cal.CRMC1の厚みは、6.05mmしかない。また、クラッチの重さを減らせるため、クロノグラフを止めずにリセットできるフライバック機構にも適している。事実、スイングピニオンを持つIWCのCal.89000系は、フライバック専用機といってよい構成を持つ。フライバックを好むリシャール・ミルが、スイングピニオンを採用したのは当然かもしれない。
加えてリシャール・ミルは、コンパクトなスイングピニオンの特徴を生かして、60分積算計にもスイングピニオンを用いたクラッチを採用したのである。普通のクロノグラフは、30分ないし60分積算計の動力を、1分間に1回転する秒クロノグラフ車から取る。対してCal.CRMC1は、60分積算計の動力を香箱から直接取る。こういった場合、普通は両者の連結をカットするクラッチを入れない。理由は、クラッチを収めるスペースがないからだ。しかし、コンパクトなスイングピニオンを選ぶことで、Cal.CRMC1は60分積算計にもきちんとしたクラッチを設けられるようになった。クロノグラフを動かしていないときは完全に動力をカットできるため、精度が落ちにくい。見れば納得のメカニズムだが、まさかスイングピニオンを分積算計のクラッチに使うとは思っても見なかった。
なお、24時間積算計の動力源も、やはり60分積算計に同じく香箱である。ただし、こちらは回転数が少なく、ムーブメントへの負荷が少ないためか、おそらくは香箱と24時間積算計の間にクラッチは入れていない。
類を見ない60分積算計と24時間積算計
リシャール・ミルが完全な自社製クロノグラフを作ろうと思った理由は、おそらく、他にはない積算表示をしたかったためだろう。多くのクロノグラフが持つのは、30分積算計と12時間積算計。対してRM 72-01 オートマティック フライバッククロノグラフは、60分積算計と24時間積算計を備えている。計測時間を長くして目盛り表示が細かくなると積算計は見づらくなるが、ふたつの積算計の面積を極大化することで視認性を高めている。また、ふたつの積算計を文字盤側の2時位置と5時位置に置くことで、クロノグラフの計測時間も読み取りやすくなった。普通、長時間を表示する積算機構は、メカニズムが複雑になりがちだ。しかし、この60分積算計と24時間積算計は回転速度の遅い香箱から直接動力を取っているため、積算計を動かすための中間車をあまり増やす必要がない。非常によく考えられたメカニズムと言えるだろう。
リシャール・ミルらしい、合目的なクロノグラフ
初の自社製クロノグラフの開発に際して、リシャール・ミルは非常に合目的なアプローチを取った。つまりは、できるだけ見やすく、使いやすいクロノグラフということだ。ダブルスイングピニオンというアプローチには正直驚かされたが、積算計を含むクロノグラフ機構をコンパクトにまとめ、かつクロノグラフを使わない際の精度を落とさないようにするなら、これ以外のアプローチはなかっただろう。目的が明確という点で、これは極めてリシャール・ミルらしい、そしてリシャール・ミル以外には作り得ないクロノグラフ、と言えるだろう。
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