4番車にクラッチをつなぐとクロノグラフになる
しかしゼンマイを動力源とする機械式時計では、クロノグラフ用にもうひとつゼンマイを加えるのは非常に難しい。というのも、ゼンマイをふたつ載せるためにそれぞれのサイズを小さくすると、ゼンマイひとつひとつの力が弱くなり、結果、長い針を動かせなくなるうえ、駆動時間も短くなってしまうからだ。そのため今なお、ほとんどの機械式クロノグラフはベースムーブメントの上に、ストップウォッチを重ねる設計を持っている。動力源は時・分針を動かす主ゼンマイで、その力の一部を取ってストップウォッチを動かすわけだ。クルマに例えると、普段は2輪で走っているが、悪路を走る場合は4輪に切り替える“パートタイム4輪駆動”のようなものだろうか。
その際、鍵を握るのは普通の時計とストップウォッチを連結・解除するクラッチである。ストップウォッチを使わない場合は連結を切り、使う場合はストップウォッチをつなぐ。ではどこにクラッチをつなぐのかというと、1分間に1回転する4番車という部品に対してだ。この4番車にクラッチをつなぐと、クロノグラフ針は1分間に1回転し、切り離すとクロノグラフ針は止まる。そして、このクラッチのオン・オフを司るのが、前回紹介したクロノグラフの「心臓部」と言えるカムやコラムホイールである。
かつてポピュラーだった水平クラッチ
1969年以前、機械式クロノグラフのほぼ100%が、水平式のクラッチを採用していた。その仕組みは、自転車のギアチェンジ時の動作に似ており、回転する4番車に横からクラッチを当て、中心にあるクロノグラフ車を回す。クラッチは水平移動をするので、水平式クラッチと言う。そのメリットとデメリットは以下の通り。
●水平クラッチ 〇見た目がクラシカル、比較的耐久性が高い、垂直方向にスペースを取らない ×針飛びを起こしやすい、水平方向にスペースを取る
かつて水平式のクラッチがポピュラーだったのは、垂直クラッチの信頼性が極端に低かったためである。現在は後述する垂直クラッチが一般的になったが、今なお、愛好家が好むようなクロノグラフムーブメントの多くは、水平クラッチを持っている。現行品での搭載例は以下の通り。
・オメガ Cal.1861。手巻き。初出はCal.861の1968年。 ・ゼニス エル・プリメロ。自動巻き。初出1969年。 ・ETA7750。自動巻き。初出1973年。 ・A.ランゲ&ゾーネ Cal.L.951.1。手巻き。初出1999年。 ・IWC Cal.89000系。自動巻き。初出2009年。 ・パテック フィリップ Cal.CH 29-535 PS。手巻き。初出2009年。 ・タグ・ホイヤー Cal.Heuer 01。自動巻き。初出2015年(ベースとなるCal.1887の設計は2010年)。
興味深いことに、現在、水平クラッチを搭載するクロノグラフのほとんどは、自動巻きではなく手巻きである。ではなぜ、自動巻きは水平クラッチを載せないのか。理由は、横方向に動く水平クラッチを選ぶと、自動巻き機構にスペースを捻出できないためだ。そのため、水平クラッチを載せた自動巻きクロノグラフのほぼすべてが、自動巻き機構に工夫を凝らして、省スペース化を図っている。具体的には、コンパクトな自動巻き機構であるマジックレバー(マジッククリック)を載せている場合が多い。