クロノグラフ、垂直クラッチとは何?

2021.03.28
フレデリック・ピゲ 1185
時計史に残る傑作クロノグラフムーブメントが、自動巻きクロノグラフのフレデリック・ピゲの1185である。コンパクトな垂直クラッチと、一体化したリセットハンマーの組み合わせは、後のクロノグラフムーブメントに大きな影響を与えた。設計者はETA7750と同じ、エドモン・キャプト。彼は1969年に発表されたセイコーの6139に触発されて、このムーブメントを完成させた。

自動巻きクロノグラフには欠かせない垂直クラッチ

 長らくポピュラーだった水平クラッチも、1990年代以降はコンパクトな垂直クラッチに置き換わった。そのメリットとデメリットは以下の通りである。

●垂直クラッチ
針飛びを起こしにくい、水平方向にスペースを取らない
×見た目が地味、比較的耐久性が低い、垂直方向にスペースを取る

 大きく言うと、垂直クラッチのメリット・デメリットは、水平クラッチの真逆だ。その中でも最も大きなメリットは、スペースを捻出しやすかった点。クラッチが水平ではなく垂直方向に動くため、自動巻き機構を載せるだけのスペースを確保しやすかったのである。そのため、現在の自動巻きクロノグラフのほとんどは、垂直クラッチを載せている。現行品での搭載例は以下の通り。

・フレデリック・ピゲ Cal.1185。自動巻き。初出1987年。
・ロレックス Ca.4130。自動巻き。初出2000年。
・ジャガー・ルクルト Cal.750。自動巻き。初出2005年。
・セイコー9R8系。自動巻きスプリングドライブ。初出2007年。
・ブライトリング Cal.01。自動巻き。初出2009年。
・タグ・ホイヤー Cal.Heuer 02。自動巻き。初出2017年。

 また垂直クラッチには、針飛びを起こしにくいというメリットもある。横方向からクラッチを当てる水平クラッチの場合、歯の噛み合わせが悪いとスタート時にクロノグラフ針が飛ぶ場合があるが、対してよく調整された垂直クラッチでは、決して針飛びを起こさない。また垂直クラッチの場合、クラッチを押さえるバネの力を弱くすると、クロノグラフを作動させても、あまり精度に影響が出にくいと言われる。ただし、バネを弱くするとクロノグラフの動きが不安定になるので、最近はバネを弱くするメーカーは多くない。

 クロノグラフ用のクラッチとしては理想的な垂直クラッチ。しかし、ふたつ弱点がある。ひとつは垂直方向に厚みが増すこと。そのため、垂直クラッチを載せた自動巻きクロノグラフの多くは、決して薄くない。もうひとつは水平クラッチに比べて耐久性が高くないこと。バネの力だけでクラッチのオン・オフを行うため、長期間使っているとバネがへたる場合がある。その際は、メーカーでクラッチ用のバネを交換する必要がある。

Cal.F385
ブランパンの「フィフティ ファゾムス バチスカーフ フライバック クロノグラフ」と、搭載するCal.F385(ローターは外した状態)。基礎設計はフレデリック・ピゲの1185だが、振動数が2万1600/時から3万6000/時に上がったほか、フライバック機構も加わった。

垂直クラッチの普及が、コラムホイールの動きを引くから押すに変えた

 横方向に動く水平クラッチの場合、クラッチの動きにテコの原理を利かせやすい。そのため、あまり大きな力で動かす必要がない。対して垂直クラッチは、設計上、強い力で動かさないとクラッチのオン・オフがしにくい。したがって各社はクラッチを動かすコラムホイールを、プッシュボタンに近い位置に置き、ボタンを押した力が直接伝わるようにした。結果としてコラムホイールは大きく頑丈になり、それを押さえるバネも強いものになったのである。

見た目なら水平クラッチ、性能なら垂直クラッチ

水平と垂直はどちらが良いのか。これはクロノグラフ愛好家にとっては永遠のテーマだが、一般的にはこう言える。見た目を重視するならケース厚が薄くなる水平クラッチ、性能を重視するなら垂直クラッチである。とりわけ、自動巻きクロノグラフであるならば、垂直クラッチの採用は必須と言えるだろう。よく調整された垂直クラッチ搭載機であれば、クロノグラフを作動させてもかなりの高精度が期待できるはずだ。