ロレックス
最も有名であり、最も売れている腕時計ブランドは、「サブマリーナー」「GMTマスターII」「コスモグラフ デイトナ」「デイトジャスト」、そして「デイデイト」といったモデルで広く知られている。ロレックスは、これらのすべてのモデルを50年以上前に発表し、以来、慎重にデザインを改良している。ドイツのバイヤーはステンレススティール製のモデルを好むが、貴金属やダイヤモンドを使用したハイエンドモデルも、他国では高い人気を誇る。ロレックスはすべてのムーブメントを自社で製造し、常に改良を重ね、基礎研究を行っている。とりわけロレックスがヘアスプリング用に、独自の合金「パラクロム」を開発したことは特筆すべき点だ。
ロレックス/オイスター パーペチュアル ディープシー チャレンジ
最新技術が生む眼福の一本
ロレックス初のチタン製ケース&ブレスレットを持つ「オイスター パーペチュアル ディープシー チャレンジ」は、水深1万1000mまでの防水性能を備える。この記録的な防水性能と、直径50mmの巨大なケースサイズは、日常生活でどのような使い勝手を発揮するのだろうか?
マルクス・クリューガー:写真 Photographs by Marcus Krüger
Edited by Chieko Tsuruoka (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・非常に優れた仕上がり
・秀逸なマニュファクチュールムーブメント
・記録的な防水性能
-point
・入手しづらい
・着用する人を選ぶケースサイズ
ロレックスは、まったく新しいモデルをリリースしたり、これまで使ってこなかった素材を新たに採用したりすることはあまりない。クラシックを大切にすることを好んでおり、そして、この戦略は大いに成功していた。そのため、2022年11月、1万1000mの防水性能を備えた新しい「オイスター パーペチュアル ディープシー チャレンジ」が発表された時は、とても驚かされた。このモデルは、ロレックスにとって斬新な素材であるチタン製ケースを採用しており、さらに直径50mm、厚さ23.3mmというボリュームを備えるためだ。これまでスイス・ジュネーブの拠点で製造されてきたロレックスウォッチでは、考えられないサイズである。
そんなロレックスによって打ち出されたオイスター パーペチュアル ディープシー チャレンジは、「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」「オイスター パーペチュアル シードゥエラー」、そして「オイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー」に続く、現行コレクションの4番目のダイバーズウォッチである。ロレックスのダイバーズウォッチコレクションは、その誕生以来、ケースサイズと防水性能において、現在に至るまで進化を遂げてきた。というのも、1953年に発表されたサブマリーナーは、現行モデルのケースサイズが41mmで、かつ300mまでの防水性を備えており、定価は131万8900円である。そして67年、ヘリウムエスケープバルブを搭載して誕生したシードゥエラーは、現在ケースサイズ43mmで、1220mまでの防水性能を備え、定価は191万1800円である。この1220mという防水性能は2008年まで、ロレックスの〝最大深度〞であった。
2008年に、同ブランドは直径44mmのケースに3900m防水のスペックを実現したシードゥエラー ディープシー、現ロレックス ディープシーを発表した。なお、ロレックス ディープシーは現在、ロレックスのデイト付きウォッチの中ではサイクロップレンズを持たない唯一のモデルであり、定価は204万3800円だ。この高い防水性能にもかかわらず、ケース厚を抑えるために、ロレックスはロレックス ディープシーにリングロック システムを搭載させた。このシステムによってロレックス ディープシーのケース厚は18mmに抑えられている。
洗練されたケース
続いて登場したディープシー チャレンジは、1万1000m防水という、ロレックス ディープシーの約3倍の防水性能を備えている。厚さ9.5mmのサファイアクリスタル製風防、RLXチタン製の裏蓋、そして、これらの間に組み込まれた窒化処理を施したステンレススティール製リングの3つの要素で構成されたリングロック システムが搭載されているのが特徴だ。さらにこのシステムは、グレード5チタン製のハウジングで囲まれている。厳選された素材は、極めて強靭でタフだ。腕時計に圧力がかかっても、変形したり壊れたりしない。この精巧な設計により、従来では難しかった、非常に高い防水性能とケースの小型化を両立しているのだ。
とはいえ、ディープシー チャレンジのケースサイズは一般的ではない。果たしてこの腕時計は、日常的な使用に適しているのだろうか?
ディープシー チャレンジを長期的に使っていくという真の価値を知るために、フリーランスのフォトグラファーであり、長年ロレックスを愛用しているマルクス・クリューガーに、ケースサイズをはじめとした、本作の実用性について尋ねてみた。彼は2023年4月にドイツで本作をいち早く入手したうちのひとりで、以来、ほぼ毎日この腕時計を着用しているからだ。
時計愛好家であり、フリーランスの写真家でもあるマルクス・クリューガーは、本当は時計職人になりたかった。しかし、スイスに3カ月滞在した後、写真家になることを決意したという。彼は1999年からクロノスドイツ版に写真を提供しており、今回、自身も愛用している稀少なディープシー チャレンジを撮影した。
手首回りが17㎝と、ドイツ人男性としてはやや細めのクリューガーにとっても、このテストウォッチはとても着け心地がよい。彼は、ケース厚が5mmほど薄い、通常のロレックス ディープシーよりも本作を好むほどだ。しかし、この優れた装着感は、よく言われるチタン素材の〝温かい〞感触によるものではなく、24mmの幅広のブレスレットが寄与しており、それは優れたプロポーションにもつながっている。本作の重量は250gと決して軽くはないが、それでもチタン素材のおかげで、ステンレススティール製ブレスレットを備えた通常サイズのプロフェッショナルモデルから逸脱していないことは間違いない。なお、通常のロレックス ディープシーは、本作と比べて、わずかに30g軽いのみだ。
しかし、ジャケットの袖がきつすぎてはいけないことも確かだ。もっとも、この条件をクリアしないことには、エクストリームダイバーズウォッチを普段使いで着用することはできない。また、超薄型のドレスウォッチを好む人にとって、ディープシー チャレンジは満足できる腕時計ではないだろう。一方で、視覚的には、本作は実際の数値から想像されるほど厚くない。これは、見た目の印象を左右する裏蓋が大幅にフラットになっているためだ。ベゼルおよび厚みのあるドーム型サファイアクリスタル製風防が、本作に厚みを与えているのだ。
優れた視認性
ドーム型のサファイアクリスタル製風防は内面に反射防止コーティングが施されているため、視認性が良い。
サブマリーナーの光沢あるブラックや、シードゥエラーのマットなブラックと比べると、文字盤は直射日光の下ではやや明るく、マットなダークグレーのように見える。この見え方が、文字盤表面が粗いためなのか、風防が厚いためなのかは、明らかではない。間接照明の下では文字盤はブラックに見え、たっぷり蓄光塗料が塗布された針やインデックスとのコントラストがいっそう強調される。なお、こういった文字盤の見え方の変化を除いて、厚い風防が視認性を損なうことはない。むしろ、文字盤上に、美しい光の戯れを生み出している。
さらに、通常のロレックス ディープシーとは異なり、ディープシー チャレンジには日付表示がない。〝究極のダイバーズウォッチ〞というツールウォッチの要件に適合しており、かつ日付窓を持たないがゆえに文字盤をシンメトリーにする。私たちは日付窓がない方が見栄えが良いと考えている。ただし、実用性を考えるなら、カレンダー機能はあった方が望ましい。
チタン製ケースはステンレススティールよりも黒っぽく見え、従来のロレックスウォッチから期待されるよりも、ツール感が強調されるサテン仕上げとなっている。この仕上げは、ディープシー チャレンジの巨大なケースや、ツールウォッチとしてのコンセプトにマッチしている。一方で、逆回転防止ベゼルの、ポリッシュされたセラクロム製ベゼルインサートのみがラグジュアリーで、ツールウォッチのイメージには合わない。もっとも、ポリッシュによって強調された美しい面取りが、往年のロレックスウォッチをほうふつさせるとともに、本作の上質な外観を支えている。
このダイビングベゼルの操作性は、いつも通り良好だ。クリューガーは、ケース素材が軽量なチタンであるため、ロレックスのベゼルを回転させた時に生じる豊かなクリック音が、いつもよりわずかに明るく聞こえることに気付いた。日付操作の必要がなく、また、これまでのロレックスウォッチに搭載されてきた中で最大径となる9mmのリュウズのおかげであろう(ロレックス ディープシーは8mm、サブマリーナーは7mmのリュウズ径だ)。リュウズのねじ込みを解放すると、とても簡単に時刻合わせができる。
ロレックスウォッチのリュウズには素材を識別する装飾が施されており、新しいチタン素材は、ドット、ダッシュ、ドットの並びのシンボルで表示されている。ヘリウムエスケープバルブは自動的に作動し、プロユースのダイバーズウォッチとしてふさわしい本作は、減圧室での長時間の加圧を伴うような飽和潜水にも適している。
なお、すべてのディープシー チャレンジを、スペック通りの防水性能に加えて、25%のゆとりを持たせて実測するため、ロレックスはフランスの潜水専門会社、COMEX(コメックス)と共同で、水深1万3750m下での圧力を再現できる超高圧タンクを開発した。ロレックスは、なぜ実際に水深1万1000mまで到達できる腕時計を製造しているのだろうか?
ヒントはケースバックのエングレービングにある。1960年と2012年の2度にわたって、ロレックスはプロトタイプを実際の潜水艇の外側に取り付けたうえで、マリアナ海溝の最深部に到達させた。腕時計の可能性を、テストしたのだ。そして新しいディープシー チャレンジは、12年のプロトタイプを洗練させたプロダクト版であり、同時に深海探査のための記録的な装備品でもある。
細部の改良
1986年に初めてサブマリーナーを購入したダイバーズウォッチ愛好家のマルクス・クリューガーは、ロレックスを高く評価している。なぜならロレックスは、ムーブメントを改良していく中で、自動巻きのローターに取り付けられたボールベアリングのボールの数を増やしたり、外装においても、摩耗や破損を減らすため、バックルのクラスプ形状に最小限の変更を加えたりするなど、ディテールの改良に余念がないからだ。今回のテストウォッチの、チタン製ブレスレットのコマ同士を連結させるリンク内部に組み込まれている、セラミックス製インサートが、その姿勢の好例だ。ロレックスはこの技術をプラチナ製モデルに初めて導入し、摩耗を抑え、ブレスレットを長持ちさせるようにした。ロレックスのブレスレットの、コマとコマのクリアランスは非常に狭く、にもかかわらず滑らかに動き、かつケースと同じく、視覚的にシャープなエッジを有しているが、決して不快な手触りではない。
また、ロレックスは、セーフティーキャッチ付きのフォールディングクラスプを、非常に機能的に設計している。細かく、段階的に調整できるロレックス グライドロック エクステンションシステムと、折り畳み式のフリップロックエクステンションリンクの両方を備えているのだ。これらの機能は、腕時計がダイビングスーツの上からでもフィットし、手首サイズに正確に調整できることを意味している。また、旧ロレックスのロゴが入ったクラスプの内側は通常ポリッシュされているが、本作ではプロユースに合わせてマット仕上げになっている点など、隠れたディテールの改良点にもクリューガーは満足していると述べた。
ロレックスの、最新世代の自動巻きムーブメントである自社製キャリバー3230は、RLXチタン製の、完全ねじ込み式裏蓋の内側で作動する。このムーブメントの大きな利点のひとつは、約70時間という実用的なパワーリザーブである。アンクルとガンギ車の形状を最適化することで、作動効率を向上させたクロナジー エスケープメントと、X線を用いた精密めっき技術であるLIGA成形によって精密にスケルトン加工されたパーツがもたらす軽量構造によって、このパワーリザーブを実現しているのだ。さらに、ニッケル・リン合金のおかげで、エスケープメントは磁場の影響を受けにくい。加えて、自動巻きのローターにはプレーンベアリングではなく、抵抗の少ないボールベアリングが採用された。
よく知られたロレックスのムーブメントの利点はまだある。自社製のパラフレックス ショック・アブソーバは、衝撃を受けた際、容易に正常な位置にスライドして戻るよう設計されている。また、片持ちのテンプ受けの代わりに、安定した両持ちのツインブリッジが搭載されている。さらに、フリースプラングテンプに用いられるヘアスプリングに、常磁性のニオブとジルコニウム合金によるブレゲ式のエンドカーブを持ったパラクロム・ヘアスプリングが採用されていることも利点として挙げられる。マイクロステラ・ナットによって、ムーブメントをケースから取り出すことなく精度を微調整することが可能だ。ただし、サンバーストなどの装飾はあるものの、手作業によるエングレービングは期待できない。
ロレックスの常として、スイス公式クロノメーター検定協会(C.O.S.C.)による証明書によってムーブメントの優れた精度が裏付けられている。ロレックス独自の高精度クロノメーターの基準はさらに厳しく、平均日差が±2秒以内に調整されている。クリューガーの手首に装着されたディープシーチャレンジの携帯精度を測ったところ、数週間の間、目立った時間の遅れや進みはなかった。精度安定性は、タイムグラファーで計測できる。それぞれのポジションで計測すると、1日あたりマイナス1秒からプラス2秒の間で表示され、計算された平均日差は、24時間で0秒であった。
価格の話をすると、ディープシー チャレンジの定価は367万4000円であり、204万3800円である3900m防水のロレックス ディープシーと比べると約1.8倍だ。
ディープシー チャレンジは日常生活でも活躍する。しかし、誰にでも似合う腕時計ではない。ユーザーは、特徴的なプロフェッショナルウォッチとして楽しんでほしい。本作はロレックスのダイバーズウォッチの最高峰であり、ロレックスがこれまでに製作した、最高の腕時計なのだから。