チューダー/レンジャー
冒険への憧れ
英国海軍による北グリーンランド遠征探検70周年を迎えた2022年、チューダーは冒険精神を受け継ぐツールウォッチ「レンジャー」を発表した。ケース径39mmという今時なサイズで、現代的なマニュファクチュールムーブメント、Cal.MT5402を搭載。実用的なツールウォッチとしての実力を検証する。
チューダー:写真 Photographs by Tudor
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・モダンなマニュファクチュールムーブメント
・昼夜を問わず優れた視認性
・機能的なクラスプ
・心地よい装着感
・適正な価格
-point
・日付表示がない
・ブレスレットのクイックチェンジシステムがない
レンジャーという言葉を聞いて何を思い浮かべるだろう。テーマパークのアトラクション、テキサス大学のスーパーコンピューター、フォードのピックアップトラックなど、さまざまにイメージするだろう。レンジャーは元を正せば、自然保護官を意味する言葉。中世でもすでに森林保全員や狩猟監視員を意味する言葉として使われていた。レンジャーという職業は、特に北米では社会的評価が高く、ヨーロッパでも良いイメージを持つ人が多いのである。
チューダーの「レンジャー」は大自然と冒険精神に敬意を表し、伝統的な外観と現代の時計製造技術を、手に入れやすい価格で融合することに成功した腕時計だ。今回取り上げるレンジャーは2022年に発表された。英国海軍が1952年から54年にかけて実施した北グリーンランド遠征探検の、70周年記念モデルだ。
もっとも、この探検隊員が携行していたのはレンジャーではなくチューダーの「オイスター プリンス」だった。だが、スイス発祥のブランドであるチューダーは、当時生まれたばかりであったアウトドアウォッチのコンセプト、すなわち、頑丈で実用的、かつリーズナブルな価格というコンセプトを、オイスター プリンスから、後のレンジャーへと引き継いでいく。
レンジャーというモデル名そのものの歴史は、英国海軍北グリーンランド遠征探検よりも昔にさかのぼる。ロレックスおよびチューダーの創業者であるハンス・ウイルスドルフがチューダーというブランド名を登録した3年後の29年に、レンジャーというネーミングを商標登録したのがこのモデルの始まりだ。
当時、レンジャーという名称は特定のモデルに使われていたのではない。コレクションのいくつかの製品において冒険的な要素を示すために使用されていた。大きなアラビックインデックスやユニークなデザインの針など、レンジャー特有の外観は60年代まで現れることはなかったのだ。
過酷な環境でも正確な時を刻む
外観やステータスよりも、レンジャーは常に、過酷な条件下でいかに技術的性能を発揮できるかに焦点が当てられていた。商売道具のチェーンソーと同じように、腕時計にも気に入ったものを持ちたいきこりに、この腕時計は選ばれている。言うまでもないが、森林保全員の腕にあるからといって、ここに搭載されている技術がレンジャーの起源である中世に逆戻りするわけではない。
北グリーンランド遠征探検に同行した30本のオイスター プリンスにはETAをベースとするCal.390が搭載されていたが、新生レンジャーにはマニュファクチュールムーブメント、Cal.MT5402が搭載されている。まるで自然保護官を意味する本来のレンジャーのために作られたかのように、ムーブメントは頑丈さ、耐久性、信頼性、そして精度を重視して設計されている。
ねじ込み式裏蓋に隠れてそのままでは見ることはできないが、この自動巻きムーブメントは安定したブリッジを備えている。大きなフリースプラングテンプも、両側から支えるブリッジの下に水平に格納されている。2万8800振動/時のスペックを持つシリコン製ヒゲゼンマイは、従来の金属製ヒゲゼンマイに比べ、温度や圧力の変化、重力、磁力など、外的な物理的影響を受けにくい。緩急装置は、テンワに取り付けられた4本の調整スクリューで微調整を行うフリースプラングだ。
時刻表示のみ、日付なし
着用テストでの結果は、レンジャーは平均日差がプラス4秒/日だった。途中で巻き直すことなく、24時間経過したときの結果も同様だった。
完全に巻き上げた状態ではわずかにプラス寄りになるが、それでもクロノメーターの基準内には収まっている。チューダーは、腕時計を組み立てた段階で日常使用における精度をマイナス2秒/日からプラス4秒/日の範囲内で調整しており、今回のテストウォッチもそれを十分に証明した。
Cal.MT5402は約70時間のパワーリザーブを備え、金曜の夜に腕時計を外しても、月曜の朝に巻き上げ、時刻合わせをする必要がない。約70年前、北グリーンランド遠征探検隊の隊員がチューダーに宛てた手紙の中で、自動巻きキャリバー390を搭載したオイスター プリンスが「驚くべき精度を維持」し、「一度も手で巻く必要がなかった」と報告した逸話を思い起こさせる。
新作のレンジャーの表示機能は、時、分、秒のみしかない。ここ数十年の間、自動巻き、手巻き、日付表示の有無など、さまざまなレンジャーのモデルがリリースされた。だが、チューダーは今回、日付表示のないシンプルなバージョンを発表した。
また、3時、6時、9時、12時にアラビックインデックスを採用するなど、新作レンジャーは歴史的に確立されたデザインを継承している点も注目に値するだろう。
黄緑色に明るく輝く8つのバーインデックスと針にはスーパールミノバが塗布されている。暗所で視界が悪くても時刻が判読できるのはレンジャーにとって重要な要素だ。
時針はわずかに丸みを帯びた矢印形状で、分針は鉛筆の形を連想させる、レンジャー特有の独特な形状だ。センター秒針の形状は新しくなった。蓄光塗料を塗布した四角形を備え、バーガンディーカラーに着色された先端は文字盤外周の目盛りまで達する。
文字盤上にはヴィンテージな印象を与える要素が多く見受けられる。それに加えて、ドーム型サファイアクリスタル製の風防も、レンジャーのヴィンテージな雰囲気を際立たせるのに一役買っている。
この風防と、最大100mの防水性能を備えた直径39㎜のステンレススティール製ケースは実にマッチしており、一体化したような印象を与える。
ケースにはほとんどの部分にサテン仕上げが施されているが、ケース上のラインを強調するため、固定式ベゼル外側の細い縁などに、部分的にポリッシュ仕上げが施されている。
3時位置には、チューダーのバラの紋章がかたどられた大きなねじ込み式リュウズがあり、ツールウォッチとしての実用的な印象を覚えるだろう。チューブにねじ込まれるリュウズは、ケースから少しはみ出ていることから扱いやすく、ねじ込みを容易に解除し、時刻合わせのポジションにスムーズに引き出すことができる。ねじ込む際にわずかに感じられる弾力も心地よく、ケースにしっかりと固定できる。
ケースはラグに向かってシャープなラインを描く形状だ。そこにケース一体型のステンレススティール製ブレスレットが装着されている。ケースと同様に、ブレスレットにもサテン仕上げが施されている。3連ブレスレットはネジ留め式だ。
3種類のストラップで衣替え
「T - fit」と呼ばれるクイックアジャストクラスプは実用的で安全に留まり、コマを外すことなくブレスレットの長さを最大8㎜まで調節することが可能である。クラスプ内でブレスレットの一方の端を軽く引っ張ったり押したりすると、長さを5段階で変えることができる。
片開き式フォールディングクラスプのもう一方の端にはセーフティキャッチがあり、しっかりとかみ合うことで安全性を確保している。なお、フォールディングクラスプにはチューダー家の紋章に用いられる盾がかたどられている。ケースと同じく316Lステンレススティール製のブレスレットは、ツールウォッチであるレンジャーのスピリットを強く感じさせるものだ。
(右)ジャカード織りのファブリック製ストラップを装着するとクラシカルな雰囲気になる。
(中)レザーとラバーのハイブリッドストラップ。
(左)ステンレススティール製ブレスレットは、ツールウォッチにスポーティーな印象を与える。
赤とベージュのストライプが入った、オリーブグリーンのファブリックストラップは、ジャカード織りで作られており、チューダーのトレードマークともいえるものである。チューダーが2010年から採用しているファブリックストラップは、フランスのサン・テティエンヌにあるジュリアン・フォール社で、ジャカード織機を使用して織られている。高い品質と着け心地の良さは他の追随を許さない。
このほか、布のような質感を持つレザーとゴムで出来たハイブリッドストラップも用意されている。ベージュの糸でステッチが施され、フォールディングクラスプを備える。ただし、ストラップを素早く外すためのクイックチェンジシステムは装備されていない。また、クイックチェンジを可能にするバネ棒も、チューダーからは提供されていないのが残念な点だ。
ステンレススティール製ブレスレットは、レンジャーにスポーティーかつエレガントな印象を与えている。ジャカード織りのファブリックストラップに付け替えると、歴史を感じさせる織り方で製造されているためか、ヴィンテージな雰囲気を楽しめる。また、ハイブリッドストラップは、スポーティーでモダンな装いによく似合う。いずれにしても、シンプルで気取らないレンジャーを着ければ、いつでも洗練された雰囲気を身にまとうことができるのだ。