あの彼がまたも事を成し遂げた。策を巡らせることに定評のあるブライトリングのトップ、ジョージ・カーンは次なるシリーズのデザインコンセプトを “モダンレトロ” として発進させた。そのレシピには「スーパーオーシャン ヘリテージ」や「プレミエ」「クロノマット」と同じ方法が用いられている。自社のヒストリカルモデルに範を取りつつも、すべてを引き写してはいない。誰の目にも明らかな特徴をピックアップし、今に見合った形にしたうえで他の要素と組み合わせ、ビジュアルも着用の仕方も現代的な感覚に合致するように整えていくのだ。その結果、美しい外観の時計が生まれ、今後さまざまなバリエーションが生まれることは想像するに難くない。
カーンはこうした手法で今まで成功を収めてきた経歴がある。ブライトリングといえばパイロットウォッチ、というイメージをさりげなく変えてゆき、今や空に向かうためだけでなく、水辺や街中にもふさわしいライフスタイルアイテムのブランドとして認識させるに至った。ブライトリングには歴史の厚みがあり、自社歴代の名作に関する豊富な逸話をうまく活用できるのも強みだ。新たなモデル群はどれも魅力的でそそられる。
ブライトリングは2017年に投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズが経営母体となり、フランクなブランドイメージとクールなブティックコンセプトをもって発展してきた。これは数字からも理解できる。CVCキャピタル・パートナーズが当初80%取得したブライトリングの株は約8億ユーロで取引されたと言われていた。そして21年の秋にブライトリング株は約30億ユーロと算定され、別の投資ファンドが25%を取得。その価格は優に7.5億ユーロにはなると喧伝されている。
アクを抑えた穏やかな仕立て
ジョージ・カーンは矢継ぎ早にヒット作を打ち立て、ブライトリングの話題性はこのところ急速に高まっている。それでも長い目で見た場合、こうしたやり方で出来た製品がいつまで評価されるのか、疑問に思うことも度々あるだろう。というのも、以前のブライトリングのモデルは明確なメリハリで勢いのある鋭さを押し出していたが、それが新作を発表するごとに弱くなっているからだ。
「ナビタイマー」や「クロノマット」など、コレクションの中でも飛び抜けて特徴がある個性的な基幹モデルは、明らかに万人好みのスタイルに変わった。またスーパーオーシャンは、ケース径51mmで救難信号発信装置の付いた「エマージェンシー」などの特殊モデルと同じように、今やコレクション全体の端の方に存在している状態だ。クロノマットはエッジの立った作りだったが、すでに現行モデルでは回転ベゼルの側面に取り付けられたネジが、セーターの袖口に引っ掛かってほつれさせるようなことはない。今はそんなことがあったことも、もはや誰も頓着しなくなってしまった。
新たなナビタイマーにも変化が見て取れる。カラフルなバリエーションや3針タイプに加え、レディス向けを含む幅広いサイズ展開で、印象は硬派からカジュアルへと方向転換された。これによって、好みに合うものがより見つけやすくなった一方で、黒文字盤に白いサブダイアルというパイロットウォッチのデザインらしい定番感は稀薄になってしまったことは否めない。
カーンがモダンレトロという方向に舵を切ってから、スーパーオーシャンに対しても同じ方法で進められてきた。新たなコレクションもまた、往年のヒストリカルモデルを基盤としているのだ。しかし先に挙げた例は若干当てはまらないところもある。
新作のスーパーオーシャンは単にカジュアル化したというわけではなく、ディテールがヒストリカルモデルとはかなり異なる仕上がりになっているのだ。針について言うと、分針が時針よりも細く、正方形のチップを突き刺したような形状だ。これは特徴的なデザインポイントだと言えよう。だが針自体は先端が尖っていて、正方形の位置も文字盤の中心から離れているので、やや頭でっかちにも見える。そこが気に入るか邪魔に思うか、好みがはっきり二分されてしまうだろう。スーパーオーシャンのヒストリカルモデルに忠実かどうかということ以前に、スポーツウォッチとしてよりふさわしいデザインが他にもあるように思えなくもない。
“スローモーション” に着目
この新作の基盤となっているヒストリカルモデルは、実は歴代のブライトリングモデルの中でもあまりメジャーなタイプではない。1957年初出のスーパーオーシャンではなく、60年代に発売されたクロノグラフで “スローモーション” のペットネームで呼ばれたモデルが基になっているのだ。スローモーションはさまざまなバージョンが作られていたのだが、注目すべきはその針で、今回のニューモデルと同じく正方形を突き刺したような形状を採用していた。新作と違っているのは、スローモーションでは時刻表示用の分針ではなく、センターに配されたクロノグラフ分針に正方形のポインターが使われていた点だ。この目立つクロノグラフ分針は水中でも作動が明確に分かり、回転ベゼルに記された目盛りで経過時間も読み取りやすい。
この腕時計でさらに特徴的なのは、センターにクロノグラフ秒針がなく9時位置のサブダイアルがスモールセコンドとなっていて、その針が永久秒針を担っていることだ。センターに配されたクロノグラフ分針が1周することで文字盤全体が60分積算計の役割をも果たすことが “スローモーション” と名付けられた理由となっている。しかしクロノグラフが作動していても瞬時には積算時間を判断しにくいというのがネックだったため、6時位置にクロノグラフの作動状況を示す印が補佐的に設けられていた。ドットがグリーンの時は作動中、黒地にグリーンの点が付いている時は一時停止中、リセットして作動を止めると黒いドットに戻る仕組みだ。
このアイデアは複雑な構造ゆえに普及には至らなかったが、針の形状や角張った形に整えたインデックスは人目を引くため、ジョージ・カーンと開発チームはそのデザインにインスパイアされ、新作のたたき台として取り入れたのだった。こうして出来上がったのがクロノグラフではなく中3針の新生スーパーオーシャンだ。ベゼルが潜水時などの時間区分に使えるのは引き継がれているが、正方形の付いた目立つ針は分針となり、クロノグラフの作動確認用のドットとサブダイアルは撤去された。
新作のデザインで注目すべき3つのポイントは、この特徴的な針と角張ったインデックス、そして面積を増やした蓄光塗料だ。上面に蓄光塗料が施されたメタル製インデックスは縁が斜面になっていて立体感が際立ち、手本としたヒストリカルモデルと比較して作り込みが明らかに向上している。文字盤とベゼルとの間の仕立て方や、ケース直径36mm、42mm、44mm、46mmのいずれのサイズも同じデザインに統一されているところにも改良が見られる。
従来のスーパーオーシャンと比べてもそう不満のない出来栄えだろう。ダイビングという主題に一層沿った外装となり、それは分針に集約されている。もっともベゼルからは目盛りがかなり間引かれる傾向が続いているのは、潜水時の視認性には良いとは思えない。前作では文字盤の6時、9時、12時位置の3カ所に置かれていたアラビア数字は角形インデックスに姿を変え、ロゴは有翼の錨からヒストリカルモデルで使われていた「B」へ置き換えられた。そして文字盤の6時側には〝スローモーション〞と同じ往年の字体で“SuperOcean”と記されている。防水性は残念ながら下がってしまった。前作では “たったの” 500m防水だったのが(それ以前には1500m防水モデルもあった)、新作では300m防水になっている。もっとも、そのおかげでデザインは若干スリムになり、ケースの厚さは前作の13.3mmから12.56mmに変わった。
プロダイバーによる感想
新たなスーパーオーシャンはケースサイズが4種類あるだけでなく、カラーバリエーションも豊富に展開されている。ダイバーズウォッチはパイロットウォッチよりデザインに楽しさがあると言われるゆえんだ。
今回のテストでは世界限定1000本の42mmの「スーパーオーシャン オートマチック42 ケリー・スレーター リミテッドエディション」を対象とした。ケリー・スレーターはアメリカの著名なプロサーファーで、パメラ・アンダーソンやジゼル・ブンチェン、キャメロン・ディアスなどの女性スターたちと浮き名を流したことでも知られているが、現在はブライトリングの3大カテゴリーのひとつとなったウォータースポーツウォッチの広告塔としても活躍している。スレーターが自身の名を冠したモデルにチョイスした色の組み合わせは、オレンジの文字盤とグリーンのラバーストラップ。分針の形状と同じく、主流から外れた攻めた選択だ。
クロノスドイツ版編集部の中でも、拒否を表明する者からあからさまに惚れ込んだ者まで、反応はさまざまであった。だがこの限定モデルも、外観のチェックだけでなく、ダイバーズウォッチとしての特性も子細に探っていかねばなるまい。そのために2名のプロダイバー、イェンス・ケッペとマックス・ファールに協力を仰ぎ、ドイツ南西部シュヴェービッシェ・アルプ地方にある洞窟での検証を実行。海とは違ってあまり深くには潜れないロケーションだが、操作性や着用性、視認性に関する多くのことが分かったのは大きい。
視認性について、ふたりは終始褒めていた。暗い洞窟内でもオレンジ色の文字盤はよく認識でき、スーパールミノバの発光具合と塗布範囲の大きさも相まって、針、インデックス、ベゼルの見え方は、はっきりしていたそうだ。大きな動きが取りづらい狭い場所では、擦り傷に強いセラミックスがベゼルに使われているのも利点となる。また、潜水用グローブをはめた濡れた指先でもストラップ周りはエクステンション構造のバックルで段階的に最長15mm延長でき、ベゼルも問題なく回すことができたという。だが、ある場面では、留め具が外れてしまう(※)という、あってはならないことが起きてしまった。
※ブライトリングによれば、バックルの構造上、両側のプッシュボタンを押さない限り、バックルが開くことはないという。
クロノメーター基準に沿った精度
陸の上のスーパーオーシャンを歩度測定器にかけてみると、スイス公式クロノメーター(C.O.S.C.)としてのクォリティにかなったものだということが確認できた。スイス公式クロノメーターは5姿勢でチェックされ、日差はマイナス4秒からプラス6秒の間に収まっていることが基準だが、このモデルに搭載されているキャリバー17の精度はその範囲内の数値である。以前はキャリバーETA 2824が使われていたが、現在は構造がほぼ同じセリタのキャリバーSW200に変更されている。
さて、ここまではいいのだが、全面的に賛成とまでは言い難いのが価格設定だ。ステンレススティール製ケースとラバーストラップの前作に比べて防水性が下がり、自社製ムーブメントを使用していないにもかかわらず9万円以上の価格差がある。
総括するとスーパーオーシャンの最新作は、見目よく、凝った作り込みの価値あるダイバーズウォッチということになるだろう。ヒストリカルデザインを現在の解釈で改良し、サイズとカラーバリエーションの幅を広げ、ジョージ・カーンは指針となるモダンレトロというテーマをうまく扱うことに成功した。スーパーオーシャンの選択肢の多さは、男女を問わず気に入るものを見つけやすくするだろう。
スーパーオーシャンはブライトリングを代表する一番の看板商品であったことはなく、現在もそういうポジションにはない。そしてそれは今後も変わらないだろう。今までデザインをどんどん変えてきたことからも、そうした立ち位置であることが分かろうというものだ。むしろそれは強みで、数年後にどのような姿になるのか楽しみだ。ひょっとしたら、ジョージ・カーンはアーカイブから思いもよらぬヒストリカルモデルを取り上げて手本とし、まったく違う顔のスーパーオーシャンが姿を現すのかもしれない。