2024年の腕時計のトレンドは「色」「薄さ」そして「装着感」

2024.07.19

昨年に引き続いて、物堅い新作が目立つ2024年。地味という声もあるが、外装の質は以前に比べてさらに向上した。その変化を促したのは、踊り場を迎えたいわゆる“ラグスポ”ブームと、コロナ禍が引き金となった金余りの終わりがもたらす景気の減退だ。そこで2024年のトレンドと“その先”の展望を考察する。

三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(クロノス日本版):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos Japan)


市場の大きな変化と景気の減退がもたらした2024年のトレンド

ノモス グラスヒュッテ「タンジェント 38 デイト 31colors」

スイス・ジュネーブで2024年4月9日より1週間開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(W&WG)2024」においても、カラフルなダイアルや手の込んだ仕上げの文字盤を持つ新作が目立った。今年からW&WGに出展したノモス グラスヒュッテは「31日を日替わりで楽しむことができる31の個性を表現するモデル」というコンセプトで「タンジェント 38 デイト 31colors」を発表した。31のマルチカラーダイアルを持つ31モデルの新作を実機とともに、巨大なディスプレイでプレゼンテーションすることで華やかさが際立ち、大きな注目を集めた。

 いわゆる“ラグスポ”ブームが落ち着いた2023年は、薄さと色が大きなトレンドだった。今まで日の目を見なかったドレスウォッチが注目を集めただけでなく、ブレスレットの付いた腕時計も、明らかに薄さを志向するようになった。続く24年も、基本的にはこの流れにある。各社の新作で目立つのは、カラフルなドレスウォッチと薄いケースを持つラグジュアリースポーツウォッチ、そして装着感を向上させたスポーツウォッチと言ってよさそうだ。

 15年に始まったラグジュアリースポーツウォッチのブームと、その後のコロナ禍は、時計市場の在り方を質的にも、量的にも大きく変えた。今までにない層が時計に目を向けるようになっただけでなく、時計の資産価値が問われるようになったのである。しかし、このふたつが落ち着き、加えて景気が減退しつつある現在、トレンドは徐々に変わりつつある。時計が装身具と見なされるのは今までに同じ。しかし、より物堅い方向性に向かうようになったのである。かつて各社は、こういった状況に対して、過去のアーカイブからの復刻版を投入することで対処した。しかし、あまりにも多くのリバイバルが目立った結果、消費者たちは明らかに、このトレンドから距離を置きつつある。仮に復刻版があったとしても、注目を集めるのは1960年代後半から70年代以降の、一昔前では時代遅れとされたスタイルだ。

 むしろ新作で目立つのは、派手なデザインではなく、既存モデルの色違いである。これは時計業界の定石だが、文字盤表現の幅が広がったこの数年で、いっそう広く見られるようになった。文字盤をてこ入れして消費者の関心を集めるという手法が、本年ほど目立った年はないのではないか。かつてはシルバーやブルー、ブラックなどしか使わなかったヴァシュロン・コンスタンタンやカルティエなどが、鮮やかな色の文字盤を使うようになったのが好例だ。また、H.モーザーが先駆けとなったグラデーション文字盤も、今やエントリークラスで広く見られるようになった。そして、数年前までは一部のメーカーしか採用できなかったグリーン文字盤も、今や定番の色として、各社のレギュラーラインを飾るようになった。

グランドセイコーの文字盤

グランドセイコーのブースでは、人気の通称「白樺モデル」や昨年の「テンタグラフ」など、審美性と独創性を両立した、いかにもグランドセイコーらしい個性あふれる文字盤が展示されていた。

 そして昨年に引き続いて、各社は薄さを志向しつつある。変化の理由は大きくふたつ。スマートウォッチやシンプルなクォーツウォッチで育った若い世代は、総じて大きくて重い腕時計を避ける傾向にある。こういった世代を取り込みたいメーカーは、必然的に、新しいモデルのケースを薄くせざるを得ない。加えて、長らく時計ブームを牽引してきた団塊ジュニア、あるいはベビーブーマージュニアたちも、そろそろ大きくて重い腕時計を避ける年齢になりつつある。結果として、ハイエンドのメーカーも、大きくて重いコンプリケーションよりも、薄くてシンプルな腕時計に目を向けるようになった。それを証明するかのように、各社の新作で目立つのは、チタンを筆頭とした軽い素材である。一昔前、こういった素材は目新しさのために採用されていた。しかし近年は、装着感の改善といった、実用的な理由が強調されるようになったのである。

 こういった変化は、トレンドとは無縁のスポーツウォッチも例外ではない。かつては、タフであることがその大きな条件だったが、今やこのジャンルの腕時計でさえも、色や装着感という要素は無視できなくなりつつある。鮮やかな色の文字盤や、腕時計の重さに合ったブレスレット、そしてラバーストラップなどの普及は、こういった変化を反映したもの、と言えるだろう。チタンを筆頭とする軽い素材の採用は言うまでもない。

 現時点で言える2024年の大きなトレンドは、そのほとんどが外装に関係するものだ。つまり一昔前とは異なり、外装が腕時計で最も重要なポイントとなったと言えるだろう。もちろん、これは良い変化である。価格は上がったが、最新の腕時計たちはいずれも、かつて望むべくもなかった仕上げを持つようになったのだから。そして、こういった傾向は、25年以降も継続するに違いない。

広田雅将

時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集長 広田雅将
サラリーマンを経て、2004年より時計ジャーナリストとして活動を開始。国内外の時計専門誌やライフスタイル誌などに寄稿する一方、時計ブランドやラグジュアリーブランド、販売店でのセミナーやイベントの講師、ラジオ番組「BEST ISHIDA presents クロノス日本版 Tick Tock Talk♪」(毎週土曜深夜25:00-25:30 @TOKYO FM)のパーソナリティーも務める。スイスやドイツ、フランスなど、ヨーロッパを拠点とする各社のCEOや研究開発・企画担当者など、時計業界関係者を数多取材。2016年より現職。


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