2025年、曲がり角を迎える時計業界のトレンドは?

2024.12.17

この10年で、時計の質は劇的に向上した。自社製ムーブメントの普及、ブレスレットをはじめとする外装の大幅な進歩、そして、カラフルな文字盤の出現。これらをもたらした前提が、いわゆる“時計バブル” だったと言って、否定する関係者は少ないだろう。しかし、2024年に時計業界を取り巻く環境は急速に悪化した。ではそれを踏まえて、時計の在り方はどう変わっていくのだろうか?

三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(クロノス日本版):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Y ukiya Suzuki (Chronos Japan)


2025年、曲がり角を迎える時計業界のトレンドは?

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2024

2024年4月9日~15日に開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2024」。バーゼルワールドなき今となっては、世界最大の時計の見本市は、このウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブに集約された。時計業界の大きなトレンドは、ここから発信されると言っても過言ではない。

 2024年の時計見本市で、ある関係者はこう語った。「実は大作も用意してある。しかし、景気の悪化を見越して発表しなかった。仮に景気が改善されるなら、下半期にリリースする予定だ」。

 彼の(というよりも彼の所属するグループの)予想通り、時計業界を取り巻く環境は急速に悪化した。スイス時計協会FHが発表したデータによると、24 年9月は「夏の間、一時的な回復を見せたスイス時計の輸出は、9月に大幅に減少した。9月の減少率は今年最も顕著なもので、総額は21億スイスフランであった。中国と香港の減少が著しく、減少分の3分の2を占めた」とある。

 アジアの落ち込みは、前年同月比でマイナス22.6%。香港(マイナス34.6%)、中国(マイナス49.7%)、シンガポール(マイナス13.9%)といったメインマーケットだけでなく、韓国(マイナス19.8%)、台湾(マイナス29.8%)、タイ(マイナス34.6%)も大きく下落した。この傾向は10月も同様で、中国はマイナス38.8%、香港はマイナス14.8%の減少となった(いずれも前年同月比)。スイスの時計輸出の半分を占めるアジアの停滞は、時計業界に大きな影を落としていると言える。

 24年に見られたトレンドは、脱ラグジュアリースポーツウォッチと、ドレスウォッチのリバイバルだった。より正確に言うと、いわゆる〝ラグスポ〟に振れたトレンドが、少し揺り戻しを迎えたと言えるだろう。一時期、3000スイスフラン以上の腕時計の7割が、ステンレススティール素材でブレスレット一体型の腕時計になったと言われるほどだから、それに飽きた消費者たちが、クラシカルな腕時計に目を向けたのは当然に思える。

2001年からシリコンパーツをフリークの脱進機に採用するユリス・ナルダン。ユリス・ナルダンは、パテック フィリップ、ロレックス、スウォッチ グループとともに、シリコン素材を時計のパーツに採用した先駆者であり、シリコン素材の使用に関する特許は25年までこれらの会社が独占する。

 こういった流れは、25年も一層加速するだろう。理由は3つある。まずは冒頭で挙げた景気の悪化。こういう環境下で注目を集めるのは、保守的な定番になる。昨年までならば、資産価値のある時計も注目を集めたが、中古市場は、新品市場に先立って大きく下落した。プレ値(プレミアムプライス)の付いていたモデルが定価割れで取引され始めるようになると、値段の上がる時計=売れ筋とは言えなくなってくる。

 もうひとつは、価格の上昇だ。円安に苦しむ日本はもちろん、他の国からも時計の価格が上がりすぎた、という声を聞くようになった。遅ればせながらではあるが、スイスの時計業界が政府にスイスフランの引き下げを求めるようになった理由だ。理由はさておき、価格を抑えたベーシックな時計に注目が集まるだろう。

 そして最後は、昨年に同じく、ベビーブーマージュニアの高齢化だ。年齢の上がったコレクターたちは、時刻が見にくく、重い複雑時計を避けつつある。これがミニッツリピーターに注目が集まる一因でもある。もっとも、ただベーシックなだけでは、もはや消費者の食指は動かない。各社がモダンクラシックなデザインと、カラフルな文字盤に傾倒する理由だ。こういった流れは24年にも見られたが、25年は一層顕著になるだろう。

 25年に起こるであろう、もうひとつのトレンドは、小メーカーの台頭だ。景気の悪化にもかかわらず、小メーカーの時計は人気を集め続けている。大きな理由は、画一的なトレンドを好まない消費者たちが目を向けるようになったためだ。また、SNSの普及により、メディアで広告を打たなくとも、モノさえ良ければ広く認知されるようになったのである。加えて、一昔前では考えられないほどクォリティも底上げされるようになった。つまり、販売店にとっても扱いやすい商材となったのである。

 もっとも、25年に起こるであろう最大の変化は、シリコン製ヒゲゼンマイの普及になるだろう。磁気帯びせず、ショックに強いシリコン製のヒゲゼンマイは、機械式時計の在り方を大きく変える素材だ。特許が切れる25年以降、これは高級時計の標準装備となる可能性が高い。

 景気の悪化が大きな影響を与えるであろう25年のトレンド。おそらく時計の平均価格は下がるだろう。しかし、装身具として復権を果たした高級時計の質が落ちることはないはずだ。25年に各メーカーが直面するのは、時計バブルを経て、別物と言ってよいほど肥えた消費者の目線なのである。

広田雅将

時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集長 広田雅将
サラリーマンを経て、2004年より時計ジャーナリストとして活動を開始。国内外の時計専門誌やライフスタイル誌などに寄稿する一方、時計ブランドやラグジュアリーブランド、販売店でのセミナーやイベントの講師、ラジオ番組「BEST ISHIDA presents クロノス日本版 Tick Tock Talk♪」(毎週土曜深夜25:00-25:30 @TOKYO FM)のパーソナリティーも務める。スイスやドイツ、フランスなど、ヨーロッパを拠点とする各社のCEOや研究開発・企画担当者など、時計業界関係者を数多取材。2016年より現職。


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