唯一無二の造形で、時計業界に独自の地歩を築き上げたカルティエ。その象徴が、新しい「サントス ドゥ カルティエ」だ。100年以上前のデザインがベースながら、常に時代に先駆けてきたこのモデルは、カルティエのしなやかな一貫性を示し続けてきた。カルティエだけが持つ、デザインに対するユニークな姿勢。「サントス デュモン」や「タンク」といった傑作も含めて、その秘密を解き明かしていく。

性能面でもデザイン面でもマルチパーパスウォッチであることを打ち出した「サントス ドゥ カルティエ」。その性格を強調したのが本作だ。軽いチタン製の外装と、「サントス」としては初となる全面マット仕上げが、ツールウォッチのようなキャラクターをもたらした。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。Tiケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。174万2400円(税込み)。
広田雅将(クロノス日本版):文
Photographs by Eiichi Okuyama
Text by Masayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos Japan)
カルティエの原点=角型腕時計
元祖フォルムウォッチのデザイン力
カルティエが手掛ける腕時計には、しなやかな一貫性がある。造形はアイコニックながら、決して無理がない。それは鋭すぎない直線や、甘くなりすぎない曲線が示す通りだ。加えてそのデザインは、時代の要請に応じて、巧みにアップデートされてきた。その均衡が、カルティエの時計たちを永遠の定番たらしめてきた、と言えそうだ。

「サントス」の持つスポーティーさ。それを一層打ち出したのが、ブラック文字盤の新作だ。針に蓄光塗料をあしらうことで視認性を改善。しかし文字盤にサテン仕上げとサンレイエフェクトを半々に取り入れることで、スポーツウォッチとは違うドレッシーさを添えている。微妙なさじ加減はカルティエならではだ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。137万2800円(税込み)。
2018年に刷新された「サントス ドゥ カルティエ」は、「サントス」という時計が持つ多様性を、現代に向けてアップデートさせたものだ。クイックスイッチによる簡単なストラップ交換、工具を使わないブレスレット調整や高い耐磁性能などが、どこでも使えるマルチパーパスウォッチであることを強調する。一方で、決してデザインの一貫性を失わないのがカルティエらしい。薄いケースという美点を受け継ぎながらも防水性能は10気圧。そして、スポーティーさを強調すべく、ベゼルは上下方向に拡大され、ケース斜面の面取りは幅広くされた。
このモデルの源流にあたるのが「サントス デュモン」だ。飛行家アルベルト・サントス=デュモンによる、飛行中に時間が確認できる時計が欲しいという要望を、3代目当主ルイ・カルティエが腕時計という提案で解決したのは広く知られる事実だ。加えて興味深いのは、その解決策がデザイン全体に及んでいたことだ。1904年当時のストラップ付き時計は、丸型のケースに細いワイヤーラグを取り付けるため、ベルトが外れやすいという弱点を抱えていた。そこでカルティエは、ラグを一体化させることでケースを頑強に改めた。ケースを四角くしたのは、その方が、ラグと一体化させやすかったためだろう。その「文法」をドレッシーに振ったのが、「サントス デュモン」である。飛行機を操縦するときだけでなく、パーティーでも使える時計にする、というルイ・カルティエの狙いは、より細い針やインデックス、そして厚みを抑えたケースなどを持つ、新しい「サントス デュモン」で一層強調された。万能時計であること、そしてドレスウォッチであること。デザインを細かく調整することで、カルティエは「サントス」の持っていたふたつの性格を鮮やかに打ち出したのである。
強い造形と軽快な装着感を併せ持つ「サントス ドゥ カルティエ」。その個性を一層強めた新しいスモールモデル。ケース厚はわずか7.08mm。ブレスレットとケースの重量バランスが取れているため、吸い付くような着け心地が得られる。クイックスイッチシステムにより、ドレッシーなレザーストラップにも簡単に変更できる。クォーツ。SSケース(縦34.5×横27mm、厚さ7.08mm)。3気圧防水。予価101万6400円(税込み)。
オリジナルの「サントス」は、シチュエーションを問わず使える時計の先駆けだった。その性格をドレッシーに振ったのが本作だ。より薄いケースに加えて、細身に仕立て直されたインデックスやベゼルなどが、ドレスウォッチらしさをもたらす。傑作Cal.430 MCを搭載。手巻き。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦46.6×横33.9mm、厚さ7.5mm)。3気圧防水。161万400円(税込み)。
そんなカルティエ デザインの象徴が、1917年に登場した「タンク」だ。第1次世界大戦で活躍した戦車のキャタピラをモチーフにした、縦長のケースサイドと太いストラップは、それまでの腕時計が持っていた懐中時計の名残を断ち切った。ケースとストラップのつながりを視覚的な軸として扱い、構造そのものをデザインの一部として昇華した点に、後の腕時計の方向性がよく表れている。
「タンク」が広く強く愛された理由も、そこにある。アラン・ドロンは映画のワンシーンに自然と「タンク」を映し込み、アンディ・ウォーホルは時間を見るためではなく、身に着けるべきものとして「タンク」を選び、モハメド・アリは鍛えられた腕に小ぶりの「タンク」を迷いなく合わせた。それぞれの選び方は異なるが、「タンク」の簡潔で力強い美に、彼らは魅了されたのだろう。そして最新作の「タンク」は、その造形を受け継ぎつつも、わずかにマッシブに仕立て直された。しかし、デザインが太くなりすぎないさじ加減もまた、カルティエならではだ。
「サントス ドゥ カルティエ」「サントス デュモン」、そして「タンク ルイ カルティエ」。これらの3つの腕時計を横に並べると、カルティエが時代ごとの要請に応えながらも、デザインにおける哲学を決して手放さなかったことがよく分かる。変わり続け、そして変わらないカルティエ。そのしなやかな一貫性こそが、カルティエの創作を永遠の定番たらしめてきた理由なのである。
永遠の定番「タンク」に加わった自動巻きモデル。普通は厚みが増すが、本作のケース厚はわずか8.18mm。「タンク ルイ カルティエ」はムーブメントごとに異なる仕上げを文字盤に用いており、このモデルは箔押しシルバーダイアルにイエローバーニッシュ仕上げ。自動巻き(Cal.1899 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KPGケース(縦38.1×横27.75mm)。3気圧防水。予価248万1600円(税込み)。
右モデルの18KYG版。デザインを大きく変えない「タンク」だが、完成度は一層高まった。理由はケースを内製するようになったため。歪みの少ない面や、サファイアクリスタル風防とケースの精密な噛み合わせなどが、シンプルな造形にさらなる洗練をもたらす。自動巻き(Cal.1899 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYGケース(縦38.1×横27.75mm)。3気圧防水。予価248万1600円(税込み)。



