その動作を克明に描写するスケルトンの粘着性
野心作と標準機で絶妙のバランスをとる
それは2015年のことである。日本のプレミアム・ハイジュエラーをより高い次元で目指さんとしたTASAKIは、高級腕時計のコレクションでその指針を内外に示すこととなった。「TASAKI タイムピーシーズ」と銘打たれたコレクションを発表したのである。ハイエンドモデルである「オデッサ トゥールビヨン」は、我が国における独立時計師の雄、浅岡肇氏がムーブメントの製作を手掛け、TASAKIエクスクルーシブの手巻きトゥールビヨンとして国際的な評価を受けた。一方で、シャープなインデックスを基点とした文字盤のシンプルな意匠に個性が光る3針のモデル「オデッサ」を脇に据えて、広く一般的な訴求を得ることに成功もした。
そして今年、TASAKIはコレクションの拡充を試みる。パートナーは昨年同様、浅岡氏である。TASAKIの美意識を熟知した彼が捧げたのは、驚きのフルスケルトンモデル。毎秒5振動のシンプルな手巻きムーブメントに、浅岡氏は丹念に肉抜きを与えた。完璧な手作業でエッジを磨いたブリッジには、等間隔で重なり合う極上のペルラージュが施されている。文字盤側から見るそのハイライトは、8時位置に視覚化されたキフショックだろう。機能美の象徴だ。
ケースバックに目を転じてみよう。直径14㎜に迫る大径のテンワ、機械式ムーブメントのパーツで最も美しいとモリッツ・グロスマンのエンジニアも讃える香箱、そして輪列。独立したガンギ車のブリッジが古典的な作法を今に伝えていて好ましい。そう、この時計、名を「オデッサ スケルトン」というが、ここまで高尚な出来栄えたらしめているのは、作り手の過剰とも思える動作系への偏愛、執心である。だからこそ、一般的な、また古典的なスケルトンのしつらいとは大きく異なる。この偏愛、執心を褒めそやし、受け入れたのはTASAKIの加護、ディレッタントの精神故。傑作は得てして、こうした主従関係から生まれる。
簡潔な美を指標した3針モデルとクロノグラフ
余りに濃密な仕上がりを見、資料に目を通していると、超高級時計の粘着性に息が詰まりそうになってくるので、このあたりで箸休めを取ろう。昨年の「オデッサ」に続く愛すべき佳品が「オデッサ クロノグラフ」である。直径40㎜のけれん味のないデイト表示付き自動巻きクロノグラフ。インダイアルのデザインを変え(12時位置の30分積算計とインデックスの増し加わりは最高だ!)、スリーローの頑強なブレスレットをまとわせたその作風は端正そのものである。個人的には、少し散財をしてでもステンレススティールと18K SAKURA GOLD(同社独自の配合によるオリジナルのゴールド素材)のコンビモデルを手に入れたい。ステップ付きのベゼルには、無論のこと18K SAKURA GOLDが好適だから。
パールからの静かな脱却がTASAKIの命題であることは論を俟たない。自社のアイデンティティである海からの贈り物に心血を注ぎつつなお、新しい素材やデザイン、ディレクションの大いなる可能性を企図した帰結が、浅岡肇氏やタクーン・パニクガルの登用なのだから。だからこそ「オデッサ」シリーズや、先頃発表された新しいジュエリーのコレクション(花火を主題にした素晴らしい連作の数々……)から、とても心地よい律動が聴こえてくるのではないか。