時計愛好家の生活 @ryochan5711さん「ノーチラスをきっかけに沼にハマることに」

2024.02.12

仮に筆者にお金があったら、こういう選び方をしたに違いない、というコレクターが、@ryochan5711さんだ。クレドール「叡智Ⅱ」を3本、パテック フィリップのRef.5004を4本所有する彼は、紆余曲折を経て、この境地に達した。時計とアート以外に興味がないんですよ、と語る彼の歩みは、ちょっと驚異的だ。

@ryochan5711さん
実業家。事業を継承した後、その多角化に成功する。食にも車にも興味がないと言いきる彼は、プライベートを時計とアートに捧げている。「みんな似たような時計を着けてコミュニケーションしがちだけど、自分は違いますね。人と同じモノを持っていても面白くないのです」。その買い方は良い意味で尋常ではない。
奥田高文:写真
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


「流れに流れるのがコレクション。感覚が昔のままだともったいない」

叡智Ⅱ

筆者が@ryochan5711さんを知ったきっかけが、3本の「叡智Ⅱ」だった。こう言ってはなんだが、こんな玄人好みの時計を3本も所有するコレクターがいるとは想像もしていなかった。「2本は百貨店から購入したもの。もう1本はコレクターに譲ってもらった個体です」。シンプルな時計に魅せられた、彼ならではの選択だ。もっとも彼はまだ満足していないようだ。曰く「広田さん、どこかに初代の叡智は売ってないですかね? あと、叡智Ⅱにブレスレットを付けたいんですが、製造してくれるメーカーをご存じないですか?」。

 世に時計のコレクターは少なくないが、メーカーと年代、そして価格を超越すると、いわゆるスーパーコレクターになる。もちろん日本にもそういう人はいるが、@ryochan5711さんほどの「雑食」はいないのではないか。もちろん「雑食」は褒め言葉だ。

「今時計は目立つようになったけど、一昔前までは地味な趣味でしたよね。時計が好きなのは目立たないから。ニッチだからこそ面白いんですよ」。静かに語る彼は、コレクターではなく、まるで学者のようだ。

「高級時計を買う人は大体車にも興味があるでしょう。8割9割共通していますよね。でも僕は外車を買ったことがないんですよ。レクサスもない。普通の車に乗っています。食の趣味もあまりないんですよ。自信を持って言えるのは時計とアートだけ。それ以外に興味がないんです」。そんな彼の好みを聞くと、ロレックスの「エクスプローラー」(114270)とのこと。「これほど使いやすい時計はありません」。

オイスター パーペチュアル エクスプローラー、オイスター デイト、オイスター パーペチュアル デイト

@ryochan5711さんの嗜好を定めた3本。右からロレックス「オイスター パーペチュアル エクスプローラー」(Ref.114270)、「オイスター デイト」(Ref.6694)、そして「オイスター パーペチュアル デイト」(Ref.1601)。いずれもロレックスを代表する傑作だ。右のエクスプローラーは、彼が最も気に入っている腕時計。左ふたつは祖父の遺品である。猛烈な勢いで時計趣味に没頭する@ryochan5711さんだが、彼の方向性が健全なのは、ベースにこの3本があるからか。私見だが、Ref.114270を愛用するコレクターは、例外なく手強い。

 中学時代にG-SHOCKのフォックスファイアを買った彼は、後に祖父のロレックスを譲り受けた。「オイスター パーペチュアル デイト」と「オイスター デイト」の2本。「祖父にもらったロレックスの1601や6694が趣味の方向性を定めたと思います」。その後、彼は各社が手掛けるようになった自社製ムーブメントに魅せられるようになった。「自動巻きのP.9000を載せたパネライのPAM00312を買ったんですよ。その後、アガリ時計のつもりで、パテック フィリップのノーチラス(5711)も手に入れました」。

 このモデルで、彼は装着感の重要性を知ったという。「自分に合ったしっくり来る装着感は大事ですね。時計を長く持つ要素として1、2を争うぐらい大切なのは装着感ですね」。アガリ時計を手にしたはずの彼は、しかしノーチラスをきっかけに沼にハマることになった。次に手にしたのは、A.ランゲ&ゾーネの「1815 クロノグラフ」だった。「自動巻きの7750は知っていたけど、審美性は良くなかった。ダトグラフのムーブメントを見て何だこれはと思ったけど、高くて断念し、1815 クロノグラフを手に入れました」。

ダトグラフ、1815 クロノグラフ、ランゲ1

自動巻きクロノグラフと手巻きクロノグラフの違いも分からなかった@ryochan5711さんにインパクトを与えたのがA.ランゲ&ゾーネの「ダトグラフ」であった。最初に手にしたのは「1815 クロノグラフ」だったが、後に彼はダトグラフを揃えることになる。左は旧型のプラチナケース、中は現行のやはりプラチナケース。右は「ランゲ1」のブレスレット付き。貴金属ブレスレットが好きなのではなく、ラグスポの影響を受けたから、とのこと。人と同じ時計は選びたくない、という@ryochan5711さんらしい選択だ。

 面白いのは、彼の買い方だ。多くの愛好家は時計を売りたがらないが、彼は手放すことに全くためらいがない。「手放すのも含めてコレクションヒストリーでしょう。買い方と売り方は一緒だと思っています」。では何が手放すきっかけになるのか?「着けなくなった時計は意味がないと思ってしまう。着ける頻度が下がったら手放しますね」。結果、彼は買っては売りを繰り返すようになった。「一時期はChrono24、楽天、ヤフオクなどを毎日チェックしていました。まるで業者のようだと言われたけれど、業者並みのことをしないと良い時計は買えないんですよ」。

 ちなみに、あれほど気に入っていたノーチラスも手放したという。「今も5711は最高の時計だと思っていますが、環境が残念ですね。ここまで知名度が上がるとありきたりの時計になってしまった。僕はノーチラスがジジくさいと言われる時代に入手しましたけど、あの時代が一番楽しかったんじゃないですか」。

 そんな彼が、時計を趣味にする覚悟を決めたのが、クレドールの「叡智Ⅱ」だったという。オフ会で画像を見て、明らかにオーラが違うと感じたそうだ。これには伏線がある。日本の時計を買いたいと思った彼は、国産時計を調べ、雫石高級時計工房の彫金モデルやミナセを手にし、クレドール叡智Ⅱの瑠璃青文字盤が2本出た時に、まとめて注文したという。「大きな買い物には覚悟があるかだけ」と笑うが、この買いっぷりは常軌を逸している。叡智Ⅱを揃える人は他にいないと思った彼は素材違いも購入し、結局コンプリートしてしまった。「結果には満足していますよ。その後、クレドールの『富嶽』の2針版も買いましたね」。

 それ以外の買いっぷりも凄まじい。「ランゲマティック・エマイユとランゲ1・トゥールビヨン・ハニーゴールド、リヒャルト・ランゲ・トゥールビヨンなども持っていました。ラング&ハイネ、モリッツ・グロスマン、パテック フィリップは5070、アクアノートのトラベルタイム、F.P.ジュルヌのヴァガボンダージュⅡもありましたね。5711の40周年記念モデルはプラチナだったので重すぎましたが」。では、なぜA.ランゲ&ゾーネのブレスレット付きを買ったのか?

「ラグスポが流行りだした頃、今さら買うの?と思って、ブレスレット付きのドレスウォッチに注目したんですよ。豪華に見えるでしょう? その結果です」。写真で挙げたモデル以外にも、彼は多くを隠し持っている。フランク ミュラーの2852(掛け値なしに最高だ)、ウルバン・ヤーゲンセンの1140ブレゲ数字、そしてブルガリの日本限定オクト フィニッシモ ローマなどなど。ちょくちょく挟まれるコメントがまた深い。「ヤーゲンセンのことはAy&TyStyleさんのブログで知っていました。1140のブレゲ数字は柔らかさがいい」。

 意外なのは、リシャール・ミルの「ナダル」がコレクションにあることだ。「リシャール・ミルは食わず嫌いだったんですよ。金持ちの道楽品と思ってましたね。ただテニスをやっていたので27番は知っていました。自分が買うものとは夢にも思ってなかったですよ」。ただ手にしていないのに批判できないと思った彼はRM67-01のチタンを手にした。「イメージが変わりましたよ。よく考えられているし、装着感も良かったですね」。リシャール・ミルに魅せられた彼は、RM11-03、RM 004、RM17-01と立て続けに購入し、ナダルことRM 027に至った。「買うならやはり、インパクトを受けたモデルでしょう」。最初の販売価格は想定を大きく上回り、泣く泣く諦めたが、価格が下がったタイミングで入手に成功した。

スプリット秒針クロノグラフ 永久カレンダー 5004

@ryochan5711さんの狂気を感じさせるのが、パテック フィリップ「スプリット秒針クロノグラフ 永久カレンダー 5004」の4本セットだ。「アラビア数字の感じといい、小ささと厚さといい、しっくり来る」。奥から手前に向けて、2016年に購入したプラチナモデル、19年に手に入れたピンクサーモンダイアル、18Kローズゴールドケース、そして、インデックスにバゲットカットダイヤモンド(!)をあしらったモデル。「2019年に5004の18Kローズゴールドモデルを2000万円で購入する人はいなかったと思います。しかし僕は、出物があれば買うと決めていました」。淡々と語るが、その握力の強さが、事業でも成功した理由か。

 そして圧巻なのが、パテック フィリップ5004の4本セットだ。世に5004のファンは多いが、4本所有する人は稀ではないか。「ノーチラスを手にして以降、パテック フィリップには猛烈に興味を持ったんです。3970、2499とか、5004のアラビックは面白いと思いましたね。ただ桁違いに高かった」。もっとも、5004に至る前に、彼は脱線している。「間に5970Pを買ってしまったんですよ。第二のアガリ時計にしたくて。5004を調べるうちに気になったので」。その後、当然5004を手にした彼は、ひとつの悩みに直面することになった。ベーシックなクロノグラフの3970を買うのか、あるいは5004の色違いを揃えるのか、あるいはノーチラスの5711を色違いで揃えるのか。結局彼は、5004の色違いを揃えることに決めた。「後悔しない、複数買いしようと思いました」。全部揃えたのは、さすがに彼の「握力」だ。お金があっても、5004は見つけられるものではない。

 そんな彼のコレクションで異彩を放つのが、ヴィンテージムーブメントを載せた時計のコレクションだ。時計を買っては売りを繰り返す彼だが、これだけは完全に残っている。「一時期ムーブメントに凝った時期があったんですよ。ただ、同じブランドのムーブメントを集める趣味はないんです。名前が知られていて、面白いモノを集めたいと思ったのです」。彼はさらっと語るが、残ったのは見事なものばかりだ。オメガの30mmT2RG(クロノメーター仕様)、ゼニス135、プゾー260の10振動版(!)、パテック フィリップの懐中をリケースしたもの、そしてロンジンの13ZN。筆者は彼と同じゼニス2000を持っているが、まさかクロノメーター仕様があるとは思ってもいなかった。「ええ、ゼニス2000にはクロノメーター仕様があったんですよね。ちなみに10振動のプゾーは、国内の著名なコレクターの方が手放された個体でしょう。ヤフオクに出ていたので落札しました」。

オメガ30mmT2RG、ゼニス135、プゾー260、13ZN

「一時期ムーブメントに懲りまして」と言うには良すぎるコレクション。左から、オメガ30mmT2RG、ゼニス135、プゾー260の10振動/秒仕様、20世紀初頭のパテックフィリップ製懐中ムーブメントをリケースしたもの、そしてロンジンの13ZN。すべてトランスパレントバックにしたのは、彼の好みである。彼は何も語らないが、ムーブメントギリギリまで開けられた裏蓋が、彼の審美眼をよく示している。いずれも傑作だが、個人的に惹かれたのが、プゾー260の高振動仕様だ。大きなテンワを持つロービート仕様は多いが、あえてハイビートを選んだのは面白い。ちなみにこの個体は、筆者も知る著名なコレクターの所有品だった。カエサルのモノはカエサルに、といった趣のある並びだ。

 あらゆる時計を買い、趣味としては完成されたように見える@ryochan5711さん。しかし、ひょっとしたら、彼のテイストはさらに変わるかもしれない。

「アートを見る趣味はあったんですよ。小さい頃から展覧会は見ていましたから。でも、リシャール・ミルでつながった人から現代アートを買ってみたんです。買っていると好みの作家が出てきますね」。国内の作家はディーラーより詳しくなったとのことだが、調べて納得しないと買わないという彼のスタンスを考えれば当然だろう。「小さいのも含めると20から30ぐらいは持っていますよ」。アートに注目するようになって、彼はケースの魅力に気づいたという。確かに、興味のある時計を聞くと、ルイ・ヴィトンやカルティエなど、今までとは明らかに毛色の違うモノばかりだ。

「流れに流れるのがコレクションだと思っています。時計選びで装着感は重要だけど。自分の感覚が昔のままだともったいないでしょう?」。完成して、なおも変わり続ける大コレクター。10年後、果たして彼のコレクションは、どんな深みを加えるのだろうか?

井田幸昌作の銅像とRM 027

現代アートにも目を向けるようになった@ryochan5711さん。コレクションのひとつが井田幸昌作の銅像。あえてこれを持ってきたのは、同じものがロンドンのリシャール・ミル ブティックにあるため。「時計とのつながりが深いし、もともと興味のある作家でしたから」。なお時計もアートも、自分の目で新しいモノを見るのが大事とのこと。


クレドール「叡智Ⅱ」シンプルウォッチの頂点へ

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