仮に筆者にお金があったら、こういう選び方をしたに違いない、というコレクターが、@ryochan5711さんだ。クレドール「叡智Ⅱ」を3本、パテック フィリップのRef.5004を4本所有する彼は、紆余曲折を経て、この境地に達した。時計とアート以外に興味がないんですよ、と語る彼の歩みは、ちょっと驚異的だ。
実業家。事業を継承した後、その多角化に成功する。食にも車にも興味がないと言いきる彼は、プライベートを時計とアートに捧げている。「みんな似たような時計を着けてコミュニケーションしがちだけど、自分は違いますね。人と同じモノを持っていても面白くないのです」。その買い方は良い意味で尋常ではない。
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
「流れに流れるのがコレクション。感覚が昔のままだともったいない」
世に時計のコレクターは少なくないが、メーカーと年代、そして価格を超越すると、いわゆるスーパーコレクターになる。もちろん日本にもそういう人はいるが、@ryochan5711さんほどの「雑食」はいないのではないか。もちろん「雑食」は褒め言葉だ。
「今時計は目立つようになったけど、一昔前までは地味な趣味でしたよね。時計が好きなのは目立たないから。ニッチだからこそ面白いんですよ」。静かに語る彼は、コレクターではなく、まるで学者のようだ。
「高級時計を買う人は大体車にも興味があるでしょう。8割9割共通していますよね。でも僕は外車を買ったことがないんですよ。レクサスもない。普通の車に乗っています。食の趣味もあまりないんですよ。自信を持って言えるのは時計とアートだけ。それ以外に興味がないんです」。そんな彼の好みを聞くと、ロレックスの「エクスプローラー」(114270)とのこと。「これほど使いやすい時計はありません」。
中学時代にG-SHOCKのフォックスファイアを買った彼は、後に祖父のロレックスを譲り受けた。「オイスター パーペチュアル デイト」と「オイスター デイト」の2本。「祖父にもらったロレックスの1601や6694が趣味の方向性を定めたと思います」。その後、彼は各社が手掛けるようになった自社製ムーブメントに魅せられるようになった。「自動巻きのP.9000を載せたパネライのPAM00312を買ったんですよ。その後、アガリ時計のつもりで、パテック フィリップのノーチラス(5711)も手に入れました」。
このモデルで、彼は装着感の重要性を知ったという。「自分に合ったしっくり来る装着感は大事ですね。時計を長く持つ要素として1、2を争うぐらい大切なのは装着感ですね」。アガリ時計を手にしたはずの彼は、しかしノーチラスをきっかけに沼にハマることになった。次に手にしたのは、A.ランゲ&ゾーネの「1815 クロノグラフ」だった。「自動巻きの7750は知っていたけど、審美性は良くなかった。ダトグラフのムーブメントを見て何だこれはと思ったけど、高くて断念し、1815 クロノグラフを手に入れました」。
面白いのは、彼の買い方だ。多くの愛好家は時計を売りたがらないが、彼は手放すことに全くためらいがない。「手放すのも含めてコレクションヒストリーでしょう。買い方と売り方は一緒だと思っています」。では何が手放すきっかけになるのか?「着けなくなった時計は意味がないと思ってしまう。着ける頻度が下がったら手放しますね」。結果、彼は買っては売りを繰り返すようになった。「一時期はChrono24、楽天、ヤフオクなどを毎日チェックしていました。まるで業者のようだと言われたけれど、業者並みのことをしないと良い時計は買えないんですよ」。
ちなみに、あれほど気に入っていたノーチラスも手放したという。「今も5711は最高の時計だと思っていますが、環境が残念ですね。ここまで知名度が上がるとありきたりの時計になってしまった。僕はノーチラスがジジくさいと言われる時代に入手しましたけど、あの時代が一番楽しかったんじゃないですか」。
そんな彼が、時計を趣味にする覚悟を決めたのが、クレドールの「叡智Ⅱ」だったという。オフ会で画像を見て、明らかにオーラが違うと感じたそうだ。これには伏線がある。日本の時計を買いたいと思った彼は、国産時計を調べ、雫石高級時計工房の彫金モデルやミナセを手にし、クレドール叡智Ⅱの瑠璃青文字盤が2本出た時に、まとめて注文したという。「大きな買い物には覚悟があるかだけ」と笑うが、この買いっぷりは常軌を逸している。叡智Ⅱを揃える人は他にいないと思った彼は素材違いも購入し、結局コンプリートしてしまった。「結果には満足していますよ。その後、クレドールの『富嶽』の2針版も買いましたね」。
それ以外の買いっぷりも凄まじい。「ランゲマティック・エマイユとランゲ1・トゥールビヨン・ハニーゴールド、リヒャルト・ランゲ・トゥールビヨンなども持っていました。ラング&ハイネ、モリッツ・グロスマン、パテック フィリップは5070、アクアノートのトラベルタイム、F.P.ジュルヌのヴァガボンダージュⅡもありましたね。5711の40周年記念モデルはプラチナだったので重すぎましたが」。では、なぜA.ランゲ&ゾーネのブレスレット付きを買ったのか?
「ラグスポが流行りだした頃、今さら買うの?と思って、ブレスレット付きのドレスウォッチに注目したんですよ。豪華に見えるでしょう? その結果です」。写真で挙げたモデル以外にも、彼は多くを隠し持っている。フランク ミュラーの2852(掛け値なしに最高だ)、ウルバン・ヤーゲンセンの1140ブレゲ数字、そしてブルガリの日本限定オクト フィニッシモ ローマなどなど。ちょくちょく挟まれるコメントがまた深い。「ヤーゲンセンのことはAy&TyStyleさんのブログで知っていました。1140のブレゲ数字は柔らかさがいい」。
意外なのは、リシャール・ミルの「ナダル」がコレクションにあることだ。「リシャール・ミルは食わず嫌いだったんですよ。金持ちの道楽品と思ってましたね。ただテニスをやっていたので27番は知っていました。自分が買うものとは夢にも思ってなかったですよ」。ただ手にしていないのに批判できないと思った彼はRM67-01のチタンを手にした。「イメージが変わりましたよ。よく考えられているし、装着感も良かったですね」。リシャール・ミルに魅せられた彼は、RM11-03、RM 004、RM17-01と立て続けに購入し、ナダルことRM 027に至った。「買うならやはり、インパクトを受けたモデルでしょう」。最初の販売価格は想定を大きく上回り、泣く泣く諦めたが、価格が下がったタイミングで入手に成功した。
そして圧巻なのが、パテック フィリップ5004の4本セットだ。世に5004のファンは多いが、4本所有する人は稀ではないか。「ノーチラスを手にして以降、パテック フィリップには猛烈に興味を持ったんです。3970、2499とか、5004のアラビックは面白いと思いましたね。ただ桁違いに高かった」。もっとも、5004に至る前に、彼は脱線している。「間に5970Pを買ってしまったんですよ。第二のアガリ時計にしたくて。5004を調べるうちに気になったので」。その後、当然5004を手にした彼は、ひとつの悩みに直面することになった。ベーシックなクロノグラフの3970を買うのか、あるいは5004の色違いを揃えるのか、あるいはノーチラスの5711を色違いで揃えるのか。結局彼は、5004の色違いを揃えることに決めた。「後悔しない、複数買いしようと思いました」。全部揃えたのは、さすがに彼の「握力」だ。お金があっても、5004は見つけられるものではない。
そんな彼のコレクションで異彩を放つのが、ヴィンテージムーブメントを載せた時計のコレクションだ。時計を買っては売りを繰り返す彼だが、これだけは完全に残っている。「一時期ムーブメントに凝った時期があったんですよ。ただ、同じブランドのムーブメントを集める趣味はないんです。名前が知られていて、面白いモノを集めたいと思ったのです」。彼はさらっと語るが、残ったのは見事なものばかりだ。オメガの30mmT2RG(クロノメーター仕様)、ゼニス135、プゾー260の10振動版(!)、パテック フィリップの懐中をリケースしたもの、そしてロンジンの13ZN。筆者は彼と同じゼニス2000を持っているが、まさかクロノメーター仕様があるとは思ってもいなかった。「ええ、ゼニス2000にはクロノメーター仕様があったんですよね。ちなみに10振動のプゾーは、国内の著名なコレクターの方が手放された個体でしょう。ヤフオクに出ていたので落札しました」。
あらゆる時計を買い、趣味としては完成されたように見える@ryochan5711さん。しかし、ひょっとしたら、彼のテイストはさらに変わるかもしれない。
「アートを見る趣味はあったんですよ。小さい頃から展覧会は見ていましたから。でも、リシャール・ミルでつながった人から現代アートを買ってみたんです。買っていると好みの作家が出てきますね」。国内の作家はディーラーより詳しくなったとのことだが、調べて納得しないと買わないという彼のスタンスを考えれば当然だろう。「小さいのも含めると20から30ぐらいは持っていますよ」。アートに注目するようになって、彼はケースの魅力に気づいたという。確かに、興味のある時計を聞くと、ルイ・ヴィトンやカルティエなど、今までとは明らかに毛色の違うモノばかりだ。
「流れに流れるのがコレクションだと思っています。時計選びで装着感は重要だけど。自分の感覚が昔のままだともったいないでしょう?」。完成して、なおも変わり続ける大コレクター。10年後、果たして彼のコレクションは、どんな深みを加えるのだろうか?
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