1951年の誕生以来、本格的機械式時計ブランドとして多くの時計ファンを魅了し続けている「オリエントスター」。メカニカルムーンフェイズやスケルトンなどの印象が強い同ブランドだが、近年では文字盤の繊細な作り込みの際立ったモデルが多数登場している。今回は新作である「M34 F8 デイト」と「M45 F7 メカニカルムーンフェイズ」の2モデルを例に、自社一貫生産の強みを活かしたオリエントスターの新時代とも呼ぶべき、ダイアル表現の進化を紹介したい。
Photographs by Masahiro Okamura
渡邉直人:文
Text by Naoto Watanabe
[2024年3月23日公開記事]
エプソンの技術力が光る先進的な文字盤表現
近年、文字盤製造に注力するオリエントスター。特に2月発表の2024年新作の2モデルは、その流れを象徴するような仕上がりを持つ。これらを例に、オリエントスターが推し進める新たなダイアル表現を紹介していこう。
光学多層膜を用いた「M34 F8 デイト」Ref.RK-BX0003L
1本目に紹介するモデルは2024年6月に登場予定の「M34 F8 デイト」Ref.RK-BX0003Lだ。本作のコレクション名である「M34」は、フランスの天文学者シャルル・メシエによる星雲・星団・銀河のカタログ「メシエカタログ」に掲載され、ペルセウス座付近に視認できる散開星団「M34」が由来となっている。
自動巻き(Cal.8N64)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ12.9mm)。10気圧防水。36万3000円(税込み)。2024年6月10日発売予定。
文字盤のデザインコンセプトは「ペルセウス座流星群」。ペルセウス座γ星付近を放射点として夜空に降り注ぐ流星群のように、中央から放射状に広がった奥行き感のある模様が特徴だ。
この独特の柄は、「信州 時の匠工房」の文字板工房で、熟練職人の手作業によって金型に彫られた模様を、プレス加工によって型打ちしたもの。
通常であれば塗装工程で潰れてしまいそうなほど繊細な造形だが、この微細な凹凸を維持したまま濃いブルーの発色を可能にしたのが、本作で初めて投入されたエプソンの光学多層膜技術だ。
そもそも我々ヒトの視覚は、眼球内の網膜にあるレッド・グリーン・ブルー(以下RGB)それぞれに反応する3種類の錐体細胞が発した信号を組み合わせることで、多種多様な色味を認識している。
RGBが光の三原色と呼ばれる所以でもあるが、それら3色が同等の光量で差し込んだ状態をホワイト、なくなった状態をブラックと認識し、その均衡が崩れた状態ではさまざまな色味を感じ取ることができる仕組みだ。
身近なところではスマートフォンやパソコンに使われている有機ELディスプレイも、ルーペなどで拡大してみると基本的にはRGB3色のLEDで1組(1画素)として配置されている。
本作はこのような光と視覚の特性を利用し、シルバーカラーの湿式めっき上に蒸着された光学多層膜により、地盤反射光のブルー以外の波長を抑えることで、結果的にブルー文字盤に見せているのである。
光学多層膜自体は透明かつ、ナノレベルの薄さで蒸着されているため、地盤の繊細な造形による奥行き感は損なわずに、鮮やかで深みのあるブルーが実現されているのが最大の特徴だ。
また、各膜ごとに異なる波⻑の光が反射・透過し、それらが⼲渉することで色合いを表現している構造上、⾒る⾓度によって⾊味が変化して見えるのも本作ならではのユニークなポイントだろう。
さらに、両球面のサファイアクリスタル風防にはSAR(両面無反射)コーティングが施されているため、風防の反射によるコントラストの低下も最小限に抑え込まれおり、極めて鮮明な文字盤の見え方を実現している。
まさに、壮大な宇宙の神秘を目の当たりにしているような、高揚感を駆り立てられる文字盤だ。
下地のきらめきを活かしたホワイトダイアルの限定モデルも登場
「M34 F8 デイト」には、同じく「ペルセウス座流星群」をデザインコンセプトとした繊細な模様のホワイトダイアルに、ブルーの秒針をそなえた200本限定モデルRef.RK-BX0001Sもラインナップされている。
自動巻き(Cal.8N64)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ12.9mm)。10気圧防水。限定200本。34万1000円(税込み)。2024年3月23日発売予定。
こちらは通常の塗装文字盤にあたるが、下地となるシルバーカラー湿式めっきのきらめきを活かした、極々薄めのホワイト塗装が施されている。
その結果、地盤の繊細な模様が塗料によって埋めてしまうこともなく、ブルーダイアルで見られた奥行き感のある立体的な造形は本作でも健在だ。
「M34 F8 デイト」の文字盤を製造するのは、「信州 時の匠工房」の文字板工房だ。まず初めに、回転工具を用いた熟練職人の手作業による彫り込みで金型を制作し、プレス加工で真鍮製のベースプレートに模様を型打ちする。
次に、湿式めっきや光学多層膜の蒸着(ホワイトダイアルは塗装)によって地盤への色付けを施す。
最上層にはラッピング塗装と呼ばれるクリアを厚く吹き、その状態から日付窓やパワーリザーブエリアの切削や穴開けを施す。切削面に再度めっきをかけた後、完全な平面になるまで研磨する。その後複数回のタコ印刷を経て、鏡面に磨き上げられたインデックスや貼り合わせ地盤などを手作業で取りつけ完成となる。
付加価値の⾼い文字盤を作りを目指し、さまざまな製造プロセスを保有した「信州 時の匠⼯房」ならではの作り込みだ。
月と昴が魅せる宇宙の情景を表現した「M45 F7 メカニカルムーンフェイズ RK-AY0122N」
2本目に紹介するのは「M45 F7 メカニカルムーンフェイズ」Ref.RK-AY0122だ。本作のコレクション名である「M45」は、おうし座付近に視認できる散開星団「M45」が由来となっている。
「M45」は、欧州ではギリシア神話のプレイアデス7姉妹にちなんで「プレアデス星団」と呼ばれているが、日本では「昴(すばる)」の呼称で古くから親しまれている。
自動巻き(Cal.F7M65)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径41mm、厚さ13.8mm)。5気圧防水。オリエント公式オンラインストア限定60本。33万円(税込み)。※プレステージショップ限定140本のRK-AY0123Nはコードバン製替えストラップ付きで34万1000円(税込み)。
文字盤のデザインコンセプトは「月と昴が重なる掩蔽(えんぺい)」。掩蔽とは、月が地球の周囲を公転する際に、他の恒星と重なって見える現象である。文字盤外周部を暗く沈めたグラデーション塗装と、地盤上に型打ちされた不規則な模様の組み合わせによって、プレアデス星団の星々の輝きを表現している。
また、ローマ数字外周の最も暗いエリアに配置されたシルバーカラーの鏡面ドットはわずかな光量でもきらめきを発し、闇夜に輝く天体のような存在感だ。
文字盤上の印字類はすべてブラックで統一されているが、それぞれがタコ印刷によって立体的に盛られているため、光の入る角度によって陰影が変化して見えるのも本作ならではの特徴だろう。
文字盤製作は「時の匠工房」の文字板工房によるもの
本作の文字盤も、製造は「信州 時の匠工房」の文字板工房によるものだ。初めに金型によるプレス加工で真鍮製のベースプレートに模様を型打ちし、表面にシルバーカラーの湿式めっきを施す。
その後、専用の塗装機で1枚ずつ丁寧に塗料を重ね、グレーからブラックのグラデーションを描き出す。
最上層にはラッピング塗装を施し、完全な平面になるまで研磨した後、パワーリザーブエリアやムーンフェイズエリアの切削や穴開けを施し、切削面に再度めっきをかける。
その後、複数回のタコ印刷により立体的な印字を成形し、アプライドパーツや貼り合わせ地盤などを手作業で取りつけ完成となる。
オリエントスターの文字盤製造は一段上のステップへ
今回は「M34 F8 デイト」と「M45 F7 メカニカルムーンフェイズ」の2モデルにスポットライトを当て、オリエントスターの文字盤製造の進化を紹介してきた。
それぞれのデザインコンセプトに合わせ最適な手法で製造された文字盤は、いずれもこれまでになかった繊細な表現で独自の世界観を確立しており、凄まじい精彩を放っている。
まさしく、部品製造から時計組⽴まで⼀貫したモノづくりを⾏うオリエントスターならではの作り込みと言えるだろう。
光学的な発色を可能とした光学多層膜や、両球面サファイアクリスタルへのSARコーティングなど、エプソンの強みを活かした技術も投入され、ダイアル表現の新時代を迎えた今、これからのオリエントスターの時計作りにますます注目が集まっていくに違いない。
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