ロンジン「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」の実機レビューを行う。本作は、1959年の「コンクエスト」のデザインをベースとして、針やインデックスなどの細かな要素から、特徴的なセントラルパワーリザーブまで、ほぼ忠実に再現したモデルだ。復刻の名手としての矜持を感じさせる1本だ。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年3月19日公開記事]
誕生から70周年を迎えた「コンクエスト」
今回は、ロンジンの2024年新作、「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」の実機インプレッションを行う。「コンクエスト」は、1954年に誕生したロンジンを代表するコレクションだ。同社が自動巻きムーブメントの開発に試行錯誤を重ねていた時代をともにしており、初期のモデルはラチェット式のCal.19AS、その後はリバーサー式のCal.290系を搭載する。現在もアンティーク市場で根強い人気を誇るコレクションのひとつだ。
同社は、コンクエストの誕生60周年を迎えた2014年に、ノンデイト仕様の「コンクエスト ヘリテージ」を数量限定で発売。このモデルは後に、12時位置にデイト表示を加えてレギュラーモデルとなる。これらはオリジナルと同様の35mmケースを採用していたが、やがてモダンな40mmケースモデルを追加。さらに23年には、38mmケースのノンデイトモデルをリリースし、着々とラインナップを拡充させていった。
そして誕生70周年を迎えた今年に発表されたのが、コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブだ。これまでのコンクエスト ヘリテージは、いずれもCal.19ASを搭載した初期のモデルをモチーフとしていたが、本作はCal.290系を搭載した1959年のモデルに着想を得ている。ケースサイズこそ大型化したものの、12時位置の日付表示や、インデックスと針の形状からロゴの位置まで、オリジナルをほぼ忠実に再現している。特筆すべきは、センターに配されたディスク式のパワーリザーブインジケーターだ。なんとロンジンは、このユニークな機構を現代に復活させたのだ。
1959年に誕生したモデルをモチーフとした「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」。特徴的なパワーリザーブインジケーターを再現している。自動巻き(Cal.L896.5)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38mm、厚さ12.3mm)。5気圧防水。59万5100円(税込み)。
柔らかな表情のシャンパンダイアル
コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブには、現在3つのカラーバリエーションが用意されている。アンスラサイトダイアル、ブラックダイアル、そして今回レビューを行うシャンパンダイアルだ。シャンパンダイアルは、より復刻モデルらしいクラシカルな風合いを感じることができるモデルと言えるだろう。よく見ると表面がわずかにザラついており、艶を落とした色味は、シャンパンよりもアイボリーやクリームと表現した方がしっくりくる。
ダイアルは、センターに時分秒針とパワーリザーブインジケーターを備え、12時位置にデイト表示を配している。それぞれの要素は個性的だが、シンメトリーなレイアウトのためか、不思議とまとまり良く見える。インデックスには多面的なカットが施され、時分針には蓄光塗料が塗布されている。時分針の先端が細く伸びているため、時刻を正確に読み取ることが可能だ。ミニッツマーカーの内側に刻まれた二重のサークルや湾曲した外周部など、凝った造形は全く飽きを感じさせない。
ボンベ型ダイアルに合わせ、ボックス型のサファイアクリスタルを採用する。恐らく固定用のパッキンだろうが、白っぽく見える縁が少々気になったものの、差し込んだ光が優しくゆがむ様子は、ヴィンテージ調の本作によく合う。
セントラルパワーリザーブ
本作の目玉機構が、センターに配されたパワーリザーブインジケーターだ。これは2枚のディスクで構成されており、内側がポインター、外側がスケールとして機能する。ポインターは、先端が太い方を読み取りに使用する。
一般的なパワーリザーブインジケーターでは、スケールが固定され、針などのポインターが動くが、本作の場合はスケールとポインターのどちらも動く。
どのように作動するかを簡単に説明したい。主ゼンマイが解け切った時点では、ポインターがスケールの0を指している。そこからリュウズ操作もしくは自動巻きローターの回転によって主ゼンマイが巻かれていくと、ポインターを配した内側のディスクのみが回転し、16、32、48と、徐々に大きい数字を示していく。そして64を指した後は外側のディスクも一緒に回転するようになり、ポインターは64を指し続けるという仕組みだ。
この動きはオリジナルの機構を再現したものであるが、スケールの開始位置を任意の場所に設定できるというメリットがあるそうだ。
モダンにアップデートされたケース
ダイアルのデザインはクラシカルだが、トータルで古めかしい印象を受けないのは、がっしりとしたケースデザインのためだろう。幅広のベゼルや太く短いラグ、程よい厚みによって、コロンとした存在感がある。ケースサイズは直径38mm、厚さ12.3mmだ。
仕上げはポリッシュを主体としているが、ケースサイドのみ縦方向のサテン仕上げが与えられている。エッジはわずかに丸みを帯びており、温かみのあるダイアルにマッチした柔らかい雰囲気を醸し出している。
ケースバックはねじ込み式だ。これまで登場してきたコンクエスト ヘリテージは、中央にメダリオンを配したソリッドバックであったが、本作ではシースルーバックを採用し、内部のムーブメントを鑑賞することができるようになっている。
ムーブメントは、ロンジン専用に開発されたCal.L896.5である。ベースとなっているのは、薄型自動巻きのETA製ムーブメント、Cal.2892A2だと考えられる。Cal.L896.5では、パワーリザーブインジケーターの機構を組み込んだだけではなく、シリコン製ヒゲゼンマイを採用することによって、高い耐磁性と約72時間のパワーリザーブを獲得している。
ロンジンのロゴをあしらったローターにはコート・ド・ジュネーブが施され、受けにはペルラージュ装飾が与えられている。汎用機ベースながら、十分に鑑賞を楽しめる仕様だ。
本作にフォーマルな要素をプラスしているのが、ブラックのアリゲーターストラップだ。クラシカルな尾錠を組み合わせることで、すっきりとまとまっている。ラグ幅が奇数の19mmであるため選択肢は絞られてしまうが、ストラップを付け替えて楽しむことも可能だ。
ロンジンらしい堅実な着用感
ケースの縦、つまりラグからラグまでの長さは、45.6mmと控えめだ。そのため、腕周り16.5cmの筆者の手首にもぴったり収まってくれる。アリゲーターストラップは、使い始めが硬いものもあるが、本作の場合は非常にしなやかで、装着時に締め付けられるような感覚はなかった。長時間の着用でもストレスを感じさせない手堅い着用感は、実用時計を作り慣れたロンジンらしい。まさに優等生と言うべき好印象だ。
視認性も高い。インデックスに与えられたカットが光を反射し、時分針に塗布された蓄光塗料のホワイトが、十分な視認性を確保してくれる。他ではあまり見られない12時位置のデイト表示は、当初こそ違和感があったものの、慣れれば自然と読み取ることができる。
また、パワーリザーブインジケーターについて、先述した“スケールの開始位置を任意の場所に設定できる”という作動方法は、少し訂正させていただきたい。確かに任意の場所に設定することはできる。しかし、着用しているとローターによって主ゼンマイが常に巻き上げられ続け、スケールの位置がずれていってしまう。ただ、だからと言って何も困ることはないだろう。むしろ、見る度にちょっとずつ変化する表情からは、冷たい機械には宿らない気まぐれな要素を感じることができて微笑ましい。
ホワイト系のダイアルと竹符のブラックアリゲーターストラップの組み合わせは、スーツなどのかしこまった服装には、これ以上ないほどにマッチする。悪目立ちしない上質な時計として、ビジネスウォッチの理想形のひとつと言えるだろう。
故きを温ねて新しきを知る
現在、歴史あるブランドの多くが手掛けているのが、過去に存在していたアイコニックなデザインを最新技術で再現した復刻モデルだ。
しかし、そもそも忠実な復刻を目指したものは極一部であり、大半はオマージュやリスペクトとされる範囲に収まっている。そのため、オリジナルの持つ機能がオミットされていることや、針やケースなどの外装パーツが既存モデルの流用である場合も少なくない。
特に機能に関わる部分では、再現度を高めることが難しい。その背景は技術的な問題だけではないだろう。一般的なムーブメントには、複数のモデルに流用可能な汎用性が求められる。復刻モデルのためだけに特殊な機構を設計開発し、生産体制を整えて在庫を管理するのは、コストがかさんでしまうはずだ。
その点、セントラルパワーリザーブというユニークな機構を再現した本作は、ロンジンの復刻に懸ける執念と情熱を感じさせるものであった。あくまでも筆者の感想だが、この機構に対して実用上のメリットはさほどない。しかし重要なのは、過去の作品に敬意を表し、新たに機構を開発してでも現代によみがえらせようとする姿勢だ。そこには、復刻ブームの火付け役であり、今に至るまでこのジャンルを牽引してきたロンジンのプライドが表れている。
恐らく、同社はこれからもセントラルパワーリザーブを採用したモデルをリリースしていくことだろう。これっきりにしてしまうのは、あまりにももったいない。そうして受け継がれていく意匠が、ブランドのアイコンとなり伝統を紡いでいく。復刻とは単なる焼き直しではなく、未来を拓く鍵なのだ。
https://www.webchronos.net/features/109130/
https://www.webchronos.net/features/107145/
https://www.webchronos.net/features/99537/