1994年にローター・シュミットがジン特殊時計会社を買収して以来、このブランドは技術的革新における最先端の開発を続け、ドイツの腕時計メーカーの注目を浴びてきた。この会社のボスと自らの最初の1本の腕時計、非常に心に刺さる腕時計の数々、そしてあまり知られていない世界記録について話をする機会を得た。
[2024年6月26日公開記事]
ローター・シュミット、育て上げたジンを語る
WatchTime:シュミットさん、ジン特殊時計会社のオーナーそしてマネージングディレクターとして30年舵取りを続けてこられて、その前はIWCでプロダクション・マネージャー、そして開発マネージャーのひとりとしてお仕事をされていました。いつ、ご自身の時計会社を運営したいというお気持ちになられたのでしょうか?
ローター・シュミット:もともと、プラントエンジニアリングを専門とした機械工学の勉強を終えてからすぐに、自らのビジネスを立ち上げたいと思っていました。その後、時計業界にたまたま関わり、1981年にIWCに至りました。1983年、年齢的な理由から自らの会社を売却したいというヘルムート・ジンにコンタクトを取りましたが、お互いを気に入り、何年もやり取りをしながら、時が満ちたということです。ジンでの仕事をスタートしたのは、1993年9月1日、最初はフリーランスとしてです。その1年後に会社を買収しました。
特殊な技術を盛り込んだ「U50」を実現
WatchTime:長くジンの舵を取りを続けていますが、ジンの何があなたを魅了するのでしょうか?
ローター・シュミット:テクニカルな腕時計が多いこのブランドが好きです。それに加え、IWCでは不可能であった、特定の技術を盛り込んだ腕時計を製作できるというところです。
WatchTime:例えばどんなものですか?
ローター・シュミット:例えば、弊社のハイドロ・テクノロジーです。ダイバーズウォッチの内部をオイルで満たし、水中でどのような角度からでも視認できるようにし、同時に完全な防水性を保ちます。もちろん、これには生産レベルだけでなく、サービス面でも必要なことがあります。IWCはこういったものを、世界的なサービスとして組み込むことに懐疑的なのです。その姿勢に理解はできます。その図面上のアイデアを携え、ジンで実行に移しました。
WatchTime:ハイドロは他の時計メーカーにはない、ジンらしいテクノロジーのひとつですね。
ローター・シュミット:はい。残念なことに特許は取れませんでした。実際、私たちの後に同様の設計をしようとしたメーカーがいくつかあったのです。しかしながら、結局断念しています。
WatchTime:アフターケアについてはどのように対応されていますか?
ローター・シュミット:アフターケアが必要な全ての腕時計は、フランクフルトにある弊社まで送られます。アフターケアは集中化する必要があり、IWCはその点では正しかったと思います。ただハイドロを採用した「UX」などのモデルにアフターケアが必要となるのは何年も経ってから、普通はクォーツ・ムーブメントの電池交換が必要になったときです。何にせよそれなりに長い期間の後となります。
ローター・シュミットがジンで初めて手がけた「244」
WatchTime:ローター・シュミットさんが主導した最初のモデルは「244」で、当時チタン製ケースは非常に特別なものとして受け止められました。
ローター・シュミット:1994年当時、チタンを取り扱える時計メーカーはごく限られていましたが、私は「オーシャン2000」などでIWCにおいてケース素材としてのチタンに関する経験がありました。ただ経験はありましたが、克服しなければならない、かずかずの問題を抱えていました。その中のひとつに、ケースを自社で製造していないというものがありました。当時の話です。そのため、スイスの仏語圏でチタン製ケースを製造できるサプライヤーを見つけ、仕事をお願いしたのです。当時のケース素材は純チタンでした。
WatchTime:今でも、最初のモデルに特別な思い入れがありますか?
ローター・シュミット:間違いなく。また244を復刻しないのかと、よくお客様に尋ねられます。まだ決定していませんが、是非考慮したいと思っています。
IWCではギュンター・ブリュームラインの下で働く
WatchTime:IWCでは非常に尊敬されているギュンター・ブリュームラインがマネージングディレクターであり、あなたの直属の上司でした。彼はA.ランゲ&ゾーネを復興させたことで有名です。1990年以降、あなた自身もグラスヒュッテにおける生産部門設立の責任者でいらっしゃいました。ブリュームラインから学んだことはどのようなことでしたか?
ローター・シュミット:たくさんありました。何よりも、彼のビジョンが素晴らしかったです。当時、ステンレススティールと同じくらいの硬さの21Kゴールド合金を見つけ、最初のランゲの時計に採用するよう提案しましたが、却下されました。この素材は大きな革新だと思えたからです。彼の返答は、顧客的には18Kゴールドの方が受け入れやすいであろうというものでした。振り返ってみると、彼は正しかったと思います。とはいえ、基本的には、ギュンター・ブリュームラインの指揮下では自由度の高い仕事ができたのです。彼は仕事を私にやらせてみせて、もし何か技術的な問題が発生したときには、一緒にプロセスを見直して、良い解決方法を見出していたのです。
WatchTime:ジンに話を戻します。事業スタート時のガイドラインはどのようなものでしたか? ジンが他のブランドと差別化できるものはなんでしょうか?
ローター・シュミット:プロダクトは自身を語れるものでなければなりません。当時、広告宣伝に大きな予算をかけることはできませんでした。最初の数年、他の時計メーカーではできない初めてのテクノロジーを迅速に開発し、プロジェクトはうまくいっていました。ジンの時計は話題になり、30%の成長率を見せました。
機構内部を乾燥させ劣化を防ぐArドライテクノロジー
WatchTime:最初のテクノロジーのひとつは、Arドライテクノロジーでしたね。どのようにして生まれたのでしょうか?
ローター・シュミット:私は他の工学分野で、機械装置の内部を乾燥させた状態にすることの重要性を知っています。もし腕時計で機構内部を乾燥したままを保てるのならば、急激な温度変化によって起きる内部の曇りを回避できるので、機械の経年劣化を大幅に抑えられることを意味します。1997年にカナダのユーコン準州で開催されたラリーで、フルダというタイヤメーカーと一緒に試験を行いました。犬ぞり使いが防寒スーツの上から腕時計を着用して臨むレースだったのです。ジンの腕時計はその過酷な状況を耐え抜きました。
腕時計内部の乾燥状態を保つため、密閉した後に内部から空気を抜き、ガスを充填します。当初はアルゴンとヘリウムの混合ガスを使用したものだったので、Arドライテクノロジーの頭文字には、アルゴンの元素記号Arを冠しています。ただ輸出ができなかったため、その後ほかの密封性ガスに置き換えています。現在このための設備はフランクフルトだけでなく、アメリカや日本、その他多くのジンの拠点にもあります。
ドイツ国内での販売方法の変化
WatchTime:販売拠点についてです。ドイツ国内ではヘルムート・ジン時代は直販店で販売する体制を構築しており、現在でもジンにおいて中心的な役割を果たしています。ですが、1995年に最初の専門のディーラーにおける販売拠点を設けています。当時、宝飾品販売店の存在は現在よりも非常に大きかったと思いますが、代理店と取引をしつつ、顧客への直販へと戻るのは難しいことではありませんでしたか?
ローター・シュミット:むしろ逆でした。ディーラーの方から、弊社へとアプローチをしてきたのです。常に問い合わせがあったのですが、ディーラーが望むマージンを提案する機会がなかったのです。結局ミュンスターの宝飾品販売店、エーディング・アーデルが候補として挙がり、委託を受け入れる代わりに低いマージンを了承してくれました。それ以降、そのようなかたちで進んでおり、ドイツ国内に80、その他海外にも拠点を設けています。
「ミッションタイマー」誕生のエピソード
WatchTime:「ミッションタイマー」は、どのように実現したのでしょうか?
ローター・シュミット:この腕時計のシリーズは、ジンのユーザーである国境警備隊の責任者たちとの会話から生まれました。会話を進めていると、国境警備隊が必要とする腕時計についての話題のなかで、「ミッションタイマー」という言葉が出てきたのです。ジンはテクニカルウォッチを専門としているので、私はこの言葉が気に入りました。それ以来、ジンでは特殊な技術を搭載した腕時計を指す名称としてミッションタイマーを用いています。
ミッションタイマーはドイツ語ではEinsatz Zeit Messer(直訳すると“出撃用計測機器”)とつづるので、略してEZMという呼称をモデル名に使用しています。非常に丈夫で、ある種のミッションに特化した機能を備えた腕時計ばかりです。「EZM7」は消防隊向け、「EZM12」は航空レスキュー隊向けとなっています。「EZM12」はそのデザインで、2019年にレッド・ドット・デザイン賞を受賞しています。ちなみに、ミッションタイマーはハイドロ・テクノロジー搭載のUXダイバーズウォッチ「GSG9」シリーズへも展開していきました。
ジン、実はスカイダイビングの世界記録に関わっていた!?
WatchTime:話題を変えて、多くの人々がまだ知らない事実をお伝えいたしましょう。成層圏からのスカイダイビング世界記録の一部にジンがなったことです。グーグル副社長のアメリカ人、アラン・ユースタスは高度41,419mからパラシュートを付けて地球へ向けて降下しました。これは、2012年に高度38,969mから降下した、フェリックス・バウムガートナーのレッドブル・ストラトスの記録を破ったのです。特筆すべきはアラン・ユースタスはメディアの同行を避け、ジンの「857.UTC.TESTAF」を着用していたのです。この挑戦にあなたも関わっていたのでしょうか?
ローター・シュミット:いいえ、当時は全く知りませんでした。この挑戦からしばらく時間が経ち、アラン・ユースタス本人からワシントンの国立航空宇宙博物館に彼のジンが展示されていることを教えてもらったのです。新しい腕時計を贈ろうとしましたが、必要ないとの返事が来ただけでした。2本購入していたので、1本は彼の手に残っているということでした。
1985年にスペースラブD1ミッションで自動巻きムーブメント搭載モデル「ジン140」を着用していた宇宙飛行士ラインハルト・フラーのように、アラン・ユースタスは自らのジャンプのための腕時計を、自分自身で選んでいます。ちなみに、この腕時計のムーブメントは自動巻きではあるものの、手巻きでも巻き上げることができるため、ラインハルト・フラーはこの腕時計が宇宙でも稼働することを示したのです。
今後の経営に関して
WatchTime:今年75歳のお誕生日を迎えられます。すでに継承プランを考えていらっしゃいますか?
ローター・シュミット:現在、会社を基金の手に委ねることを検討しています。
Contact info:ホッタ Tel.03-5148-2174
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