2011年に発表された「ギガ トゥールビヨン」とは、その名が示す通り、理論上、実現困難とされた巨大なフライングトゥールビヨンを腕時計に収めた初の試みであった。その最新作は、極端に湾曲されたケースと、ギリギリまで拡大された風防を持つグランド カーベックスケースをまとったものだ。極大なキャリッジの存在感は、この新しいケースによっていっそう強調される。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan),
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]
コンプリケーションの達人が到達した
完全自社製作が生み出す「革新性」と「稀少性」
直径20mmもの大型のキャリッジを搭載したフライングトゥールビヨン。これだけ重いフライングトゥールビヨンがスムーズに回転するのは、キャリッジに軽いチタンを採用し、セラミックベアリングで保持するため。風防を極端に広げたグランド カーベックスケースが、雄渾なムーブメントを強調する。手巻き(Cal.2111)。29石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約100時間。18KPGケース(縦55.7mm、横38mm)。3気圧防水。4642万円(税込み)。
大きく湾曲した「トノウ カーベックスケース」とビザン数字で一躍世界にその名を轟かせたフランク ミュラー。しかし“MASTER OF COMPLICATIONS”という裏蓋の刻印が示す通り、同社は今も昔も、複雑時計の大家である。事実、フランク ミュラーは創業間もない頃から一貫生産体制を整え、今や、ケースやムーブメントはもちろん、ヒゲゼンマイまで内製するようになった。理由は、自分たちが創造したい時計を作るため、である。
その帰結は2023年発表の「グランド カーベックス ギガ トゥールビヨン」だ。これは直径16.70mmのテンワと直径20mmのキャリッジを持つフライングトゥールビヨンを新造のグランドカーベックスケースに格納したもの。ムーブメントは11年に発表されたものだが、すでにこの時点で、軽くて高効率のエレクトロフォーム製の脱進機と自社製の巻き上げヒゲ、そしてフリースプラングテンプを備えていた。そしてキャリッジの保持は、なんとセラミックベアリング。この傑出して革新的なムーブメントを、同社はまったく新しいケースと融合させたのである。
そもそもケースとムーブメントの間に固定するスペーサーを持たないフランク ミュラーでは、両者の設計と部品加工が厳密でなければ立て付けが悪くなる。しかし設計、部品製造、そして組み立てをウォッチランドに集約し、さらにその純度を高めることで、内外装の完全な融合を成し遂げたのだ。
もっとも、これほど巨大なキャリッジを持つトゥールビヨンを組める時計師は、フランク ミュラーでも数えるほど。存在感だけではなく、稀少性でも、本作は飛び抜けた存在なのである。
躍動する「マスターズ コレクション」醍醐味の秘密
現行品でも稀な造形を持つキャリバー1700系を、新しいグランド カーベックスケースに収めたのがこの新作だ。10時半位置からのぞく約7日間のパワーリザーブ表示が、このモデルの非凡な基礎体力を示す。決して小さくない腕時計だが、湾曲したケースが優れた装着感をもたらす。手巻き(Cal.FM1702)。25石。1万8000振動/時。左はSS×18KPGケース、右はSSケース(縦53.1×横36mm)。各50本限定。左は予価396万円(税込み)、右は予価324万5000円(税込み)。今秋発売予定。
フランク ミュラーらしさを感じさせる自社製ムーブメント搭載モデル。その白眉は7日巻きのCal.FM1700系を搭載した「グランド カーベックス 7デイズ パワーリザーブ」だ。ムーブメントを設計したのは、かのピエール・ミッシェル・ゴレイ。ジェラルド・ジェンタの右腕として、レトログラードやミニッツリピーター、そしてグランソヌリなどを手掛けた大設計者だ。後にフランク ミュラーで辣腕を発揮した彼は、さまざまなコンプリケーションを設計するだけでなく、フランク ミュラーの生産体制をも刷新した。事実、R&D部門に所属するパスカル・オッフォアは「マニュファクチュールとしての体制が整ったのはゴレイ氏のおかげ」と明言する。
そんな大設計者による最後の「作品」が、2007年に発表されたCal.FM1700である。彼がキャリアの集大成にお家芸のコンプリケーションを選ばなかったのは意外だが、FM1700の完成度を見れば納得だ。大きく湾曲した受けや、ビス留めのシャトン、手作業で磨かれたエッジは、現行機で最もクラシカルなものだろう。加えて、ヒゲゼンマイは自社製。そして、軽いエレクトロフォーム製の脱進機は、このムーブメントに約7日間の長いパワーリザーブをもたらした。
ゴレイとともにFM1700系の開発に携わったのは、06年入社のパトリック・ペレだ。「単独香箱ではトルクが足りないので、香箱の数を増やしました。テンワの慣性モーメントは16mg・㎠、テンプの振り角は300度」。だが、主ゼンマイのトルクはわずか640gf・mm。理由は、軽い脱進機のおかげだ。
「FM1700を導入した頃から、脱進機とアンクルは自社設計のエレクトロフォーム製に変更しました。公差が2ミクロンで、しかも正確な形状を出せるのがメリットです。また、スティール素材ではなく、ニッケル合金製のため、軽くてロスが少ないのです」と、ペレはそのメリットを語る。
ちなみに、このムーブメントは、超大作「エテルニタス」や「ギガ」の兄弟機だと設計者のパスカル・オッフォアは語る。例えば、文字盤の10時半位置に設けられたパワーリザーブ表示。これはメカニズムも含めてエテルニタスにほぼ同じ。垂直に積み上げたダブルバレルもエテルニタスに共通するものだ。またソフトなジュネーブ仕上げや、かなり深い面取りも、エテルニタスから転用されたという。つまり“MASTER OF COMPLICATIONS”のノウハウが、あますところなく、このムーブメントに投じられたわけだ。
それを格納する外装も、今のフランク ミュラーらしいものだ。新しいグランド カーベックスケースは、基本的なラインこそ従来に同じだが、風防がケースギリギリまで拡大されたほか、ケースの湾曲が強まり、ストラップとのつながりがより強調された。すでにあるようで新しい、というのはムーブメントにまったく同じなのである。
フランク ミュラーらしさが横溢する、自社製ムーブメントを持つモデルたち。同社がこれを「マスターズ コレクション」と銘打ったのも納得だ。もちろん、名称の由来は“MASTER OF COMPLICATIONS”から。しかし、マスターズ コレクションの細部に目を凝らせば、フランク ミュラーの工房に所属する、さまざまなマスターたちの息吹が感じられるに違いない。
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