『クロノス日本版』本誌でも多用してきた「ラグジュアリースポーツウォッチ」というターム。しかし何が必要条件なのかは、時計業界の誰も理解していないようだ。そこで本記事は、新時代のラグジュアリースポーツに求められる条件を再定義してみたい。少なくとも“ラグスポ”=高価格なスポーツウォッチでないことは分かるはずだ。
Photographs by Eiichi Okuyama , Masanori Yoshie
広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌)、細田雄人(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan),Yukiya Suzuki (Chronos-Japan), Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年11月号掲載記事]
『クロノス日本版』が定義するラグジュアリースポーツの新条件
ラグジュアリースポーツウォッチほど、定義が曖昧なジャンルはないだろう。ある人は、高級メーカーが作ったスポーティーウォッチをそう呼び、ある人は見た目の良いスポーツウォッチはすべて“ラグスポ”になる、と述べた。対して、本誌では「スポーツウォッチに近い性能と、ドレスウォッチ譲りの良質な外装、そして優れた装着感を持つもの」を新世代のラグジュアリースポーツウォッチと定義したい。
具体的には①フリースプラングテンプの採用、②ブレスレットのコマがネジ留め式、③優れた装着感、④100m以上の防水性能、⑤ポリッシュとサテン、異なる仕上げのコンビネーション、⑥十分な蓄光塗料の6点を持つ時計となる。
ヒゲゼンマイの有効長を変えることで、時計の緩急を調整する緩急針。対して、テンワの慣性を変えて調整するのがフリースプラングテンプである。かつては一部の高精度時計でしか見られない機構だったが、ショックに強いという特徴は、スポーツウォッチにこそ向いていた。ラグジュアリースポーツウォッチの可能性を大きく広げる、フリースプラングテンプ。磁気帯びしないシリコン製部品と共に、今後、最も注目すべきポイントだ。
スポーツウォッチと普通の時計の大きな違いは、防水性能と耐衝撃性である。そして近年は、緩急針を持たないフリースプラングテンプが、後者の切り札となりつつある。
そもそもフリースプラングテンプとは機械式時計に等時性を与えるものだった。しかし、この機構は過酷な環境で使われるスポーツウォッチにより適していた。緩急針がないため強いショックでヒゲゼンマイが変形しても絡むことはないし、緩急針が勝手に動いて精度を狂わせる心配もなかったのだ。とりわけ高い振動数とフリースプラングテンプの組み合わせは、スポーツウォッチには理想的なものだった。かつて、この優れたテンプを採用できるメーカーは、ロレックスとパテック フィリップ、そしてヴァシュロン・コンスタンタンやオーデマ ピゲの一部モデルに限られた。しかし、今やグランドセイコーやザ・シチズンも一部モデルに採用し、さらに10万円台の機械式時計にも見られるようになったことを思えば、新時代のラグジュアリースポーツウォッチの条件に、フリースプラングテンプを加えてもよいだろう。
ちなみにフリースプラングテンプでなくても、スポーツウォッチの耐衝撃性は改善できる。しかし、その場合は、ブライトリングのキャリバー01のように緩急針が強固に固定されているか、ケース自体が高い耐衝撃性能を持つ必要がある。真似できるメーカーは多くないだろう。
今も昔も、高級時計の第一条件は長く使えること、である。そう考えると、ブレスレットコマの連結部は丈夫なほうが望ましい。かつての薄くて軽いラグジュアリースポーツウォッチであれば、連結部は細いピンやCリングでも問題なかった。しかし重い時計の場合、連結部はネジ留め以上であるべきだろう。長期の使用に耐えられるだけでなく、強いショックを受けても、ブレスレットが破損する心配も少ない。
ふたつ目の要件が、ブレスレットのコマがネジや太いバー、またはリンクで固定されていること、である。そもそもスポーツウォッチのブレスレット連結部には大きな負荷がかかる。ヘッドの重い時計であればなおさらだ。一昔前のものはさておき、いまラグジュアリースポーツウォッチを謳うならば、ブレスレットコマの連結部は、簡素なCリング以上であるべきだろう。また長期間使えるのが高級時計の条件と考えれば、やはりリンクは頑丈であるべきだろう。ただしこれはSS製ブレスレットの場合だ。チタン製や薄いブレスレットでは、Cリングのほうが向いていることもある。
ラグジュアリースポーツウォッチの方向性を定めたのがオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」だ。このモデルは傑出した仕上げに加えて、優れた装着感で支持された。頑強さを重視するスポーツウォッチに対して、装着感に重きを置くラグジュアリースポーツウォッチ。2000年以降、その在り方は大きく変わったが、良い着け心地という条件は今も昔も不変である。
3番目のポイントが、優れた装着感である。今でこそ着け心地のよいスポーツウォッチは増えたが、そもそもは過酷な環境で使われるものだ。求められるのは装着感以上に、頑強さや高い気密性となる。一方、多くのラグジュアリースポーツウォッチは、丈夫さよりも優れた装着感をセールスポイントとしてきた。かつて強調されたのは、オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」やパテック フィリップ「ノーチラス」がそうであったように、薄いケースであり、後には滑らかなブレスレットも加わった。
2000年以前、良質なブレスレットを持つ時計は数えるほどしか存在しなかった。しかし、切削という手法が普及したことで状況は一変した。その恩恵を最も受けたのが、ラグジュアリースポーツウォッチだったのである。
負荷がかかるスポーツウォッチのブレスレットは、ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ」のそれや、ロレックス「オイスターブレスレット」のようにコマ数を減らすのが定石だ。コマ数が少なくなると左右方向に適切な遊び、つまり滑らかな感触を持たせにくくなるが、ブレスレットは頑強になる。
かつてのロイヤル オークやノーチラスが、コマ数の少ないブレスレットとしては例外的に優れた触り心地を誇ったのは、手作業で間隔を調整できるだけのコストをかけられたためだ。しかし、切削の普及により、今や中価格帯のラグジュアリースポーツウォッチであっても、滑らかなブレスレットを持てるようになったのである。加えて優れた工作機械は、時計メーカーの、ブレスレットウォッチに対する心理的なハードルを大きく下げた。仮に最新の工作機械がなければ、ブレスレットにノウハウを持たない新興メーカーが、ラグジュアリースポーツウォッチを作ろうとは思わなかっただろう。
かつて100m以上の防水性能を持つには、ねじ込み式のケースバックとリュウズが必要とされていた。しかし、ケースの加工精度が上がり、ケースの気密性が高まった結果、裏蓋がねじ込み式ではなく、ネジ留めであっても、高い防水性能を持てるようになったのである。その結果、ラグジュアリースポーツウォッチは1970年代にそうであったような、薄いケースを持てるようになった。
そして4番目の条件が100m以上の防水性能となる。ケースの気密性が上がった現在、ねじ込み式の裏蓋でなくても高い防水性能を持てるようになった。厳密な意味でのラグジュアリースポーツウォッチではないにせよ、極薄ケースで100m防水を実現したブルガリの「オクト フィニッシモ」は、その最も優れたサンプルと言える。また、今回は取り上げないが、ノモス グラスヒュッテのスポーツウォッチである「アホイ」も、10mmを切る薄いケースにもかかわらず、200mもの防水性能がある。
あくまで機能上の要素でしかなかったスポーツウォッチの仕上げ。しかし、1972年発表のロイヤル オークは、それを美観上の要素に昇華させた。加えて、ポリッシュ仕上げを併用することで各メーカーは、時計に立体感をも盛り込めるようになったのである。近年、急速に認知度を高めるラグジュアリースポーツウォッチ。それを促したのは、ドレスウォッチを思わせる高級な仕上げだった。
5番目のポイントが、ポリッシュとサテンという仕上げのコンビネーションだ。そもそもサテン仕上げは、ケースの傷を目立たせない手法だった。しかし、1972年のロイヤル オークは、それをデザイン上のハイライトとして前面に押し出した。加えて、すべてをサテンにするのではなく、一部にポリッシュ仕上げを加えることで、薄いケースに立体感を盛り込むことに成功した。機能的な要素を美観上の要素に昇華させることで、ラグジュアリースポーツウォッチはスポーツウォッチとは別物になった、と言えるだろう。この手法は、2000年以降、いたるところで使われるようになった。ポリッシュとサテンの仕上げは、切削で作られた角張ったケースと、極めて相性が良かったのである。
ラグジュアリースポーツウォッチとモダンなドレスウォッチを分ける最も大きな要素が、針とインデックスの蓄光塗料である。スポーツウォッチを謳う以上、その時計は高い視認性を持たねばならない。かつて、細い針やインデックスに十分な夜光塗料を充填するのは難しかったが、素材の進化は見た目と視認性を両立させたのである。
そして最後の条件が、十分な蓄光塗料だ。ジェラルド・ジェンタは、ロイヤルオークの開発に際して、針や文字盤にたっぷりと夜光塗料を載せられることを重視した。モダンなドレスウォッチと、ラグジュアリースポーツウォッチの違いは、大きく言えばこの点だろう。加えて、蓄光塗料の発光量が増えた現在、ドレスウォッチと見紛うほど細いインデックスや針にも、暗所での高い視認性を盛り込めるようになった。ここ数年でラグジュアリースポーツウォッチのデザインが多様化した一因には、間違いなく、蓄光塗料の進化がある。
もちろん、本誌が挙げた6つの条件をすべて満たす必要はない。しかし、第一級のラグジュアリースポーツウォッチが、ほぼ網羅していることを考えれば、これらのポイントは、今後ますます重要になっていくだろう。
次世代ラグジュアリースポーツウォッチ事例研究
次世代を担うラグジュアリースポーツウォッチには何が望ましいのだろうか? すでに前項において、本誌が考える新条件を提示した。果たして“ラグスポ”をスポーツウォッチと隔てる分水嶺はどこに聳えているのか?その鍵は、機能と美観の均衡の取り方にあるように思われる。ここでは本誌が提唱する“ラグスポ”の条件に照らして4つのテーマでより具体的な事例研究を試みる。
Case Study①
ブレスレット
“ラグスポ”もスポーツウォッチの一種である以上、実用レベルの防水性と耐衝撃性は必要だ。加えて、メタルブレスレットが多用されるため、日常的な使用であっても継続的に負荷がかかるブレスレットのコマ、それも連結部の強度と耐久性が要求されるのは当然だ。したがって、ブレスレットのコマは、頑強なネジ留めが望ましいが、優れた装着感に加え、見た目のエレガンスも蔑ろにできないのが“ラグスポ”である。あからさまなネジ留めはブレスレットの一体感と滑らかさを損ない、結果、装着感にも悪影響を与えることになる。ここで挙げた3モデルのブレスレットを見ても、ネジが露出するような無骨さは皆無だ。
といって、決して耐久性を疎かにはしていない。例えば、編集部が注目した新生「パシャ ドゥ カルティエ」。そのコマはネジ留めではないが、比較的太いバーで固定されている。もちろん、ケースとブレスレットの連結部がガタつくことはなく、他社のブレスレットに比して、コマとコマの隙間が大きいにもかかわらず、左右の無駄な遊びもほとんどない。そして〝ラグスポ〞である以上は避けて通れない美観に関しても、正面だけでなく、横から見ても裏から見ても、ブレスレットには一体感があり、全方位で機能と美観の均衡が絶妙なのだ。
回転ベゼルとクロノグラフによって、スポーティーに進化したパシャ。ブレスレットには工具なしで長さ調整可能な「スマートリンク」とワンタッチ取り外しの「クイックスイッチ」を採用。自動巻き(Cal.1904-CH MC)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約47時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.97mm)。10気圧防水。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-301-757
すなわち“ラグスポ”とは“ラグジュアリー”だけでも“スポーツ”だけでもダメで、この両者を兼ね備えねばならない。その意味で、ケースとブレスレットがひとつながりになったウブロ「ビッグ・バンインテグラル」は、スポーツ系ウォッチに耐久性を持たせるために、ウブロが採った最適解と言っていいだろう。
(下)スポーツウォッチの定石に則って、コマを少なく、大きくすることで、ブレスレットに剛性を与え、手首にしっかりとホールドさせ、かつ左右のガタもほとんどない。さらに、コマにはサテン仕上げに加え、センターリンクにはポリッシュ仕上げを施し、初作ながら見事にラグジュアリースポーツウォッチのブレスレットとして成立させている。
それに対して、ウルバン ヤーゲンセン初のスポーティーウォッチとして誕生した「ワン」は、この3モデルの中で最もスポーツ寄りのブレスレットを持つと言えるかもしれない。ひとつひとつのコマを大きくし、数を減らすことで、ブレスレット全体の剛性感と耐久性を高めている。コマ自体にも緩いカーブを与えることで、手首に沿うようにホールドする工夫もされている。作りこそ手堅いが、サテンとポリッシュ仕上げを併用することで、巧みに“ラグスポ”に仕立てることに成功したのだ。同社のように、たとえ経験がなくとも、適切なサプライヤーを選択すれば、これだけのクォリティのブレスレットが出来てしまうところに、今いかに時計業界においてメタルブレスレットの質が重視され、実際にそのノウハウが底上げされてきたかが見て取れる。ブレスレットの機能と美観を両立できた要因は、〝ラグスポ〞の普及と深化にあることは間違いない。
マットホワイトが爽やかな日本限定モデル。統合したケースとブレスレットはチタン製。クロノグラフ機構が日の裏輪列側に集約されたムーブメントは、ダイアルを通して鑑賞することが可能だ。自動巻き(Cal.HUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径42mm、厚さ13.45mm)。10気圧防水。(問)LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055
クラシックなデザインを得意とするウルバン ヤーゲンセンのSS製スポーティーウォッチ。一目で同社と分かるデザインながら、実用的な防水性を持つ7ピースケース、蓄光塗料を塗布した針とインデックス等、実用性を高めた仕様を持つ。自動巻き(Cal.P5)。34石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.1mm)。120m防水。(問)レ・ザルティザン Tel.03-5940-7797
Case Study②
ムーブメント
スポーツウォッチに限らず、防水性、耐衝撃性、耐磁性は“ラグスポ”にとっても活躍の場を広げるために“あらまほしき”ことだ。そのうちムーブメントに関わる性能は、耐衝撃性と耐磁性である。前者は、強い衝撃を受けるとずれてしまい、時計の精度に影響を与える緩急針を取り除いたフリースプラングテンプ、後者は磁場の影響を受けない非磁性のシリコンなどを素材に使用したヒゲゼンマイや脱進機を採用することで、対処することができる。時計の正確さから言うと、精度を司る調速機であるテンプの振動速度もムーブメントにとっては重要だ。そもそも衝撃に強いフリースプラングが高振動(毎秒8振動以上)であれば、衝撃だけでなく外乱にも強くなり、精度の安定性は一層高まる。
その点、A.ランゲ&ゾーネが満を持して発表した初のスポーティーウォッチである「オデュッセウス」は、毎秒8振動のフリースプラングテンプを持ち、外乱と衝撃に対して強い耐性を持つことが想定される。一見、緩急針に思える可動ヒゲ持ちをスワンネック型のバネでしっかりと固定している点も、精度と耐衝撃性の観点から高く評価できる。まさに同社渾身の“ラグスポ”と言っていいだろう。
満を持して発表されたスポーティーウォッチ。完全に分解可能なケースに収められたムーブメントは、ローターと地板の接触を防ぐピンや保油力を高めるための大きなガンギ蓋石を備える。自動巻き(Cal. L155.1DATOMATIC)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径40.5mm、厚さ11.1mm)。12気圧防水。(問)A.ランゲ&ゾーネ Tel.0120-23-1845
耐磁性に対して強いのは、何といってもシリコン製のヒゲゼンマイと脱進機を採用するブレゲの「マリーン」だ。加えて、フリースプラングテンプは毎秒8振動であるから、精度面においても盤石だ。自動巻き機構は片巻き上げのため、小さな振動でもしっかりと巻き上がり、普段、腕の動きの少ないオフィスワーカーにとっても有用だ。これだけのスペックを持ちながら、ゴールドケースにラバーストラップという組み合わせは、機能だけでなく美観も追求するブレゲの、いかにも“ラグスポ”らしい選択だ。
(下)Cal.1300.3の最大の特徴はアルミニウム合金製の地板と受けを持つことだ。結果、軽量なチタン製ケースとブレスレットとのバランスも良く、手首に軽快にフィットする。チタン製ブレスレットと、低振動だが、耐衝撃性を持つフリースプラングテンプの組み合わせで、F.P.ジュルヌのスポーツラインを担う。
F.P.ジュルヌ「オートマチック・リザーブ チタニウム」は、この3本の中で最もスポーティーな見た目を持つ。チタンケースを採用するが、注目すべきはムーブメントの素材である。軽量化のために地板と受けの素材にアルミニウム合金を採用しているのだ。チタン製ケースは他社の“ラグスポ”モデルにも存在するが、アルミニウム合金製のムーブメントは非常に珍しい。同社はゴールド製の地板と受けの採用を基本としているだけに、「ラインスポーツ」を謳ったコレクションにアルミニウム合金製ムーブメントを搭載することは、他社以上に特別感を与える。
いずれもシースルーバックから装飾が施されたムーブメントを鑑賞できるのも“ラグスポ”にとっては欠かせないことを最後に付記しておく。
ブレゲの特徴的なデザインコードをスポーティーにまとめ上げたマリーン。ツートンで仕上げられたダイアル中央にはアイコニックな波模様のギヨシェ装飾が施され、モデルのルーツである海との深い関わりを思わせる。自動巻き(Cal.777A)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ11.5mm)。100m防水。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
ケースにチタン、ダイアルとムーブメントにアルミニウム合金を採用し、軽快な着用感を実現させたモデル。120時間以上ものロングパワーリザーブやフリースプラングテンプを備えたムーブメントは実用性にも優れる。自動巻き(Cal.FPJ1300.3)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約120時間。Tiケース(直径44mm、厚さ11mm)。3気圧防水。(問)F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931
Case Study③
ダイアル
文字盤を見やすくすると高級感は損なわれ、質感を高めると視認性は悪くなる。これがかつてのスポーツウォッチが、こぞってツヤ消しの黒文字盤を持った理由である。もっとも、いくつかの例外はあった。スポーツウォッチとしては珍しい、ツヤのあるラッカー仕上げの黒文字盤を誇ったのはロレックスである。「オイスター パーペチュアル GMTマスター」や「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」がありきたりのスポーツウォッチと見なされなかった一因は、明らかにこの文字盤によっている。ちなみにこの仕上げはアメリカ向けの安価なスポーツウォッチに多く模倣された。
1920~30年代の高速鉄道から着想を得た流線形フォルムが特徴のコレクション。その3針モデルは、マトリックスグリーンのフュメダイアルをまとう。高い防水性と、細かなモノリンクで構成されるブレスレットが使い勝手の良い1本だ。外周に向かって色が濃くなるフュメダイアルは、審美性と視認性を高レベルで両立したもの。加えて、文字盤表面にツヤ消しのラッカーを薄く吹くことで、強い光源にさらしても針が文字盤に埋没しにくい。今の時代だからこそできた、ラグジュアリースポーツウォッチの新表現である。自動巻き(Cal.HMC 200)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.9mm)。120m防水。(問)エグゼス Tel.03-6274-6120
1970年代以降、スポーツウォッチのラグジュアリー化を図る各社にとって、視認性と高級感の両立は大きな課題となった。まず各社が取り組んだのは、文字盤の下地を作り込む手法だった。これは30年代から存在していたが、90年代以降大きく進化した。先駆けはブランパンの「トリロジー」だろう。
文字盤への取り組みが加速したのは、2010年以降だ。風防の無反射コーティングが透明に近づいた結果、文字盤の発色は極めてクリアになったのである。各社は、文字盤にさまざまな色を与えようと試み、一方で、視認性を確保するような工夫を加えた。ここで挙げる3つのモデルは、そういった“新しい”文字盤を持つ時計の好例だ。
スクエアケースとラウンドダイアルの組み合わせが個性を放つ。ケースは力強いサテン仕上げを基調としつつ、随所に施されたポリッシュ仕上げの面取りによって立体感を表現。ローターの形状は着想元である車のホイールがモチーフだ。自動巻き(BR-CAL.321)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。(問)ベル&ロス 銀座ブティック Tel.03-6264-3989
H.モーザーの「ストリームライナー・センターセコンド」は、ラグジュアリースポーツウォッチにお得意のフュメダイアルを合わせた試みである。文字盤の中心はスポーツウォッチらしからぬほど明るいが、外周にダークトーンを与え、全体にツヤ消しのラッカーを吹くことで、高い視認性も得た。
ベル&ロスの「BR05 ブラック スティール」は、ミリタリー風味を残しつつ、うまく“ラグスポ感”を加えたもの。強い筋目を付け、おそらく銀メッキを施した文字盤に、ブラックラッカーを浅く吹いている。これはラグジュアリースポーツウォッチの定石だが、さすがにベル&ロスは表現がこなれている。単なるブラックに見せないのは巧みだ。
いっそううまいのは、グランドセイコーの「スプリングドライブ クロノグラフ GMT」だ。文字盤はおなじみの磨き上げたブラックラッカー仕上げ。スポーツウォッチとしては“強すぎる”が、わずかにツヤを落としている。また、鏡面仕上げの針とのコントラストも極めて高い。インデックスや針から夜光塗料を省いたのは視認性に対する自信の表れだろう。
18KYG×セラミックベゼルが特徴。押し心地を変えず、プッシャーを小型化し、装着感を向上させた。高精度かつ頑強なスプリングドライブはスポーティーな場面にふさわしい。自動巻きスプリングドライブ(Cal.9R86)。50石。パワーリザーブ約72時間。SS×18KYG×セラミックケース(直径43.8mm、厚さ16.1mm)。10気圧防水。世界限定500本。(問)グランドセイコー専用ダイヤル Tel.0120-302-617
Case Study④
ケース
「ラグジュアリー」と「スポーティー」という、相反する要素を両立しなければならないラグジュアリースポーツウォッチ。そんなジャンルにおいて、時計全体のイメージを左右するケース造形は最も重要な要素だ。ケースを薄く作らなければドレッシーにならず、かといって幅広い用途で使用することを考慮すると、衝撃への耐性も不可欠だ。また、スポーティーさを表現するためには立体感も必要となる。そのため現代のラグジュアリースポーツウォッチでは、切削加工技術の向上も相まって、ケースをいかに“らしく見せるか”が鍵になる。
ブルガリの代表作であるオクトをよりドレッシーに仕立て上げたオクト ローマ。ケースは曲線が際立った柔らかな表情を持つ。リンクを短く、幅を狭くしたブレスレットは、心地の良いしなやかさと剛性感を両立させている。多くの面を持つオクト ローマのケースは、サテンとポリッシュ、ふたつの仕上げによる使い分けの効果をより実感できる好例だ。厚さ10mmを切るドレッシーなケースに、面によって異なる仕上げを与えることで立体感を強調。エレガントな同モデルにスポーティな印象を付与した。自動巻き(Cal.BVL191)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm、厚さ9.25mm)。50m防水。(問)ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100
ポリッシュとサテン、ふたつの仕上げを併用することでケースに高級感を与える手法はすでにおなじみだが、ブルガリ「オクト ローマ」は加えて、ケースを多面化することで立体感を付与した好例だ。ケース厚そのものは9.25mmしかないが、どの角度から見ても複数の面で構成されるオクト ローマは薄型時計にありがちなフラット感が一切ない。オリジナルのオクトと比較すると造形は簡略化されているが、しかしそれでもこれだけの凝った外装をミドルレンジの量産機が持っている点は、次世代ラグジュアリースポーツならではの特徴と言える。
(右)クロノグラフを搭載し、立体的な造形を持つトンダグラフ GTのケースは一見、スポーツウォッチのようにも思える。しかし、そこにポリッシュ仕上げやコインエッジベゼルといったラグジュアリー要素を併せることで、シーンを問わず使える柔軟さを与えた。
クロノグラフを搭載するパルミジャーニ・フルリエ「トンダグラフ GT」は、強調されがちなスポーティーテイストとのバランスを取るための工夫が見て取れる。多くの同ジャンルの時計がサテン仕上げを基調に、ポリッシュをアクセントとして使用するのに対し、トンダグラフGTではサテン仕上げを控えめにし、ミドルケースの仕上げをポリッシュ中心とした。さらにトンダよりもドレッシーなコレクション、トリックの一部が採用するモルタージュ装飾をベゼルに施すことでエレガントさを強調したのだ。ケース厚が13.7mmあるクロノグラフながら、同作を時計愛好家が口をそろえて“ラグスポ”と評価したのは、単に一体型ブレスレットを有しているからだけではない。
7時位置のフライングトゥールビヨンと、ブリッジに施された星形スケルトン加工が特徴。ケースは軽量なチタン製。ジュネーブ・シールの基準を満たすムーブメントは、素材や潤滑油を見直し、スケルトンウォッチの弱点である耐久性と耐磁性を向上させた。手巻き(Cal.RD512SQ)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti+DLCケース(直径42mm、厚さ12.7mm)。10気圧防水。世界限定88本。(問)ロジェ・デュブイ Tel.03-4461-8040
ダイアルのクル・トリアンギュレール装飾やベゼルのモルタージュ装飾など、エレガントな意匠を盛り込みつつも、バイカラーのダイアルがスタイリッシュな印象を持つ。人間工学に基づくブレスレット、実用的なアニュアルカレンダーによって、日常使いにも向く。自動巻き(Cal.PF043)。56石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース(直径42mm、厚さ13.7mm)。100m防水。(問)パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745
スポーツウォッチほど頑強さを求められない分、ケースデザインに制約がかからない同ジャンルは、遊び心を追求するロジェ・デュブイにとって格好のフィールドだ。「エクスカリバー シングル トゥールビヨン」が持つ軽量かつDLCがかけられたTiケースは純然たるスポーツウォッチのようにも思えるが、リュウズガードやベゼル、ラグが多面で構成されるなど、デザインの凝り具合はラグジュアリースポーツウォッチのそれだ。決してスポーツウォッチには採用されないフライングトゥールビヨンをこのようなケースに収める同作も、“ラグスポ”のひとつの在り方と言える。