圧延が終わった板材は20cmの長さにカットされ、4本を1セットとしてダイスにセット。一気に巻き締められるお馴染みの光景に進んでゆく(いや、ヒゲゼンマイの巻き締め作業を見せてくれる工房など、実際には片手に余るくらいなのだが……)。ヒゲゼンマイの間隔(隙間)は、ダイスにセットされる母材の本数で決まる。4本を一度にセットする場合、ヒゲゼンマイの間隔は母材3本分だ。その後、500〜700℃で焼き入れをして、“ヒゲゼンマイの原材料”が完成する。外端カーブなどが施されていないこの状態を“ロウ・ヘアスプリング”(生ヒゲゼンマイとでも言おうか)と呼んでいることを、筆者は今回の取材で初めて知った。
2012年から経営を引き継いだ、メイランファミリーのエドゥアルド・メイランは、H.モーザーに新たな福音をもたらした。そのひとつが、徹底した“ピュアネス”だ。反骨精神に富んだこの新たな盟主は、スイスネス法の制定に伴って内製率規定が大幅に引き上げられた「SWISS MADE」の表記基準に対する皮肉を込めて、自社の製品からすべてのSWISS MADE表記を取り去ってしまった。これはもちろん、H.モーザーの製品が、新しいSWISS MADE基準を満たさないことなど“絶対にありえない”というメッセージでもある(実際には95%以上のパーツがスイス製だ)。さらに「ベンチャー・スモールセコンド ピュリティ」を始めとする一部のモデルからは、自社のロゴまで取り去ったのだ。ここで我々は、創業者ハインリッヒ・モーザーが遺した言葉に、もう一度立ち返ることになる。
本当に優れた品質を持つならば、その商標を示すタグなど不要なはずだ。
メイランファミリーが経営に参画して以降、ややブランドイメージを変えたかに思えたH.モーザー。しかしその実、創業者の残した高品質への希求も、中興の祖とも言えるランゲ博士がこだわり抜いた自社製のキーパーツも、そっくりそのまま現代に受け継がれているのである。