本田雅一、ウェアラブルデバイスを語る/第3回『スマートウォッチと体験の質』

スマートウォッチの中で、フィットネスやスポーツ時の使用に特化したものを製造するメーカーもある。代表的なのがGPS機器を得意とするガーミンや携帯型心拍数モニターの老舗、ポラールだろう。写真左のガーミン「ForeAthlete® 935」は付属のアクセサリーを使用することでランニングフォームが分析でき、同右のポラール「M600」では最新の6LED光学式手首型心拍計による高精度な心拍計測など、専用機ならではの機能の充実ぶりが魅力だ。
「ForeAthlete® 935」。繊維強化ポリマー(直径47mm)。5万7800円(税別)。㉄ガーミンジャパン☎049-267-9114
「M600」。シリコン(縦45mm×横36mm)。4万4800円(税別)。㉄ポラール・エレクトロ・ジャパン☎03-5308-5741

Apple Watch Series 3が秘める可能性

 初代Apple Watchが登場した際、手軽に交換できるバンドのシステムや精緻な加工が施されたステンレスバンド、ケースの磨きといったこだわり、マグネットを多用するという時計製品の禁忌を破る商品企画などに驚きつつも、毎日、腕に装着したいと思える製品ではないと感じていたのは、「腕時計専用機」対「腕に装着する汎用コンピューター」という図式で見たときの体験が未成熟だったからだと、Apple Watch Series 3を使い始めてやっと理解した。

 Apple Watchを“腕に装着するiPhone”と考えるなら、まずはiPhoneで何をしているか? を考えてみるといい。iPhoneの基本的な機能。もちろん通話もあるが、さまざまな情報サービスとつながり、通知を受け、何らかの反応をし、自ら情報サービスにアクセスする。そんな使い方に集約できるだろうか。

 ところが初期のApple Watchは通知の手法と通知をするか否かの選別を行いづらかった。そして、そもそもあの小さな画面とダイヤル/ボタンを使ったユーザーインターフェイスの洗練度が低かったのだ。さらに決定的な問題として、通知を受けて内容を確認しようとしても、なかなか中身が表示されないなど、体験の質そのものも低かった。

 スマートフォンをカバンから取り出し、アプリを開く方がずっとメールなどの内容を把握しやすく、しかもトータルの時間も短いとするなら、小さな画面に情報が表示されるまでじっと我慢するよりもスマートフォンを取り出すことを、僕は選ぶ。だから、ハイブリッドウォッチを好んだのだ。

 しかしその後、アップルはwatchOSと標準装備のアプリを磨き込むことで、基本デザインこそ変わらないものの、その能力を大幅に向上させた。Apple Watchの進化はiPhoneと同様、OS(基本ソフト)とハードウェアのそれぞれが個別に進歩し、古いハードウェアでも能力的に対応できる範囲で新しいOSの機能、使い勝手が得られるようになっている。

 Apple Watch Series 3を使う気になれたのは、この世代ではじめて「時計として腕時計よりも良い」と感じられたからだ。現時点において「Apple Watchを使いたい」と思わせるアプリ・機能は、アップル自身が開発、組み込んでいるものが大半であり、そうした意味ではまだ“汎用コンピューターとしての長所”を十分に引き出せているとは言えない。

 たとえば、僕がApple Watchを使い始めたのは、ご多分に漏れずスポーツ/フィットネスが理由だ。純粋に“走ること”だけが目的ならば、このところシェアを急拡大しているガーミン、あるいは心拍系トレーニングでは老舗のポラールの方が使いやすいかもしれない。それでもアップルを選ぶ理由はその先に“未知の領域”、アプリ開発者が生み出していく新しい価値が期待できるからである。

 しかし、一方で未知の領域に誘ってくれるかもしれないという期待は、“まだそこまでのエコシステム(※編集部注)を完成させていない”という意味で、課題として残っている部分にある。アップル以外のデベロッパーが作るApple Watchアプリは、まだ夢を見させてくれるほど発展していないと思うからだ。

 では何が問題なのか。次回はそんなところに踏み込んでみたい。

※編集部注
複数の企業によって構築された、製品やサービスを取り巻く共通の収益環境。(中略)スマートフォンを中心に、アプリケーションソフト(中略)などの関連製品が、つながりをもつ全企業に収益をもたらす環境を構築している例などが挙げられる(出典:デジタル大辞林)。

本田雅一(ほんだ・まさかず)
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。