ハイエンド路線を志向する“新生オリエントスター”。基礎設計が1970年代に遡る46系ムーブメントのブラッシュアップの他、高級時計然とした佇まいを醸す。職人の手作業で先端を曲げた針や、両球面サファイアガラスの採用など、ディテール面も充実。自動巻き(Cal.46系F7)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径41mm、厚さ13.8mm)。5気圧防水。17万円。
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
ORIENT STAR
Concept & Design Story
ハイエンド路線に大きく舵を切った「オリエントスター」が好調な実績を記録しているという。新生オリエントスターを象徴するモデルとして企画された「メカニカルムーンフェイズ」が目指したものはクラシックデザインの再構築。それを手掛けた作り手たちは、どのような想いと矜持を託したのだろうか?
(左)デザインチームが最後までこだわった、スラリと伸びた針の造形。針が長くなるほど、先端部分のブレなど、製造段階での難易度は上がる。高級機としての矜持を端的に示す部分だ。
新生オリエントスターが高らかな産声を上げたのは2017年6月のこと。オリエント時計が1951年から用いてきた基幹コレクションの名を受け継ぎつつ、完全刷新された新体制下で発表されたモデルが「メカニカルムーンフェイズ」であった。正式発表とほぼ同時に市場展開を開始し、8月にはファーストロットが完売。予期していなかったと思われる即増産のリクエストに、昨年末頃まで製造現場は蜂の巣を突いたような騒ぎだったという。旧来のブランドイメージから一転して、ハイエンド路線を選択した英断は、ひとまず大きな成功を収めたことになる。
メカニカルムーンフェイズには、新生オリエントスターのブランドアイデンティティを明文化するという、もうひとつの使命があった。蛇足ながら旧体制下での区分をおさらいしておくと、国内市場向けのオリエントスターに対し、海外市場向けにやや安価なプライス設定を施したオリエント。ただし、その違いは伝わりにくかったようだ。個人的な印象では、機械式のエントリーラインに特有な、洗練を欠く反面で、稀に突出した個性が光る面白い時計のひとつであり、この点はデザインチーム側も〝真面目な異端児〞だったという言葉で同意を示した。なぜこんな昔話をするかと言えば、経験値が高い時計愛好家ほど、新生オリエントスターの立ち位置を誤認しやすいからだ。セイコーエプソン主導で再構築された、新生オリエントスターの本質とは、〝実用的にして上質な時計〞なのだ。
その尖兵となるメカニカルムーンフェイズのデザインコンセプトとしては、〝真正面からクラシックに向き合うこと〞が掲げられた。この場合のクラシックとは、〝舶来の文化〞である腕時計の古典をリスペクトしながら、いかに日本的なオリジナリティを盛り込めるか、というテーマと同義であった。
46系ムーブメントのリファイン作業と並行しながら、デザインチームはまずダイアルの造形から着手。ローマンインデックスの採用を基本線としながら、型打ちパターンの試作を重ねた。テンプ部分にはすでに好評を博していたスケルトンの意匠を残しつつ、サークルを重ね合わせるアイデアが煮詰められてゆく。テンプのオープン部分を、コインエッジのサークルが跨ぐ造形は、〝真面目な異端児〞だった時代から受け継がれたデザインへの愛情が感じられる部分だ。最も難航したのは、先端を曲げた分針長の決定だ。デザイン側としては針を少しでも長くしたい。しかしムーブメント設計が煮詰まっていない段階では、安全率を見込んだ設計値が算出できない。さらに針が長くなればなるほど、組み付けの難易度も大きく上がる。最終的には製造現場まで巻き込んでの〝大論争〞の末、現在のスラリと長いブルーIP針が実現された。もっとも、ムーンフェイズの位置などを含むムーブメント設計の自由度や、難易度の高い製造工程を可能としたのは、セイコーエプソンの高い技術力によるものだ。最終仕様の決定は16年11月。そこから市場投入までの時間がほとんどなかったことを考え合わせれば、冒頭に挙げた〝大成功〞はまさしく快挙だろう。その陰には、デザインに取り組んだスタッフの時計愛と、それを支える確かな技術があったのだ。
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