VACHERON CONSTANTIN ETERNAL DESIGNS(ヴァシュロン・コンスタンタン 造形の花傳)

2018.02.23

パトリモニーの名称は古くから使われてきたが、デザイン的な転換点となったのは、2004年に発表されたRef.81180である。緩やかなカーブを描くボンベシェイプをしっとりとした質感のオパーリンで仕立て、やや長めのアプライドインデックスを組み合わせたダイアルの意匠は、1957年に製造されたRef.6187に酷似するものの、原型よりもやや長めにアレンジされたラグなど、全体的なプロポーションには現代的なアレンジが加えられている。アプライドのバーがやや長めなのは、時針だけがやや短めという、歴代ヴァシュロン・コンスタンタンに独特な(ややアンバランスな)表情を、デザインコードとして盛り込む試みだったのか? その成果は素晴らしく、3針+センターセコンドにアレンジされた本機でもまったく破綻を見せない。普遍的なデザインコードを新規に構築しつつ、それをアイコンにまで昇華させたという点でも、パトリモニーは現代性の象徴と言える。

Patrimony

 ヴァシュロン・コンスタンタンが持つケースやダイアルの造形が極めて美しいという事実を語るだけならば、それほど多くの言葉を費やす必要はない。しかし、その美しさが一定のルールに則した、体系的なものだと仮定すれば、その証明ははるかに難しい作業となってくる。筆者の持論では、ヴァシュロン・コンスタンタンの腕時計に体系的なデザインコードは存在しない(あるいはごく近年まで存在しなかった)となるのだが、それだけでは各時代のプロダクトが持つ、普遍的な造形美を説明することはできない。なぜならどの時代を切り取ってみても、〝ヴァシュロン・コンスタンタンらしさ〟とでも言うべき、独自性が見て取れるからだ。明瞭なデザインコードを超越した部分にある〝個性の源流〟を探りつつ、それを明文化しようと試みる〝現代のデザイン理論〟を解き明かそうというのが本稿の趣旨だ。

(左)パトリモニー・スモールモデル
Ref.4100U/000R-B180

2017年に追加されたスモールモデル。自動巻きセンターセコンド+カレンダーで実用性を担保しながら、凝縮感を深めた造形に。
自動巻き(Cal.2450 Q6)。18KPG/5N(直径36.0mm、厚さ8.10mm)。3気圧防水。278万円。
(右)パトリモニー
Ref.85180/000R-9248

2007年に発表された、自動巻きセンターセコンドのカレンダー付きバリエーション。滑らかなボンベシェイプのダイアルを持つ。
自動巻き(Cal.2450 Q6)。18KPG/5N(直径40.0mm、厚さ8.55mm)。3気圧防水。296万円。

 同社の歴史はあまりにも長いので、腕時計を手掛け始める1920年代の中頃から話を始めよう。当時、装飾的なテーブルクロックや懐中用ケースの製造で連携関係にあったのは、パリのフェルディナン・ヴェルジェだ。ヴァシュロン・コンスタンタンの販売代理店として時計とムーブメントの買い入れを行う傍ら、1896年に自身のケース製造工房を設立して大きな名声を得た。1920年に創業者が引退してふたりの息子が事業を引き継いで以降は、ヴェルジェ・フレールと社名を変え、多くのジュエラーのためにケース製造を行った。20〜30年代にかけて、多くの懐中時計のケースには「VF」の印が刻まれている。しかしヴェルジェ・フレールが手掛けた腕時計ケースは極めて少なく、わずかに「ヴォレ」(またはジャルージ)として知られるシャッター付きケースがあるのみだ。これはパリの同業者であったエタブリスマン・エドモンド・ジャガーが、多くの腕時計用ケース(カルティエのタンクや、後年のレベルソなどは特に有名)を残しているのと対照的だ。したがって、この時代にヴァシュロン・コンスタンタンが手掛けたトノー型腕時計やクッション型腕時計の、ケースを製造した業者の記録は残されていない。

Cal.2450 Q6
Cal.2450 Q6
2005年初出。ル・サンティエに新設された自社ムーブメント工房「VCVJ」で新規設計された初の自動巻きムーブメント。4番車を中心に配置するセンターセコンド専用機である。直径26.20mm、厚さ3.60mm。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。