Traditionnelle
さらにヴァシュロン・コンスタンタンとヴェルジェ・フレールの蜜月関係は、機械式腕時計がそろそろ黄金時代を迎えようとしていた1938年に終了する。ヴァシュロン・コンスタンタンはこの年、前年に成立したばかりのジャガー・ルクルトやその系列子会社複数と提携関係を結んで、SAPIC(Société anonyme de produits industriels et commerciaux/工業製品商事株式会社、65年まで存続)を設立したからだ。これにより、ジャガー・ルクルト側から参加したポール・ルベが工房の管理とケース製造の監督を担うこととなり、彼の没後は営業部長のジョルジュ・ケットレル(48年から会長職)が任を引き継ぐことになる。現代において改めて見直されていく〝ヴァシュロン・コンスタンタンらしさ〟を凝縮したケースデザインの多くは、1970年代に至るまでのこの時代に生み出されているのだが、具体的なケース製造業者の名はやはり伝えられていない。まさしく「時移り、代隔たりぬれば、その風を學ぶ力及び難し」(世阿弥)だ。
Ref.87172/000R-B403
自動巻き版のトラディショナルは、9時位置にスモールセコンドを配置。さらに古典的なレピーヌ輪列を思わせるアレンジが秀逸だ。
自動巻き(Cal.2455)。18KPG/5N(直径38.0mm、厚さ8.02mm)。3気圧防水。287万円。
(右)トラディショナル
Ref.82172/000R-B402
腕時計の基本である、サボネットスタイルの手巻きムーブメントを搭載。写真のスレートダイアルは、2017年から展開された新色。
手巻き(Cal.4400 AS)。18KPG/5N(直径38.0mm、厚さ7.77mm)。3気圧防水。225万円。
一方で、この時代のケースデザインを考えるならば、1930〜60年代中頃までのスイス時計産業のありようにも目を向けておく必要がある。スイスでは一般的な、エタブリスール(水平分業)という業態は、自然発生的なものであると同時に、当時のスイス連邦政府による国策であったという点は見落とされがちだ。これは国内産業保護と諸外国への技術移転防止を主眼とした国内カルテルとして成立したものであり、業者間の価格協定がカルテル形成の主眼だが、同時にかなり細分化、専業化された小規模業者のアイデンティティが護られていたとも読み取れる。ケース業者に目を向けてみると、ゴールドケース(18Kと14Kでも異なる)、シルバーケース、その他の金属製ケースなどに細かく専業化されており、おそらくケースデザインに相当する作業は、各ケースの製造業者が主導権を握っていたと考えてよい。アンティークウォッチではよく見かけることだが、まったく関連のないブランドが同じケースを用いていることがあったり、逆に同じデザインのケースなのに、ゴールドとスティールではラグやケースサイドのプロポーションが微妙に異なっていたりする。これはケースのデザイン自体には、現代ほどブランド側のコントロールが行き届いていなかったことの論拠にもなるし、マテリアルごとに製造業者が異なる場合、統一された図面すらなかったことも想像できる。ブランド側が規定するデザインコードが存在していたかという以前に、1970年代頃までは、ウォッチデザインという概念自体が現代とは異なる、大らかな時代だったのだ。
2006年初出。センターセコンド専用機であるCal.2450系をベースに、日の裏側にバイパス輪列を設けてスモールセコンド化したバリエーション。古典的なレピーヌ風の秒カナ配置が面白い。直径26.20mm、厚さ3.60mm。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。
2009年初出。サボネットスタイルのスモールセコンド輪列を、大径の地板に収めた手巻きの基幹ムーブメント。2番車〜ガンギ車までを1枚の受けで支える、剛性に配慮した現代的な設計。直径28.60mm、厚さ2.80mm。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。