“スマートウォッチ”に新たなジャンルを確立しようとしているMATRIX
Apple Watchは極めて優秀な設計がされているスマートウォッチだ。このApple Watchと、規模の大きくないWithingsのようなメーカーが市場で共存できるのは、スマートウォッチというカテゴリーが極めて幅広い商品ジャンルを指しているからにほかならない。
そう改めて思うのが、同じくCES 2019に出展していたMATRIXのPowerWatch 2である。
MATRIXは2016年に身体から得られる熱を電力に変換することで動作するPowerWatchを開発、販売した会社だ。手首から得られる体温はわずかであり、大きな電力は得られない。初代のPowerWatch、その上位機種のPowerWatch Xともに、スマートウォッチというよりは、モノクロのデジタル表示を持つ活動量計という印象の製品だった。
最新のPowerWatch 2ではディスプレイがカラー表示(反射型カラー液晶ディスプレイ)になった。そして、体温を利用した熱発電機構に加え、極めて小さな太陽電池パネルをベゼル内側に配置することで追加の電力を得られるよう進化を遂げた。熱発電機構による電力と合わせてリチウムポリマー電池に蓄電することで、機能的な幅を広げている。例えばPowerWatch 2にはGPSと心拍計が内蔵され、2時間以内であればランニングのログをGPSと心拍のデータ込みで記録できるようになった。
体温によって得られる電力は、およそ0.5mWhとかなり小さい。太陽電池パネルによる発電も0.5mWh。合わせて1mWhという電力を電池に蓄電することで、時間的な限定はあるもののスマートウォッチらしい機能を実現する。
PowerWatchシリーズの長所は、まったくバッテリーの心配をしなくてもいいという、実にシンプルな価値を有しているところにある。機械式ムーブメントを搭載する腕時計であれば、もちろんバッテリー切れなどない。ゼンマイが解け切れば当然ながら止まるが、リュウズで主ゼンマイを巻き上げるか自動巻きならば時計を振ることで、再度その場で動かすことができる。クォーツ式ムーブメントであっても、太陽電池を内蔵した自己発電メカニズムを有するものがある。しかし、スマートウォッチに限れば、毎日の充電習慣が欠かせないApple Watch、あるいはWear OS搭載のディスプレイウォッチは言うまでもなく、フォッシルが得意としている活動量計とアナログ指針式通知機能を一般的な時計のムーブメントに融合したハイブリッドウォッチも、比較的頻繁な(3〜6カ月)電池交換が求められる。
MATRIXが挑戦しているのは、そうした電源に対するケアが基本的に不要な、“いつでも使えるスマートウォッチ”という新ジャンルの開拓だ。
発電量を2倍にすることで“スマート寄り”に
もっとも、モノクロディスプレイを備えるPowerWatchの最初の製品はとりわけ芳しいものではなかった。なぜなら、ドットマトリクスのディスプレイを搭載し、多彩な盤面表示は行えるものの、機能面は“ディスプレイ機能付き活動量・睡眠追跡装置”を超えるものではなかったからだ。
例えばフォッシルのハイブリッドウォッチは、外観は一般的なファッションウォッチでありながら、そこに日々の運動習慣や睡眠の質を計測する機能を内包し、さらにメールなどの通知をアナログ指針やバイブレーターから行うという部分がユニークだった。
しかし、PowerWatchはディスプレイを備える本格的なスマートウォッチのようでいて、実際には通常のデジタル時計に近い。いささか、中途半端な製品という印象は拭えなかった。
前述のように0.5mWhという発電量では、スマートウォッチ部に電力消費の大きな機能を搭載するわけにはいかない。そこで彼らが考えたのが、太陽電池を併用するアイデアだったわけだ。合計1mWhの電力供給があれば、普段の生活の中でバッテリーに充電を行うことで、より“スマートな機能”へと電力を割り振ることができる。
実際、PowerWatch 2は内蔵するバッテリーから電源供給するかたちで、心拍計ななどのデバイスを動かすことができる。心拍計を実装するには、一定以上の明るさを持つ緑色LEDが必要となるが、バッテリーからの供給で2時間まで動作させることができるという。ただし、バッテリーの再充電には翌日まで時間が必要という制約はある。
実際にどの程度の時間、腕に巻き、光を当てるとフル充電となるのか、明確なスペックは明らかにしてもらえなかったが、1日に2時間程度のワークアウトならスポーツウォッチとしても使える……と担当者は話した。
もっとも、率直な感想を言えば、まだ“ガジェット”の域は出ていない。
まず反射型カラーLCDの視認性。モックアップの写真は明瞭だが、実際のディスプレイはコントラストが低く、周囲の明るさもそれなりになければ時間が読み取りにくい。やや地味であってもモノクロの方が実用的かもしれない。
また、なかなか巧みなデザインではあるものの、ケースは3Dプリンターを用いた試作段階であり、質感はまだ評価できる段階ではなかった。バンドも同様である。“電池交換も充電も不要”というジャンルでは、Apple Watchのような製品と比較したとき、よりトラディショナルな“腕時計”に近い製品であることが期待されるのではないだろうか。この先、“腕時計”としてどこまで仕上げられるか完成品に期待したい。
加えて言うならば、体温発電+太陽電池での“充電不要スマートウォッチ”が、ひとつのカテゴリとして定着するならば、競合するライバルの存在も不可欠だろう。MATRIXのようなハードウェアスタートアップではなく、“腕時計”側からこのカテゴリーのスマートウォッチにチャレンジするメーカーの登場にも期待したい。
本田雅一(ほんだ・まさかず)
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。