「ETA7750」改が証す汎用機の実力
汎用自動巻きクロノグラフとして設計されたETA7750は、同時期にリリースされたライバル機ほどの個性を備えていなかった。しかし、このムーブメントは、他にはないふたつの利点を持っていた。大きなサイズと強いトルクである。このメリットに着目した時計師やメーカーは、1990年代以降、多彩なモディファイを加えることとなる。
直径30㎜という「大きなキャンバス」を持つETA7750。かつ7750は、当時の汎用機として最大級のトルクを持っていた。こういった条件が、才気溢れる時計師たちを刺激したことは想像に難くない。
改造の先駆けとなったのが、当時IWCに在籍していたリヒャルト・ハブリング氏である。彼は7750のローターを浮かせて、その間にスプリットセコンド用のモジュールを差し込んだ。1991年のことである。同時期に、モジュールメーカーのソプロードは、7750の時分針を3時位置に移動し、スプリットセコンドのモジュールを加えた。ユリス・ナルダンの「クロノスプリット・ベルリン」が搭載したムーブメントである。
今なお7750を改良する時計師やメーカーは少なくない。その第一人者は、独立時計師のパウル・ゲルバー氏である。彼は7750にアラームを組み込み(F2001-5)、デジタル式の積算計の改造に協力した(エテルナ6036)。また、モノプッシャー化した上で、年次カレンダーを組み込んだ(MIH年次カレンダー)。彼はかつて7750改造のポイントを明かしてくれた。「操作感を改良すること。これはモノプッシャー化すれば改善できる。加えて、作動カムの形状を変えること。このノウハウはエテルナにも提供したものだ」。
Cal.F2001-5
ETA7750にアラーム機能を加えたモデル。日付の左側の小窓はアラームのON/OFFを表示。8時位置のボタンで操り、写真はONの状態。極めて実用性に優れる時計だ。自動巻き(Cal.F2001-5)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径42mm)。20気圧防水。81万9000円。問ホッタインターナショナル☎03-6226-4715
Cal.A08COS
COSとは「Crown Operated System」の略。リュウズだけで操作を可能としたクロノグラフである。往復運動をする作動カムを丸穴車上に持つ7750でなければ、不可能だったモディファイである。開発協力者のハブリング氏曰く「改良に2年かかった」とのこと。手巻き(Cal.A08COS)。Ti(直径42mm)。5気圧防水。117万6000円。問ワールド通商☎03-5977-7759
ラ・ジュウ・ペレも、7750のモディファイに卓越したノウハウを持っている。前のページで取り上げたコラムホイール化がその一例だ。同社は近年、さらに高度な改良を7750に施した。それがハブリング・ツーの搭載する「COS」である。このムーブメントは、作動カムが丸穴車上にあるという特徴を生かし、リュウズを回すだけで、クロノグラフのスタート/ストップ/リセットを可能としたものだ。開発協力はリヒャルト・ハブリング氏だが、特許はラ・ジュウ・ペレに帰属している。そう考えれば、これも同社によるモディファイの一環と言えるだろう。
興味深い改良は他にもある。IWC「ポルトギーゼ・グランドコンプリケーション」のキャリバー79091は、7750にミニッツリピーターと永久カレンダーを加えたもの。93年のキャリバー1868はより複雑で、加えてスプリットセコンドとトゥールビヨンを搭載していた。ここまで手が加われば、7750がベースである必要はないはずだ。しかし、トゥールビヨンを載せるには7750の大きな直径と強いトルクが必要だったのである。
これらほど凝ってはいないが、巧妙な改良は少なくない。ミューレ グラスヒュッテが良い例だろう。一見、サブ受けの形を変えただけのようだが、最大の改良は、むしろメインの受けである。規制バネ(角穴車を横切り丸穴車上にかかっている)が一新され、7750の弱点であるコハゼも、単なる板バネからグラスヒュッテ流の「退却式コハゼ」となった。また、名手アルフレッド・ロシャー(AROLA)は文字盤側にフライバックを追加。ボール ウォッチもキャリバー351で、フルカレンダーを実現してみせた。いずれも一見ノーマルだが、各メーカーの個性が表れている点、決して複雑な改良には見劣りしていない。
今なお時計師やメーカーの創作欲を刺激するETA7750。確かにその設計は、いささか時代遅れなものとなった。しかし、大きなサイズと強いトルクがもたらす拡張性の高さは、今もって他ムーブメントの追随を許さないのである。