広田雅将:文 Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
今年発表された、時計・宝飾カマシマ(以下カマシマ)と松本零士のコラボレーションモデル。いずれも松本零士ファンには魅力的だが、中でもU1000をベースにした「U1000.S MOTHER EARTH」は、いっそう好ましい。というのも本作は、時計史に名を残すであろうダイバーズクロノウォッチの、しかも最終ロットをベースにしているからだ。カマシマからの「ハイスペックな松本零士モデルを作りたい」という依頼を受けたジンは、ストックする部品を集めて、U1000の限定モデルを完成させた。
(右)こちらは3針モデルの「U1.S.E MOTHER EARTH」。自動巻き(Cal.セリタSW200-1)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Uボートスチール(直径44mm、厚さ14.3㎜)。1000m防水。限定80本。47万円。いずれも交換用ナイロンストラップと、マザーアースと銀河鉄道999がプリントされたオリジナルTシャツ(非売品)が付属する。
世界で初めて、1000mの水中下でも使えるクロノグラフとなったU1000。開発のスタートは2007年の3月、発表は翌08年3月のことだった。社長のローター・シュミットは開発の経緯をこう説明する。
「当時、潜水深度1000mに設計された時計は、ジンとその競合他社が作っていました。しかし、U1000の開発までは、1000mの潜水深度でストップウォッチ機能を保証するクロノグラフはありませんでした。1000mの水中でクロノグラフを使うダイバーはいないと思いますが、U1000の開発とその動作に対する認証は、私たちにとっては大きな関心事であり、冒険でもありました」
水中1000mでのクロノグラフ使用というかつてないアイデアを実現可能にしたのが、ジン独自のD3システムだった。ダイバーズクロノグラフの多くは、防水性能を高めるため、プッシュボタンの周りにねじ込み式のガードを備える。しかしガードは、ねじ込みを緩めた時点でその防水性能を失うため、水中でクロノグラフを操作することができない。対してD3システムではガードを省き、代わりに厚い二重の防水パッキンと、非常に重いプッシュボタンのバネを加えることで、高い防水性能と水中でのクロノグラフ使用を可能にしたのである。なお、このD3システムは、2019年の新作「206.ARKTIS.Ⅱ」にも採用されている。
開発したのはグラスヒュッテにあるケースメーカーのSUG。1997年にジンの資本参加を受けて以降、同社はドイツの高級メーカーにケースを提供するほか、D3といったユニークな機構を開発するようになった。かつてSUGの作るケースはお世辞にも上質とは言えなかったが、現在は高いクオリティーと、ほかにはないシステムを盛り込むようになった。ジンの時計の質が上がった一因は、明らかにSUG製ケースのおかげだ。
「裏蓋をねじ込むことで、ケースに防水性能を持たせるOリングは、20~25%変形します。加えて、水圧はパッキンを圧縮させます。もっとも、その程度はパッキンの取り付けスペースによって構造的に制限されており、最大で7%しか変形しません。また、使用される素材の化学的安定性は少なくとも20年は保持されるほか、通常の使用時は、少なくとも10年は耐摩耗性が持続します。ただ一般的には、すべてのパッキンはメンテナンス時に交換となりますが」(シュミット)
多くの時計がOリングに採用するのは、ニトリル系のゴムである。対してジンは、耐熱性、耐化学性、耐高温性などに優れる、フッ素化された炭化水素ポリマーのバイトンを用いる。シュミットが「20年は化学的安定性が保持される」と胸を張るはずだ。ちなみに、この素材を時計のパッキンに用いているのは筆者の知るところジンのみである。というのも、バイトンは非常に優れた特性を持つが、ニトリル系に比べてコストが4倍も高いのだ。
また水圧でプッシュボタンが誤作動を起こさないよう、ボタンを押すためのバネ力は高められた。約2.5kgという数値は、一般的なETA7750搭載機の2倍近い。これならば水中1000mでも、クロノグラフは誤作動しないだろう。
このハイスペックなU1000の文字盤に、松本零士は限定モデルのために描き下ろした、いつか見てみたい宇宙からの地球の絵をあしらった。青い海が強調された文字盤は、なるほど、ダイバーズウォッチに相応しい。しかし鮮やかなブルーは耐久性に問題がないのだろうか? 最近でこそカラフルな文字盤を使うようになったが、ジンは基本的に、モノトーンばかり文字盤に用いてきた。紫外線対策のノウハウはあるのだろうか?
「カマシマモデルの文字盤に使用した塗料は、高い紫外線抵抗性を持っています。そのため私たちは、文字盤を保護するための追加処理を省くことができたのです」(シュミット)
彼は簡単に述べたが、ペイント文字盤の採用は、ジンにとって非常に難しい試みだったようだ。同社はプロトタイプの文字盤に10年分相当の紫外線の照射テストを行い、まったく退色しないことを確認した上で、ようやく採用に踏み切ったという。少量生産の限定版でも手を抜かないあたり、特殊時計会社をうたっているだけのことはある。
松本零士とのコラボレーションモデルとして注目されるU1000のカマシマモデル。加えて本作は、世界で初めて1000mの水中でクロノグラフを操作できる、U1000の最終ロットでもあるのだ。U1000が生産中止になった現在、世界中で新品購入が可能なのは、カマシマの限定版のみだろう。今後、同社が1000m防水のクロノグラフを生産する可能性が少ないことを考えれば、本作は松本零士ファンのみならず、ハイスペックな時計を探している人に必携の1本と言える。
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