RALPH LAUREN×ガンメタル
ラルフ ローレンを解くキーワードのひとつが「ヴィンテージ感」である。使い込んだニュアンスを新品で実現するその手腕は、クロージングの世界ではつとに知られている。その発想を時計に応用したのが、新作のサファリ RL67。採用したのはPVDでも流行のDLCでもなく、古典的なガンメタル処理という手法である。使い古したようなニュアンスと高い耐久性をラルフ ローレンはいかにして実現したのだろうか。
素晴らしい完成度を備えた新作。ガンメタル処理を施したケースにアンティーク加工のストラップを持つ。マット仕上げの文字盤とインデックスの色乗りも申し分ない。“wonderful buy”。自動巻き(Cal.RL 750)。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径38.7mm)。5気圧防水。69万900円。
ガンメタル処理がもたらしたかつてないヴィンテージ感
2012年の新作で、最も感銘を受けたモデルのひとつがラルフ ローレンの「スポーティングコレクション サファリ RL67 クロノグラフ」であった。ガンメタル処理のステンレススティールケースにアンティーク加工を施したストラップの組み合わせは、かつてなかったのが不思議なぐらい魅力的な風合いを湛えている。
ステンレススティールケースにあえてガンメタル処理を施す。ラルフ・ローレン氏は、その着想を自身のコレクションから得たという。時計のコレクターである彼は、ミリタリーウォッチも多く所有している。その中にはケースにPVD加工が施された1980年代の時計も含まれる。今はさておき、当時のPVD加工は質が良くない。そのため、現存する個体の多くはPVDが剥がれている。多くのコレクターは決してそれを好まないが、ローレン氏はその使い込んだ風合いを気に入ったらしい。
気に入ったものはプロダクト化するのが、ラルフ・ローレン氏である。「使い込んだブラックケースの風合いを今に再現したい」。彼の依頼を受けたラルフ ローレンの関係者は、さまざまな手法を模索した。まずはPVD加工。その質は改善されたが、今もってはげやすい。ローレン氏とは異なり、大多数の消費者ははげたPVDを決して喜ばないだろう。ではどうやって、使い込んだ風合いとユーザーを満足させるだけの耐久性を両立させればいいのか。ラルフ ローレンがたどり着いたのは、チタンやカーボンの皮膜を被せるPVD加工ではなく、ケースの素材自体を染色するガンメタル処理という手法であった。
ガンメタル処理とは、金属の表面に処理剤を塗り、化学反応を起こして金属の性質を変えるものである。その狙いは大きくふたつある。ひとつは表面を酸化させて耐食性を上げること、もうひとつは表面に被膜を設けて、素材の硬度を上げることである。鋼に耐久性を持たせる手法としては、最もポピュラーなもののひとつがガンメタル処理である。とりわけ銃の世界では当たり前の手法と言っても過言ではない。しかし、この手法はステンレススティールには意味がない。クロムを含有するステンレススティールは、その表面を常に酸化皮膜が覆っているためだ。だが、ラルフ ローレンは、あえてガンメタル処理を採用した。処理を行うのは、スイスにあるカスタムガンの専業メーカーだという。
ガンメタル処理で最も重要なのは、染液を素材に定着させることである。普通のスティールはさておき、素材の表面を酸化皮膜が覆っているステンレススティールの場合、ガンメタル処理は極めて難しくなる。あらかじめブラスト加工を行い、そしておそらくは表面を窒化処理する理由は、すべてステンレススティールに生じる酸化皮膜を除くための下準備と考えていいだろう。ただし、それだけでケースは完成しない。アンティーク風の表情をつけるため、最後にブラシとダイヤモンドペーストで表面を磨き、ニュアンスを与えていく。
すでに使い込まれたような風合いを持つサファリ RL67。しかし、ガンメタルの強固な被膜のおかげで、使い込んでも、それ以上決して劣化しない。表面を硬くするためではなく、独特の風合いを与え、かつ耐久性を持たせるためのガンメタル処理。そのニュアンスと優れた使い勝手は、ラルフ ローレンのファンでなくとも、一見の価値がある。
ガンメタル処理のステンレススティールケースにアンティーク加工を施す
以下は、ラルフ ローレンが公開したガンメタル処理のプロセス。ただし、詳細は社外秘である。施工するのは本物のガンメーカー。