年次カレンダー概論。歯車型とレバー型を徹底比較

2019.11.19

歯車型 年次カレンダー2

簡素化がもたらす年次カレンダーの新たな可能性

パテック フィリップが実現した、歯車を使った新しい年次カレンダー。普及の立役者となったのは、ユリス・ナルダンで辣腕をふるった、ルードヴィヒ・エクスリン博士だった。遊星歯車を使うことでカレンダー輪列の部品点数を抑え、可能な限りコンパクトにまとめる。エクスリン博士の“改良”なくして、年次カレンダーはこれほどの市民権を得ることはなかっただろう。

MIH 年次カレンダー

MIH 年次カレンダー
エクスリン博士の設計をもとに独立時計師のポール・ゲルバーらが共同製作。ETA7750に年次カレンダーモジュールを搭載した。売り上げの一部はラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館に寄付される。自動巻き(Cal.ETA7750ベース)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径42mm)。100m防水。6000スイスフラン。

 パテック フィリップが最初の年次カレンダーを発表した1996年、奇しくも永久カレンダーにも革新的モデルが登場した。メインレバーを使用せず、歯車だけで日付を送るユリス・ナルダンの「パーペチュアル ルドヴィコ」である。 それまでの永久カレンダーはレバーを用いた設計のため、逆戻しの操作ができなかった。そのため、誤って進め過ぎた場合、各カレンダーを個別に早送りするコレクターで根気よく修正する必要があった。理由はメインレバーが一方向にしか動かないからだ。

 ところが、ユリス・ナルダンの永久カレンダーはディスク2枚を用いた大型日付表示と、月・曜日の窓表示を備えながら、遊星歯車の回転運動だけで制御するため逆戻しが可能だった。パテック フィリップの年次カレンダーと同様、歯車は組み立て時に調整する手間を省き、設置場所の自由度を増した。

 その後のカレンダー機構に多大な影響を与えるこの傑作を設計したのは、ルードヴィヒ・エクスリン博士。自身が館長を務めるMIH(ラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館)のオリジナルウォッチとして、彼は同じく遊星歯車を使った年次カレンダーも企画・設計した。わずか9つの部品をベースムーブメントに追加しただけで、日・月・曜日の窓表示と昼夜表示を備えた年次カレンダー機構を実装した手腕は見事と言うしかない。

9個のパーツ(下写真)をムーブメントの文字盤側に組み込んだ図。外側から日付・月・曜日の各表示ディスクを同心に重ねながら、ディスク自体に歯車の役割も与えるなど、部品数を減らす工夫が随所に見られる。部品が減れば、それだけメンテナンス性が高まり、使用した際の信頼性が増し、もちろん製造コストも抑えられる。リュウズ操作で時間を戻すと、日付表示がきちんと戻るあたり、歯車だけの先進的な設計が機能していると言える。

ETA7750

ETA7750に追加したパーツは、ふたつの遊星歯車やカレンダーディスクなど、わずか9個。これだけで日・月・曜日を小窓表示する年次カレンダーと昼夜表示を完成させた。例えば曜日表示ディスクには同じ曜日がふたつずつ記され、その内側に7つの赤い帯が設置されている。これが3時位置の曜日表示と左端の昼夜表示となり、赤いドットが上にあれば昼、下なら夜となるわけだ。裏蓋にはディスク式30分積算計の小窓を装備する。

 このMIHウォッチをさらに簡略化させたのが、エクスリン博士のアイデアを具現化するために設立されたオックス&ジュニアより発売される年次カレンダーである。ダイアル上インデックス内の31個のドットが日付(右回り)、センター上部の12個のドットが月(左回り)、センター下部の7個のドットが曜日(左回り)を表示するユニークさに加えて、特筆すべきは3年かけて無駄を削ぎ落とした結果、たった3つの追加部品だけで、通常のシンプルな日付カレンダー機能を年次カレンダーに変換したこと。しかもすべての機能はリュウズだけで調整可能である。

オックス&ジュニア 年次カレンダー

オックス&ジュニア 年次カレンダー
視覚的な階層のトップに時刻表示を置き、さらに日付も時刻と同じ距離感で読み取れるよう、31個のドットで表示した年次カレンダー。10分ごとの白いバーは、5日ごとの日付マーカーも兼ねている。自動巻き(Cal.ETA2824-2ベース)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。T(i 直径42mm)。100m防水。8000スイスフラン〜。

 メカニズムの詳細を見ていこう。まず、穴から見えるオレンジのドットを設置したのは、日付・曜日・月の各表示ディスクの文字盤側。ディスク自体に歯が切られ、輪列を構成している。日付カレンダーは基本的に従来と同じ機構となっており、その日付ディスクの回転が星型中間車を介して月表示ディスクに伝えられる。月表示ディスクの24歯のうち5つだけ歯が長く、これが小の月の30日になると、筒車(に連動する2フィンガー付きリング)と噛み合い、日付を31日に送る。その直後、さらに通常の日付送りが行われ、1日表示となる。

 曜日表示は、月の大小とは関係なく7日周期のため、日送り機構とは別系統にまとめられた。12時間に1回転する中心部のリングが、14歯ある曜日ディスクと噛み合っており、1日に2回歯車を送る。曜日表示のオレンジがふたつのドット窓で見えればPM6時〜AM6時、ドット窓ひとつならAM6時〜PM6時を意味している。すなわち曜日表示はデイ&ナイト機能も兼ね備えているのだ。

年次カレンダー機構を構成する部品を、ムーブメント側から撮影。歯車装置のモジュールとして機能するダイアル(左)の中に、5つの歯を持つ星型2層歯車と月表示ディスク(中央上)、筒車と連動して1日2回転する2フィンガー付きのセンターリング(中央)、曜日表示ディスク(中央下)、そして日付表示ディスク(右)をセットすれば、年次カレンダー機構が完成する。ポイントは、日付表示ディスクから受けた動力が星型2層歯車を介して月表示ディスクを動かす際、マルタ十字メカニズムが実行されていること。これは連続的な回転運動を断続的な回転運動に変換するギアメカニズムのことで、ジュネーブドライブとも呼ばれ、機械式時計では古くから採用されてきたものだ。また、月表示ディスクは5つの長い歯と19の短い歯を備え、これが大の月と小の月を区別している点にも注目したい。

 部品点数の削減は、コストの圧縮とメンテナンスの容易さに直結し、また機能性の向上につながる。そのうえ通常のシンプルなカレンダー機構を再利用できるのだから、年次カレンダー化へのハードルは劇的に下がった。

 なお、年次カレンダー機構の簡素化に関して成果をあげたブランドは他にも存在する。ロレックスは2012年に、自転しながら公転する遊星ギアなど部品4点を加えただけで、ブランド初の年次カレンダーをスカイドゥエラーに搭載した。また、2018年にはロンジンが20万円台の年次カレンダーを発表して話題を集めた。どちらのブランドも歯車型を採用している。

Contact info: ochs und junior www.ochsundjunior.swiss