(右)この年は、エコ・ドライブが展示のメインテーマであった。
両社はどちらも1986年から揃ってバーゼル・フェアに出展。それ以前から全世界でウォッチビジネスを展開してきた、時計業界でそれぞれが唯一無二、売上高で共に世界トップ10にランクされる一流企業であり、世界中に工場を展開する国際的な大企業だ。ただ、日本の消費者に、この2社がいかにスゴい時計メーカーなのか、特に電子デバイス関連のグループ企業を含めるといかに強力な存在なのか、残念ながら正しく認知されていないだけなのである。
時計メーカーとしてのそれぞれの「強み」は異なるから、海外市場での事業戦略、事業展開もまったく違う。
ブランド戦略にフォーカスすると、両社の違いがよく分かる。セイコーは、かつては「ジャン・ラサール」など、スイスの時計ブランドを買収して事業を展開したこともあった。だが現在では基本的に自社のオリジナルブランドのみを展開。「SEIKO」のブランド力は日本ブランドの中でも最強のひとつだろう。
2010年からは、国内専用ブランドだった最高峰の「Grand Seiko」の世界展開を開始。特にアメリカで予想をはるかに超える大成功を収めている。2018年には世界で初めて、セイコーウオッチ100%出資の新会社「Grand Seiko Corporation of America」を設立。従来の現地法人「Seiko Corporation of America」をその子会社にする組織変更を行い、高級時計ブランド「Grand Seiko」を名実ともに会社の顔とした。さらに、世界の主要都市に直営ブティックを展開することで、ブランドイメージの向上に取り組んでいる。その努力が実り、本来の実力と製品の価値が認められつつある。長年の課題だったラグジュアリービジネスの領域で、着々とその地位を築いているのだ。
一方、シチズンのブランド戦略は、セイコーとは対照的だ。2007年に「ブローバ」ブランドを買収して以降、海外ブランドの買収を積極的に行ってきた。2016年には「フレデリック・コンスタント」と「アルピナ」も傘下に収めて事業を展開している。
また、ムーブメントの外販事業にもクォーツ時計の時代から力を入れており、クォーツムーブメントの外販ではおそらく世界No.1の売上高を誇る。バーゼルワールドに出展している「MIYOTA」(ミヨタ)ブランドのムーブメントは、スイスや海外ブランドの製品パンフレットにも「MIYOTAのムーブメントを搭載」とわざわざ書かれるほど評価が高い。
2012年には、トゥールビヨンなどの複雑ムーブメントを開発・製造するラ・ジュー・ペレや複雑時計ブランド「アーノルド&サン」を傘下に持つプロサーホールディングを買収。ラ・ジュー・ペレ製の機械式ムーブメントがシチズンの「カンパノラ」コレクションに搭載されていることは、webChronosの読者ならご存じだろう。
スイス時計業界とシチズンのこうした関係性を考えれば、シチズンがバーゼルワールドへの出展を継続するのは、当然のことだと理解できる。
出展継続の理由についての回答には、バーゼルワールドに思い入れのある筆者にとって、心を動かされる一節があったので、全文ではなく一部だが原文を引用する。いささか長いが、行間からバーゼル・フェアに対する熱い想いが滲み出ているので、ぜひお読みいただきたい。
以下、シチズンの回答より引用(原文ママ)
「(バーゼルワールドは)ネガティブな報道もある一方で、時計市場を取り巻く環境自体が激変する中にあっては、ブランドの垣根を越えて腕時計の魅力や価値を業界をあげて発信することが可能な場であります。時計関係者・ジャーナリスト・時計愛好家が全世界から一堂に集うバーゼルワールドは、時計業界のグローバルイベントとしての存在意義があり、シチズンウオッチグループとしてグローバルなブランド発信を行うにあたり最適な場と捉えています。また、世界中から関係者が集うバーゼルは、旧知のブランドとのVIP同士の交流や情報交換をはじめ、大きなビジネスチャンスの場でもあり、完成品のみならずムーブメント事業も手掛けているシチズンウオッチグループとしては、新たな可能性や挑戦を生み出すことができる場としての意味合いもあります」
この回答には、同じ想いを共有する者のひとりとして、心を揺さぶられた。
しかし、バーゼルワールド事務局は、そして親会社のMCHはこれまで、出展社のこうした想いを無視してきた。2018年のエルメスのSIHHへの出展変更、2019年のスウォッチ グループ、2020年のセイコーの出展中止は、デジタルメディアの台頭など、時代の変化以上に、彼らの奢りと怠慢が大きな原因であることは否定できない。
スウォッチ グループが「Time To Move」という独自のイベントで新作の魅力を全世界に発信したように、セイコーも新たなかたちで新作の魅力を発信してくれるだろう。シチズンの出展継続を讃えると共に、セイコーの新たなプレゼンテーションにも大いに期待したい。
ところでシチズンは2014年から、バーゼルワールドにおいて、時計ブランドとして新たな試みを展開してきた。毎年、「時」をテーマにしたインスタレーションを展示。創立100周年を迎えた2018年からは、ブース内に誰でも自由に楽しめる「Time Theatre」を構え、フェアの来場者や海外メディアから絶賛されてきた。
シチズンは、バーゼルワールドの再興に取り組むマネージングディレクター、ミッシェル-ルイス・メリコフ氏が今年のバーゼルワールドの最終日、異例のクロージングカンファレンスで発表した改革案「バーゼルワールド2020+」を何年も前から先取りして「時計の魅力」を発信してきたのだ。
2020年のバーゼルワールドの「Time Theatre」で、シチズンがどんなコンテンツでどんな発信を行うのか。今から楽しみだ。