クロノス日本版、2019年の腕時計トレンドを振り返る(後編)

FEATUREその他
2019.12.30

コンプリは、分かりやすくて使えるものが主流に

複雑系のトレンドを教えてください

10年ぐらい前なら、トゥールビヨンとか分かりやすいトレンドがありました。今はないですね。ムーブメントサプライヤーも潰れちゃったり、吸収されちゃったりしましたし。強いて言うと、トゥールビヨンは流行らない、難しそうな複雑時計は受けない、ですね。分かりやすくて、使えるものが受けるわけです。

どういう例がありますか?

トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー

ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」

ヴァシュロン・コンスタンタンの「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」は、ボタンを押して3万6000振動/時と8640振動/時を切り替える時計ですね。保管時は振動数を落として、パワーリザーブを伸ばすと。機構のユニークさが注目されるけど、簡単に止まらないから実用性は高いんですよ。しかも、直径42mm、厚さは12mmしかない。45mm、15mmなら評価しませんでしたけど、よくぞこのサイズに収めたなと。

あと、F.P.ジュルヌの「アストロノミック・スヴラン」も、約1億円という価格や、リピーターに年次カレンダー、トゥールビヨンだのが付いた点が目を惹きますけど、あれはリュウズ1本ですべてを調整できる時計なんです。驚くほど実用性が高いんですよ。あと、仕上げは、「オンリーウォッチ」に出展したプロトよりいい。ジュルヌさんに、オンリーウォッチよりいいのはなぜだと聞いたところ、あっちはプロトだからと仰ってましたね。アストロノミック・スヴランはムーブメントの仕上げにブラックポリッシュを使いまくっている。現行品では、ランゲのグラコンとこれぐらいじゃないですか。多用してるのって。

アストロノミック・スヴラン

F.P.ジュルヌ「アストロノミック・スヴラン」

ひと昔前って、少量生産のコンプリケーションは不具合が当然、でしたけど、今や壊れないことが当たり前になったんですね?

ヘリテイジ パーペチュアルカレンダー

モンブラン「ヘリテイジ パーペチュアルカレンダー リミテッドエディション100」

そうそう。壊れず、しかも実用性の高いことが最低条件になった。こういう例を挙げると、モンブランの「ヘリテイジ パーペチュアルカレンダー リミテッドエディション100」でしょうかね。モンブランは大好きですけど、一昔前まではコレクション名が訳分からなすぎた。2019年は大きく整理され、面白いメカニズムが増えてきましたね。この永久カレンダー、デュボア・デプラの標準的なモジュールを転用したのだろうと思っていたんですが、カレンダーの早送りだけでなく、逆戻しもできるので、全く別物ですね。標準的な3つ目+ムーンフェイズ付きの永久カレンダーで、逆戻しできるのはこれしかないと思います。ちなみに設計協力は、やっぱりデュボア・デプラらしいですね。


リシュモン グループの8年保証、そしてバーゼルワールドの今後

ほかに、2019年を振り返ってこれはという点があればお聞かせください

個人的なニュースベストワンは、ヴォーシェの浜口尚大さんが、ジャガー・ルクルトに移籍したことですかね。ムーブメント部門の責任者に就任したそうです。時計愛好家しか喜ばないネタですけど(笑)個人的には899系の改良をやって欲しいですね。

カルティエ「Cal.1847 MC」

あと、リシュモン グループのカルティエやパネライが、保証期間を8年に延長したのも大きなニュースでしょう。あくまで推測ですけど、これはおそらく、2022年にシリコンの特許が切れることを見越しての施策じゃないでしょうか。特許切れたら、シリコン製のヒゲゼンマイや脱進機をジャンジャン使えるようになるんですよ。そうなると、メンテナンスの期間は長くできる。あくまで推測ですけど、可能性はあると思っています。ちなみにカルティエ Cal.1847 MCのサントス用は、脱進機がシリコンらしいですね。

もうひとつ、2019年のニュースと言えば、セイコーとカシオが、2020年のバーゼルワールドに出ないという決定をしたことでしょう。バーゼル4月末開催は、メディアはさておき、リテーラーにはきついんですよね。それでセイコーとカシオはバーゼルへの出展を止めてしまった。カシオはバーゼルワールドの事務局に違約金を払ったという噂がありますね。あくまで噂ですけど。

バーゼルワールドはどうなるんでしょうか?

バーゼルワールド

2019年のバーゼルワールド

バーゼルワールドの最大の問題は、出展料が高くなりすぎたことですね。理由は、改築費用をかけすぎたから。しかし、運営会社のMCHは、そのコストを無理矢理減価償却させて、出典料を値引きできるように体制を変えたんです。もっとも、そのメリットが出てくるのは数年先でしょうけどね。

バーゼルワールドはなくなると思いますか?

なくならないと思いますよ。何しろ、運営母体が半官半民の会社だから。赤字を出したら政治問題になるけど、それ以上に、バーゼルワールドがなくなったら、政治問題になりますからね。雇用が減ってしまう。事実、バーゼルワールドの運営が怪しくなってきた頃に、少し政治問題になったんですね。償却を急いだのは、おそらくそれが理由だったんじゃないか、と思いますけど。

ブルガリによるティファニーの買収も衝撃的でしたね。

ブルガリ創業家のトラパーニさんが、投資ファンドと組んでティファニーの株を買ってたんですよね。で、彼はティファニーの役員になっていた。そう考えると、LVMH グループがティファニーを買収したのは何となくわかります。ちなみにこれはいわゆるWin-Winで、LVMHは弱いアメリカ市場を強化できる。ティファニーはレザービジネスを拡大できるし、時計製造にLVMHのノウハウを使えるでしょう。

ちなみに大手グループの戦略って、大体同じなんです。アパレル中心のところはまずレザーに手を広げて、その次に設備投資に金がかかり、利益率も高くはないけど、安定して売れる時計をやろうとする。逆に、時計中心のところは、時計よりもちょっとアパレル寄りのレザーをやって、その次にアパレルに行こうとする。今のリシュモン グループはまさにそうですね。一方、LVMH グループやケリングはそもそもレザー中心だから、アパレルにも時計にも行きやすいわけです。

では2020年はどうなるでしょうか?

スポーティーウォッチとレトロというトレンドは変わらないと思います。それと、2020年以降はシリコン素材がいよいよ普及するんじゃないでしょうか。あと、文字盤のバリエーションは増えていくでしょうね。スマートウォッチとの差別化を考えた場合、時計メーカーは今まで以上に文字盤をちゃんと作らなければいけなくなる。

ちなみにロレックスの廃盤情報とか聞いていますか?

そんなのは知りませんwww バーゼルワールドが近くなると聞いてくる人がいますけど、そんなの知らないし、仮に知ってても言えませんよね。これは他社も同じ。ちなみに年末になると、どのメーカーが買収されるというネタが増えますけど、あれもほとんどはガセですよね。ちなみにロレックスのペプシ、新しいのは色が良くなってましたね。さすがロレックスだと思いましたよ。


本日はありがとうございました。