新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)のパンデミックの影響に揺さぶられる中、時計業界のリーダーたちはどのように危機を乗り越え、経済を再生させようと戦略を立てているのだろうか。この取材を快く引き受けてくれたひとりにウブロ アメリカのジャンフランソワ・スバーロがいる。WatchTimeのマーク・ベルナルドが話を聞いた。
Written by Mark Bernardo
マーク・ベルナルド(以下MB):新型コロナの感染拡大が広がる中、ウブロはスイス・ニヨンの本社工房を2020年3月17日に閉鎖していますね。時計ブランドの中には一度閉鎖したのち、すでに再開しているところもあります。生産再開の時期と、当面の市場展開についてウブロはどのように考えていますか?
ジャンフランソワ・スバーロ(以下JFS):現在迎えている危機はいまだかつてないものです。私たちは大きすぎるほどの経済問題に、あまりにも突然に直面することとなりました。私たちウブロ社員の誰もに、柔軟な行動力と、明快な決断力をもって利益の確保に取り組む姿勢が求められています。ウブロの従業員なしではウブロは存在しないため、従業員の健康管理は非常に重要です。そのような考えから、スイスの本社工房は3月17日に一旦閉鎖しました。アメリカでもその1週間前からフロリダ、マイアミ、フォートローダーデールのオフィスをはじめとし、すべてのブティックをクローズしました。
そして現在は、この危機の収束後を見据え始めています。アメリカよりほぼ3カ月前に危機的な状態となった中国は、徐々に回復の兆しを見せているため、アメリカも同様の状況に数週間後にはなるであろうという期待感があります。5月上旬には工房を再開し、少人数限定、または交代制で勤務を始められるのではと思っています。適当な再開方法ではないかもしれませんが、ひとまずこのように取り掛かっていくという考えです。アメリカではマイアミの営業拠点で、1人の社員が半日勤務しEコマースの受注に対応している事例があります。こういったところが現状のすべてですね。
MB:2020年の新作発表について、例えばパテック フィリップは2021年に延期、ロレックスとチューダーは時期未定で延期をしています。ウブロはいかがですか? もちろんバーゼルワールドで発表予定だった新作もあると思うのですが。
JFS:確かにその予定はありました。危機的状況がいつまで続くか分からない中ではありますが、6月ぐらいまでには何かしら動きが取れるのではないかと考えています。これに関しては、経済回復が国単位、特定の産業においてどれくらい進むのかが見えぬため、引き続き慎重に対応したいと思います。
高級時計業界において心に留めておくべき重要な要素は、需要と供給です。特別なブランドであり続けるため、ウブロは常に需要を満たすだけの限られた商品しか市場に供給してきませんでした。これにより、今回の危機以前はちょうど需要と供給のバランスがほぼ釣り合っていました。2020年の新作を追加発表するかどうかの最終決定を下す前に、経済回復が今後いかに進むのかを見極める必要があります。
ただ他の多くのブランドと比べて、私たちは既にいくつかの新作発表を行った実績があります。2020年1月半ばに「LVMH ウォッチ ウィーク ドバイ 2020」で15本の新しいリファレンスを披露しました。それが功を奏して、すでに利益も発生しています。その受注分を納品することが、危機を乗り越える糧ともなります。
我々のビジネスも大きな影響を受けたことは間違いなく、発表時期を2021年へ持ち越す新作も中にはあります。しかし、2020年5月または6月初めにはいくつかの重要な発表を行えるよう予定しています。
MB:ドバイで発表された新作に注目すると、おそらく近年のコレクションではやや過小評価されてきたスピリット オブ ビッグ・バンに焦点が当てられたように感じました。なぜ2020年はこのモデルが注目を集めるべき年と考えたのでしょうか?
JFS:ドバイでのハイライトはビッグ・バン インテグラルでしたが、スピリット オブ ビッグ・バンにも力を入れたのは確かです。正直に言って、これは今のウブロでおそらく最も勢いのあるコレクションです。ウブロのコレクションは基本的にビッグ・バン、クラシック・フュージョン、スピリット オブ ビッグ・バンの3つで構成されています。このうちスピリット・コレクションはまだ最小ですが、特に中国市場において勢いを増しており、製品構成の大きな部分を占めるものとなっています。その他の市場においてスピリット・コレクションが売上げの約15%を占めるのに対し、中国市場では30%にも上ります。社内的には中国市場の傾向が、他の市場にも波及するのではと見ています。スピリット オブ ビッグ・バンを信じる気持ちは強く、アメリカを含む市場においても大きなシェアを占めていくのではないかと期待しています。
MB:ビッグ・バン インテグラルについて聞かせてください。2019年はショパール、ベル&ロス、A.ランゲ&ゾーネなどさまざまなブランドで一体型ブレスレットを導入する波があったように思います。ステンレススティール以外の素材を使った点でウブロは一線を画していますが、開発にはどれくらいの時間がかかったのでしょうか? 他のブランドはほとんど同じタイミングで考案したように見えましたが。
JFS:いくつかのブランドがこの市場を攻略しようとしたり、この波に乗ってブランドアイデンティティを転換しようと試みたりしたことから、確かにここ何カ月かを通して似たようなプロダクトの発表が続きました。発表時期は近いものになりましたが、我々ウブロとは思考プロセスが異なると思います。まずウブロは万人受けを目指すブランドではなく、独自性を保ち続けてきたということ。ジャン-クロード・ビバーは常に、時計収集を始める人はウブロからはスタートしないと言っていましたが、そこに真実があると思います。ウブロの顧客は非常に若く、中心層は25歳から45歳の方々です。ウブロが他と異なる点は、目立つデザインと挑発的な世界観によって生み出されるのではないでしょうか。ウブロの1本目を購入する人は、ブランド名で時計を選ぶ人ではないため、それがウブロで最後の時計となることは少ないようです。一体型ブレスレットのデザインはウブロの時計を複数本購入したいウブロ・コレクターの需要を満たすものでしょう。
MB:ウブロはサッカー・チャンピオンズリーグとの大きな計画も持っていましたが、2020年の試合はキャンセルされました。その関連モデルの発売も延期になるのでしょうか?
JFS:試合は2021年に延期し、それに伴い関連モデルも調整が必要となりました。しかし、結果としてこれで良かったと思っています。非常に特別な時計ですので、万全なステージを用意したいですから。2021年7月までには、大きなスポーツのイベントが開催でき、移動も可能となり、以前のようにサッカースタジアムには人々がひしめき合うようになってほしいと思っています。
MB:2018年にスタートした「ウブロ デジタルブティック」は現在、重要な役割を果たしているようです。このブティックについてお聞かせください。 家にいながらにして、または行きつけのリテーラーが開いていない時にどのようにしてウブロの時計の購入ができるのでしょうか? また他のオンラインリテーラーでの購入体験をしのぐものは何でしょうか?
JFS:操作は非常に簡単です。物理的接触がない以外は、通常の店頭販売と基本的に同じものといえるでしょう。最初に、デジタルブティックへ電話し、セールススタッフの予約を取ります。その上でデジタルブティックへ接続します。そこではウブロが開発したオンラインのツールによって、セールススタッフとやり取りができるだけでなく、時計の取り扱い方法といった説明も100%デジタルで体験することができます。1度にブティックで対応するのはひとりのお客様のみです。ウニコ・ムーブメントなどの技術的特徴を分かりやすく伝える動画なども用意しているほか、ウブロの世界観に浸っていただくためのさまざまなツールを準備しています。
Eコマースは便利なツールでありながら人間味に欠けています。これは平均価格が約2万ドルのウブロの時計においては重要視すべきポイントです。アマゾンで本を購入したり、Appleでイヤホンを購入するような瞬間的なものとは異なります。我々はデジタルブティックにおいてふたつの点を大切にしています。ひとつは顧客と商品との間に感情的なつながりを生み出すこと。このためには商品を見て、操作して、触れるような感覚が必要です。それがデジタルブティックのスクリーンを通して顧客の代わりにセールススタッフが行う場合であってもです。もうひとつは、時計の商品情報や操作の説明において行うスタッフとの会話です。これらを実現できるデジタルブティックは、物理的なブティックの再開までの間の重要な代替案となってきます。
MB:他のブランド同様、ウブロもいくつかの市場においてブティック限定モデルを展開しています。オンラインのみで購入が可能なデジタルブティック限定モデルを検討されたことはありますか?
JFS:不可能ではないですし、今後検討していく要素であると思います。これ以上のコメントは差し控えますが、あなたはウブロがどのようなブランドが良くご存知のようですね。
Contact info: LVMHウォッチ・ジュエリー ジャパン ウブロ Tel.03-5635-7055