ブルーナーが大規模国際時計見本市を問う
バーゼルワールドの今後はいかに?
新型コロナウイルスが地球全体を混乱の渦に巻き込んでいることに疑問の余地はない。これは時計業界にも言えることで、世界で最も重要なふたつの国際時計見本市が深刻な影響を受けた。
ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブの2021年への延期はやむを得ないものとして、比較的穏やかに受け止められたが、バーゼルワールドの中止は対照的に大きな物議を醸した。さらに、運営会社であるMCHグループの経営陣の不適切とも言える行動により、騒ぎに拍車がかかっている状況である。適切な開催時期や中止となった2020年のコストについて、また今後の方針など、運営会社と出展社の間には多くの点でいまだに意見の相違があり、伝統ある時計見本市に今後も損害を与え続けることが懸念される。
ブライトリング、ブルガリ、セイコーは、この騒ぎの前にすでに今年の不参加を決定していたが、これらのブランドに続き、パテック フィリップ、ロレックス、ショパール、シャネル、チューダーも2021年にはバーゼルワールドに別れを告げ、ジュネーブに出展することを発表している。さらに追い打ちをかけるようにウブロ、タグ・ホイヤー、ゼニスもこれに続き、バーゼルワールドの幕切れは決定的であるようにさえ見える。
求心力のあるブランドが出展しないとなると、時計専門店、プレス関係者、時計愛好家のバーゼルに旅する意志が今後、制限される可能性は否めない。現時点での勝者は間違いなくジュネーブ市だが、SIHHに長年、出展してきたブランドは今後のイベントの在り方について、新たに参加するブランドと見解の一致を図らなければならない。
会場となるジュネーブのパレクスポにスペース上の問題はないだろう。規模の小さな時計ブランドが今後どうなるかも決して軽視できない問題である。多くの人々やブランドにとって、バーゼルワールドは最適なフォーラムの場であった。
彼らは今、ライン川を泳いで離れようとしている。ローヌ川がその代替案となるか、現在はまだなんとも言えない状況である。問い合わせは殺到しているが、答えはまだ出ていない。
バーチャルなフォーラムが多数用意されているネット時代にあって、伝統的な形式での時計見本市の意義について昨今問われている。私は今年の新作を紹介するビデオ会議をいくつか経験したが、その上であえて「リアルな見本市は重要である」と言いたい。
もちろん、見本市を訪れる目的によって、従来の見本市が持つ意義は異なる。時計愛好家にとって、単に展示ホールを練り歩き、ショーケース越しに見るお目当ての新作に驚嘆し、カタログでいっぱいの紙袋をいくつも手に提げて家路に就くだけでは、あまり意味があるとは言えないだろう。
見やすく構成されたウェブサイトの方がはるかに有意義である。お気に入りの1本が見つかれば、行きつけの時計専門店で後日、実物をじっくりと観察することができる。見本市がリアルな見本市たる魅力を保持するためには、多彩な体験ができる機会、そして、人々が交流できる場とならなければならない。
時計に専門的に携わる人間、つまり、ディーラーやジャーナリストにとっては、その意義は少し異なる。
腕時計をさまざまな視点から観察することとは、実際に触れて体験することを意味する。ケースの仕上げはどうか、肌に載せた時に不快なエッジはないか、手首への馴染みはどうか、着用感は快適か、重さはどうか、これらは単にウェブサイトの画像を見ただけでは判断することができない。
高額な製品であればあるほど、その時計を体験することが求められるし、体験すべきである。体験して初めて、その時計の真のイメージを得ることができるからである。そこで検討すべきは、いくつかのブランドがすでに実施しているように、ロードショーという形式が賢明な代替手段になり得るか、という点である。
経済性やエコロジーの観点から見れば、決して良策とは言えないだろう。ディーラーもジャーナリストも、時計のために大規模な観光旅行を計画する時間はないし、さまざまな都市に出張を繰り返すのは地球環境への負荷も増す。
こうした点から、この問題に今後いかに取り組んでいくのか考察するのは価値があるように思われる。時計産業は生産計画を立てるのにフィードバックを必要としている。フィードバックを得ることこそ、1917年に始まったMUBA(=Schweizer Mustermesse Basel、スイス・マスターメッセ・バーゼル)の意図だった。
時計メーカーはここでサンプルを展示し、時計専門店やジャーナリストの反応が良かったものだけを製造していた。近年では当時と比べて状況が若干異なってはいるものの、厳しいフィードバックに高い価値があることは今も昔も変わらない。2020年の経験が示すように、テレビ会議が個人的な体験や人と人との対話に取って代わることはできない。
時計見本市の在り方について熟考し、誰にとっても魅力的な解決策を探る時が来たようである。これは、高級腕時計、ニッチブランド、エントリークラス、あらゆる分野において必要である。見本市の機能はもはや、時計販売店からのオーダーを集め、ジャーナリストに情報を提供するだけではない。
こうした伝統的な役割に加え、時計に対する注目を喚起し、関心と情熱を呼び起こし、最終的には新しい顧客を生み出さなければならない。それでこそ、見本市は今後もエキサイティングな場として存続し得るのだ。もしかしたら後年、新型コロナウイルスが世界の時計産業に良いものをもたらしたと言える日が来るのかもしれない。
選者のプロフィール
Gisbert L. Brunner/ギズベルト・L・ブルーナー
1947年生まれ。ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンで法律、心理学、教育学を研究。64年から時計の収集を開始。83年、腕時計に関する重要な本として知られる、『Wristwatches』(ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語)の3人の著者のうちのひとりとなる。それ以降、良く知られたブランド、例えばオーデマ ピゲ、コルム、エテルナ、モンブラン、パテック フィリップ、ロレックス、タグ・ホイヤーなどについての書籍を20冊以上執筆している。他に『クロノス』(ドイツ版、日本版)『Focus Online』『Ganz Europa』『Handelszeitung』『Prestige Magazine』『Terra Mater Magazine』『ZEIT Magazin』などで執筆。また、www.uhrenkosmos.comの共同創立者であり、共同所有者。